M&A仲介業界の本音(リアル)

 M&Aは、多くの経営者にとって、ご自身のキャリアと会社の歴史の集大成とも言える、極めて重要な経営判断です。その意思決定の過程において、メディアが作り上げたイメージや、世間に流布される「常識」に影響され、本質から乖離した認識をお持ちの方が少なくないのは憂慮すべき事態です。

例えば、以下のような期待や思い込みが、その典型例と言えるでしょう。

「PEファンドは、高値で会社を買ってくれるはずだ」

「会社の売却価格には、客観的な”相場”がある」

「大手M&A仲介会社に任せれば、信頼でき安心だ」

 これらの期待や思い込みは、時として、交渉における致命的な判断ミスを誘発し、取り返しのつかない結果を招く危険性を内包しています。私自身、キャリアの初期においてM&Aの買い手として数多くの譲渡案件に関与し、その後はアドバイザーとして、売り手であるオーナー経営者を支援してまいりました。その両方の立場から見えるM&A業界のリアル、そしてしばしば語られることのない構造的な課題について、本稿で徹底的に解き明かしていきたいと思います。

論点①:「ファンドは事業会社より高値で買う」という幻想

 M&A市場、特にオーナー経営者の間では、「PE(プライベート・エクイティ)ファンドは高値で買収してくれる」という一種の神話が存在します。これは、かつてのライブドア社に代表されるアグレッシブな買収劇や、テレビドラマ『ハゲタカ』などが描く「ファンド=高値で買収し、企業価値を極限まで高めて売却するプロ集団」というイメージが広く浸透したことに起因するのでしょう。

しかし、この認識は、ファンドのビジネスモデルと資本構造を理解すれば、必ずしも正しくないことが論理的に導き出されます。

LBO(レバレッジド・バイアウト)の構造的制約

 多くのPEファンドは、買収対象企業の資産や将来キャッシュフローを担保に、金融機関からLBOローンと呼ばれる多額の借入を行い、自己資金と合わせて買収を実行します。この手法の要諦は、他人資本(レバレッジ)を活用することで、自己資金に対する投資リターン(IRR: Internal Rate of Return)を最大化することにあります。

 ここで重要なのは、LBOローンの返済原資が、買収した対象企業自身が生み出すキャッシュフローであるという点です。融資を行う金融機関は、貸付債権を確実に回収するため、対象企業の事業計画を極めて厳格に審査(デューデリジェンス)します。特に、将来のキャッシュフローが借入金の元利返済をどの程度上回るかを示すDSCR(Debt Service Coverage Ratio: 元利金返済カバー率)や、財務制限条項(コベナンツ)といった指標を基準に、融資可能な金額の上限を決定します。

 この構造上、ファンドが提示できる買収価格は、金融機関が「返済可能」と判断する事業計画から逆算された上限金額という、強力な制約を受けることになります。無理な高値での買収は、DSCRの悪化を招き、融資承認が得られないか、あるいは極めて厳しいコベナンツが課されることになり、結果として買収後の経営の自由度を著しく損なうため、ファンド自身が最も避けるべき事態なのです。

 LBOローンの解説記事はこちら

事業会社が提示する「シナジー」という付加価値

 一方、事業会社による買収は、その動機が本質的に異なります。事業会社は、対象企業を自社の事業と統合することで生まれるシナジー効果に価値を見出します。シナジーは、大きく分けて以下の2つに分類されます。

  1. コストシナジー: 本社機能の統合、共同購買によるコスト削減、生産拠点の統廃合など、比較的確実性が高く、定量化しやすい価値。
  2. 売上シナジー: 双方の販路の相互活用、ブランド力の向上、技術の組み合わせによる新製品開発など、不確実性は高いものの、実現すれば大きな価値を生む可能性を秘める。

 事業会社は、これらのシナジーによって創出される将来の追加的キャッシュフローを織り込み、買収価格を算定します。そのため、自社との事業上の親和性が高く、大きなシナジーが見込める場合においては、LBOの制約を受けるファンドよりも高い価格を提示できる蓋然性が高まります。

結論:買い手の属性ではなく「戦略」を見抜け

 もちろん、ファンドが高値を提示するケースも存在します。例えば、既に保有している投資先企業との統合(Add-on/Bolt-on)により明確なシナジーが見込める場合や、業界再編の核となるプラットフォーム企業として位置づけ、将来の連続的なM&Aを企図している場合などです。

 重要なのは、「ファンドか、事業会社か」という二元論で思考停止に陥るのではなく、それぞれの買い手候補が、どのような戦略と制約条件の下で貴社を評価しているのかを深く洞察することです。価格だけでなく、取引の実行確実性、クロージングまでのスピード、そして何より、従業員や文化を含めた貴社の未来を託すに値する相手か否か、多角的な視点から冷静に判断することが求められます。

論点②:会社売却における「最適解」はどこにあるのか

 中小企業のM&Aにおいては、買い手の属性や目的によって提示される評価額が、時に数倍もの乖離を見せることは決して珍しくありません。前述の通り、ファンドを売却先とした場合、貴社が持つ無形資産(技術特許、強固な顧客基盤、許認可等)が、他社の追随を許さないほどの参入障壁として機能しない限り、期待を超える高値での売却は構造的に難しいと言えます。

では、どのような買い手候補を視野に入れるべきでしょうか。

事業会社: 最もシナジー効果を期待できる相手です。特に、株主への説明責任を負う上場企業は、価格の論理的妥当性を厳密に評価しますが、非上場企業であっても、オーナーの強いリーダーシップにより、戦略的価値を重視した大胆な価格提示がなされることがあります。

PEファンド: 財務規律を重視し、金融機関が許容する範囲での価格提示が基本となります。一方で、ディール遂行能力は極めて高く、迅速な意思決定が期待できます。また、あらゆるM&Aアドバイザーとの広範なネットワークを有しているため、情報チャネルの中心に位置する存在です。

個人投資家(サーチファンド含む): 近年、M&A経験者を含む富裕層個人が、事業承継の受け皿としてM&A市場に参入するケースが増えています。資金規模やリスク許容度は様々ですが、特定の業界への深い知見や情熱を持つ個人とのマッチングは、金銭的条件以上の価値を生む可能性があります。

買い手候補の「規模」に関する考察

 実務上、「自社の売上高の5~10倍程度の規模の会社」が理想的な買い手候補と言われることがあります。これは、買い手にとって買収規模が大きすぎず、かつ小さすぎないため、PMI(Post Merger Integration:買収後の統合プロセス)のコストとシナジー効果のバランスが取りやすいという経験則から来ています。あまりに巨大な企業にとっては、中小企業の買収はシナジー効果が相対的に小さく、意思決定プロセスも煩雑なため、検討の優先順位が上がりにくい傾向があるのは事実です。

 しかし、これもまた一般論に過ぎません。例えば、革新的な技術を持つ研究開発型ベンチャーが、その技術を欲する巨大企業に高値で買収されるケースは枚挙に暇がありません。自社の強みが、買い手のどのような戦略的課題を解決するのか、という視点から候補先をリストアップすることが本質です。

アドバイザーの「ネットワークの質」が勝敗を分ける

 ここで重要になるのが、M&Aアドバイザーが持つ「買い手候補のネットワーク」です。単なるリストの「量」を誇るのではなく、各社の戦略、キーパーソン、過去のディール実績まで熟知した「質」の高いネットワークこそが、売り手の利益を最大化します。優れたアドバイザーは、机上のリストだけでなく、経営者の皆様ですら想定し得なかった異業種の企業や、海外の買い手といった、意外な候補先との対話を実現させることができます。

論点③:「大手M&A仲介=安心」という危険な思考停止

 テレビCMや大規模なセミナーで知名度を高める大手M&A仲介会社に、「大手だから安心だろう」と相談を持ちかける経営者は後を絶ちません。しかし、そのビジネスモデルの実態は、慎重に見極める必要があります。

「物上げ業者」と化す一部の仲介会社

 特に、若手社員が中心となり、極めて高いインセンティブ報酬を喧伝する企業の一部は、その実態が「不動産の物上げ業者」と酷似しているケースが散見されます。彼らの評価指標(KPI)は、高度な財務分析や緻密な戦略立案能力ではなく、いかに多くの売り案件を獲得(=物上げ)するかに偏重しています。

 こうした企業の問題点は、事業、財務、法務、労務といったM&Aに不可欠な専門知識を十分に持たない担当者が、表面的な情報だけでプロセスを進行させてしまう点にあります。結果として、企業の真の価値を見抜けず、市場価格を大幅に下回る価格で拙速にディールをまとめようとしたり、デューデリジェンスで初めて発覚するような重大なリスクを見逃し、後に法的な紛争に発展したりする悲劇が後を絶ちません。

「利益相反」という構造的欠陥

 さらに深刻なのは、「利益相反」の問題です。日本の多くのM&A仲介会社は、売り手と買い手の双方から手数料を得る「両手取引」を基本モデルとしています。このモデルでは、仲介者は理論上、中立であるべきとされますが、実際には取引を成立させること自体が最大のインセンティブとなります。この構造が、先に述べた「物上げ業者」の問題と結びつくと、極めて不健全な事態が生じます。すなわち、十分な専門性を持たない担当者は、自社で複雑な買い手探索や交渉を行うことを避け、評価能力と実行部隊を持つPEファンドに案件を優先的に紹介するという力学が働きやすくなります。

 ファンドに渡せば、比較的スムーズに取引が進み、成功報酬を手にできる可能性が高まるからです。さらに言えば、仲介会社の若手社員の多くは、自身のキャリアパスとしてPEファンドへの転職を視野に入れています。そのため、将来の雇用主となり得るファンドとの良好な関係を構築するために、有利な条件で案件を紹介するという、売り手にとっては到底看過できない「隠れたインセンティブ」が存在する可能性も否定できません。これは、売り手の利益を最大化すべきエージェントとしては、倫理的に許容されるものではありません。

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 真のM&Aアドバイザーは、売り手の代理人(フィナンシャル・アドバイザー、FA)として、100%売り手の利益のために行動します。この立場を明確にし、フィー体系の透明性を確保しているかどうかが、プロフェッショナルを見極める上での重要なリトマス試験紙となります。

論点④:M&A市場は本当に「案件枯渇」しているのか?

 近年、M&A市場は明らかな「買い手優位」から「売り手優位」へとシフトしています。かつては「売り案件1に対して買い手10」と言われた需給バランスが、現在では「1対20」、あるいはそれ以上に買い手側の競争が激化しているというのが、現場の実感値です。

この背景には、

  • 継続的な低金利環境による、企業の資金調達コストの低下
  • 潤沢な内部留保を成長投資に振り向けたいという上場企業の要請
  • 事業承継問題の深刻化に伴う、優良な中小企業の市場への供給
  • PEファンドの大型化と、投資対象としてのミドルキャップ市場への注力

といった複数の要因が複合的に絡み合っています。結果として、特にEBITDA(税引前利益+支払利息+減価償却費)が数億円以上で、安定した収益基盤を持つ優良企業に対しては、複数の買い手が殺到し、まるで”人気タワーマンションの抽選会のような様相を呈しています。

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 この状況は、売り手にとって交渉力を高める追い風となります。しかし、同時に「情報の非対称性」を乗り越え、数多の候補の中から真に最適なパートナーを見つけ出すという、新たな難題を突きつけます。多くの買い手からのアプローチは、一見すると喜ばしい状況ですが、それぞれの提案内容(価格、ストラクチャー、雇用条件、将来ビジョン)を冷静に比較検討し、交渉を並行して進めるプロセスは、極めて高度な専門性と経験を要するのです。

論点⑤:M&A価格に「相場」は存在しない

 多くの経営者が、「自社の売却価格の”相場”はいくらだろうか」と考えます。この発想自体は自然なものですが、プロの視点から言えば、M&Aの価格に、不動産のような客観的な「相場」は存在しません。存在するのは、あくまで「価格のレンジ(範囲)」です。

 不動産評価で用いられる手法(原価法、収益還元法、取引事例比較法)とのアナロジーで語られることもありますが、企業価値はそれほど単純ではありません。企業の価値は、過去の実績を示す貸借対照表(コストアプローチ)や、将来の収益計画(インカムアプローチ/DCF法)、あるいは類似の上場企業やM&A事例(マーケットアプローチ)といった、複数の異なる視点から多角的に分析されるべきものです。

DCF(Discounted Cash Flow)法: 事業計画の将来キャッシュフローを現在価値に割り引く手法。計画の蓋然性という「主観」が大きく影響する。

類似会社比較法(マルチプル法): 類似上場企業の株価がEBITDAの何倍か、といった指標を参考に評価する。完全に同一の事業モデルを持つ企業は存在しない。

これらの手法で算出される価値は、あくまで交渉の出発点に過ぎません。最終的な取引価格は、これらの理論的評価をベースとしながらも、

  • 買い手固有の戦略的価値(シナジー)
  • 交渉のタイミングと市場環境
  • 買い手側の担当者や経営陣の熱意
  • 売り手側の交渉戦略と、それを支えるアドバイザーの力量

といった、極めて定性的かつ属人的な要因によって、大きく変動します。優れたプレゼンテーションや、論理的かつ情熱的な説明が、買い手のCFOや顧問弁護士といったプロフェッショナルたちの心を動かし、評価額を数段引き上げることも珍しくないのです。

結論:M&Aは「総合格闘技」。最高のセコンド(アドバイザー)を選べ

 本稿で解き明かしてきたように、M&Aの世界は、一般に流布される神話やイメージとは大きく異なります。その本質は、財務、法務、税務、戦略、そして人間心理が複雑に絡み合う「ビジネスの総合格闘技」です。

 この厳しい闘いのリングに、経営者がたった一人で上がるべきではありません。重要なのは、あらゆる局面で的確な助言を与え、経営者の利益を最大化するために共に戦う、最高のセコンド、すなわち真のM&Aアドバイザーをパートナーに選ぶことです。

 そのアドバイザーは、高い専門知識や輝かしい実績を持つだけでなく、何よりもまず、高い倫理観と正義感に基づき、誠実にクライアントと向き合う存在でなければなりません。貴社にとって一生に一度の、そして人生を懸けた重要な経営判断だからこそ、アドバイザー選びに一切の妥協は許されません。本稿が、そのための確かな一助となることを心より願っております。

プライマリーアドバイザリー株式会社

代表取締役 内野 哲


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