人材派遣業のM&A事例:鉄人化ホールディングスによるヴァンクールプロモーション子会社化 ― 株価算定・企業価値評価の視点から

目次

1. 本件M&Aの概要

 2025年10月21日、鉄人化ホールディングス<2404>は人材派遣業のヴァンクールプロモーションを80%出資により子会社化すると発表しました。取得価額は5億1,900万円、クロージング予定日は2025年10月31日です。ヴァンクールプロモーションは人材派遣に加え、転職支援やイベント企画・運営も展開し、2024年12月期における売上高は15億6,000万円、営業利益は7,570万円、純資産は3億7,600万円と公表されています。鉄人化ホールディングスにとって、自社が展開するカラオケ・飲食業態の慢性的な人手不足を背景に、安定的な人材確保を意図した戦略的買収であるといえます。

2. バリュエーションの基礎データ

公開情報から逆算できる財務指標は以下の通りです。

  • 売上高:15.6億円
  • 営業利益:0.757億円(営業利益率4.9%)
  • 純資産:3.76億円
  • 取得価額:5.19億円

ここから株価算定の重要指標を導きます。

(1) EV/EBITDA倍率

営業利益を基準に調整すると、EBITDAは概算で約1.0億円(減価償却を営業利益の3割相当と仮定)。
取得価額5.19億円 ÷ EBITDA1.0億円 ≒ EV/EBITDA約5倍。
中小規模の人材派遣業の一般的な取引倍率(5~7倍)と比較して妥当水準に収まっています。

(2) PBR(株価純資産倍率)

5.19億円 ÷ 純資産3.76億円 ≒ 1.38倍。

人材派遣業は無形資産比率が高く、1倍を大きく超えるケースは少ないため、やや高めの評価といえます。これは成長性や顧客基盤の希少性を考慮した結果と推測されます。

(3) PER(株価収益倍率)

営業利益0.757億円から法人税率30%を控除し、当期純利益を約0.53億円と推定。
取得価額5.19億円 ÷ 純利益0.53億円 ≒ PER約9.8倍。
国内人材派遣業のPERレンジ(8~12倍)と整合性があり、こちらも過大評価ではありません。

3. 企業価値評価の考察

(1) シナジー効果

鉄人化HDは自社の人的リソースを外部に依存せざるを得ない業態を持ち、派遣会社をグループ化することは人材供給の内製化につながります。短期的にはコスト削減、長期的には人材派遣事業の利益率改善が見込まれます。

(2) 財務健全性

対象会社の純資産3.76億円に対して買収価額5.19億円と、約1.43億円のプレミアムを支払っています。これは「営業権(のれん)」として資産計上され、今後の償却負担や減損リスクも考慮すべき要素です。

(3) 成長性評価

派遣業界は労働市場の規制緩和や高齢化社会の進展で中長期的需要が高まる一方、人材確保難が競争要因となります。ヴァンクールは転職支援やイベント企画など派生ビジネスを持ち、収益源の多様化により平均的な派遣会社よりリスク分散力が高い点は評価できます。


4. 株価算定手法との比較

実務上、M&Aにおける株価算定では複数のアプローチを用います。

  • コストアプローチ(純資産法):純資産3.76億円を基準。→ 取得価額は138%水準。
  • マーケットアプローチ(類似会社比較法):PER9.8倍、EV/EBITDA5倍。→ 市場平均に整合。
  • インカムアプローチ(DCF法):将来CFを割引。非公開情報がないため試算困難だが、営業利益0.757億円の成長率3%を仮定すると理論価値は概ね5~6億円。

三手法の整合性からみて、本件価額は合理的レンジ内にあると評価できます。

5. 法務・会計・税務の留意点

  • 法務面:労働者派遣法に基づく許可更新、コンプライアンス遵守体制の引継ぎが不可欠。
  • 会計面:発生するのれんは通常5~10年で償却対象。業績が不振の場合は減損リスクが顕在化。
  • 税務面:買収スキームによっては繰越欠損金の利用可否、のれん償却の税効果などが投資リターンに影響。

6. 総合評価

鉄人化ホールディングスによるヴァンクールプロモーション買収は、財務指標の観点から妥当な水準であり、特に人手不足という経営課題に直結した戦略的M&Aといえます。一方で、支払ったプレミアム部分は今後のシナジー創出で正当化する必要があります。

人材派遣業界の成長性と規制リスクを踏まえると、本件は「守りの買収」であると同時に「拡張性を持つ投資」と評価でき、今後のPMI(統合プロセス)次第で成果が左右される案件といえるでしょう。

プライマリーアドバイザリー株式会社
M&A仲介業、M&Aアドバイザー、企業価値評価

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