知らないじゃ済まされない「株主構成」による株主紛争
経営者にとって、日々のオペレーション、事業開発、資金繰りは喫緊の課題です。しかし、それらの陰で静かに、しかし確実に経営の根幹を揺るがしかねないリスクが存在します。それが「株主構成」の問題です。創業時の仲間、事業承継に伴い株式を相続した親族、過去の資金調達で協力を得たエンジェル投資家。かつては良好な関係にあった株主が、時間の経過とともに経営方針への意見対立、相続による世代交代、あるいは単なる関係性の悪化から、経営の「足かせ」へと変貌するケースは後を絶ちません。株主紛争を理由にM&Aを検討したいという事例も少なくありません。
特に、株式の流動性が極めて低い非上場企業において、一度こじれた株主関係は容易に修復できず、以下のような深刻な事態を引き起こします。
- 迅速な意思決定の阻害:重要な経営判断(例:大型投資、M&A)に必要な株主総会特別決議が、少数株主の反対によって否決される。
- 経営権の不安定化:会計帳簿の閲覧請求や役員解任請求など、会社法上の権利を濫用的に行使され、経営陣が対応に忙殺される。
- 事業承継の頓挫:後継者へのスムーズな株式移転が、少数株主の存在によって阻害される。
- M&A・IPOの障害:買い手(M&A)や証券会社(IPO)から、クリーンな株主構成が求められ、取引そのものが頓挫する。
これらの問題は、放置すればするほど深刻化し、企業の成長機会を奪い、最悪の場合、企業の存続そのものを脅かします。本記事では、このような非上場企業特有の株主紛争を、根本的かつ最終的に解決する強力な経営戦略ツール「スクイーズアウト:締め出し)」について、その本質から具体的な手法、そして成功のための要諦までを、法務・財務・戦略の三位一体の視点から徹底的に解説します。
第1章:なぜ非上場企業で株主紛争が発生するのか?
上場企業と異なり、非上場企業の株式は証券取引所のような公的な市場で取引されません。この「株式の非流動性」こそが、株主紛争の根源的かつ構造的な要因です。少数株主の立場から見れば、保有する株式を換金したくても、会社や経営陣が買い取ってくれない限り、その術は極めて限定的です。この出口戦略の欠如が、不満を抱えた株主を過激な行動に走らせるインセンティブとなり得ます。
具体的に、非上場企業における株主紛争は、以下のような典型的なシナリオで発生します。
- 相続による株式の分散:創業者が亡くなり、事業に関心のない複数の相続人に株式が分散。配当や株式の高額買取を要求し、経営陣と対立する。
- 創業メンバー・元従業員の離脱:退職した共同創業者や元従業員が、少数株主として残留。現経営陣の方針にことごとく反対し、経営を妨害する。
- エンジェル投資家との関係悪化:当初の期待通りに事業が成長せず、IPOやM&Aによるイグジットが見えないことに不満を抱いた投資家が、経営責任を追及し始める。
- 同族経営における内紛:経営権を巡る親族間の争いが、株主構成にそのまま反映され、会社が機能不全に陥る。
これらの紛争において、少数株主は決して無力ではありません。会社法は、株主の保有比率に応じて、経営を揺るがす強力な権利を保障しています。次章では、その権利の具体的な内容を正確に理解します。
第2章:保有比率で見る株主の権利
株主の権利は、単なる配当請求権や議決権にとどまりません。特に、非協力的な少数株主がその権利を行使した場合、経営に与えるインパクトは計り知れません。経営者は、以下の議決権比率とそれに紐づく権利を、自社が直面しうるリスクとして正確に認識する必要があります。
保有比率 | 主な権利(単独株主権・少数株主権) | 経営へのインパクト・脅威 |
1株以上 | 【単独株主権】・株主代表訴訟の提起・取締役の違法行為差止請求・会計帳簿の閲覧・謄写請求 など | ・経営陣の責任を追及する訴訟を提起され、風評リスクや訴訟対応コストが発生する。・会計帳簿の閲覧請求により、機密性の高い財務情報が外部に漏洩するリスクが生じる。 |
議決権の1%以上 | ・株主総会における議案提案権 | ・経営陣が意図しない議案(例:特定の役員の解任、高額な配当要求)が総会に上程され、他の株主を巻き込んだ混乱が生じる。 |
議決権の3%以上 | ・株主総会の招集請求・取締役・監査役の解任請求・会社の業務・財産状況の検査役選任請求 | ・経営陣の意向に関わらず、臨時株主総会を強制的に開催させられる。・特定の役員の解任を求める訴訟を提起される可能性がある。・裁判所が選任した検査役による徹底的な業務監査が行われ、経営が停滞する。 |
議決権の3分の1超 | ・株主総会特別決議の否決権 | ・事実上の「拒否権」。M&A、事業譲渡、定款変更、増減資、そしてスクイーズアウトの実行といった会社の根幹に関わる重要事項を、単独で阻止できる。 |
経営者が見落としがちな盲点
多くの経営者は「過半数さえ押さえていれば安泰だ」と誤解しています。しかし、上記の通り、わずか3%の株式を持つ株主でさえ、経営を大きく揺さぶることが可能です。そして何より、3分の1(33.4%)超を保有する株主は、企業の成長戦略や事業再編に不可欠な「特別決議」を全て阻止できる、極めて強力なポジションにあります。このような状況に陥った場合、協議による株式買取も選択肢の一つですが、少数株主側が自らの「拒否権」を盾に、不当に高い価格を要求してくるケースがほとんどです。交渉は平行線を辿り、時間だけが浪費され、経営は停滞します。
このような膠着状態を、合法かつ強制的に、そして最終的に解決する唯一の手段が「スクイーズアウト」なのです。
第3章:株主紛争の最終解決策「スクイーズアウト」とは?
スクイーズアウトとは、特定の株主(主に大株主や経営株主)が、他の少数株主が保有する株式すべてを、金銭等の対価を交付することによって強制的に取得し、会社から退出させる一連の手法の総称です。「締め出す」というその名の通り、株主構成を抜本的に整理し、経営権を100%(あるいはそれに近い形)に集約することを目的とします。
スクイーズアウトの戦略的目的
スクイーズアウトは、単なる紛争解決に留まらず、企業の持続的成長に向けた極めて戦略的な一手です。
- 意思決定の迅速化と経営効率の向上:株主が経営陣のみになることで、株主総会の開催コストや紛争対応コストがゼロになり、経営資源を本業に集中できます。環境変化に即応した、迅速かつ大胆な意思決定が可能となります。
- 株主構成の簡素化と事業承継の円滑化:株主を整理・集約することで、次世代へのスムーズな株式移転(事業承継)の基盤が整います。
- 機密情報の漏洩防止:敵対的な少数株主による会計帳簿閲覧請求などの権利行使を防ぎ、企業の機密情報を保護します。
- M&A・組織再編の柔軟性確保:100%子会社化など、将来のM&Aやグループ内再編を、外部株主の干渉なく柔軟に実行できるようになります。
重要なのは、スクイーズアウトが会社法に定められた正式な手続きであり、法的な正当性をもって実行できる点です。もはや交渉の余地がない敵対的株主との関係を、法的な手続きに則ってリセットする、究極の経営判断と言えるでしょう。
第4章:【完全解説】スクイーズアウトの具体的な4つの手法と留意点
スクイーズアウトを実現するには、主に4つの手法が存在します。それぞれに要件、手続き、メリット・デメリットが異なるため、自社の状況(特に大株主の議決権比率)に応じて最適な手法を選択することが極めて重要です。
手法①:特別支配株主の株式等売渡請求(会社法179条)
- 概要:総株主の議決権の90%以上を保有する「特別支配株主」が、他の全株主(少数株主)に対し、その保有株式の全てを売り渡すことを請求できる制度です。
- 最大のメリット:株主総会決議が不要である点です。取締役会の承認(取締役会がない場合は、過半数の取締役の同意)のみで実行可能であり、最も迅速かつ確実にスクイーズアウトを達成できます。
- 手続きの流れ:
- 少数株主への通知・公告
- (反対株主による)価格決定の申立て
- 効力発生日に株式を取得
- 対価の支払い
- 戦略的示唆:既に90%以上の議決権を確保している場合、この手法が第一選択肢となります。少数株主の反対によって手続きが頓挫するリスクは皆無です。ただし、後述する「価格の公正性」は、この手法においても最大の論点となります。
手法②:株式併合(会社法180条)
- 概要:複数の株式を1株に統合(併合)する手続きです。例えば「1,000株を1株に併合する」という決議を行うと、1,000株未満しか保有していない株主は、1株未満の「端株(はかぶ)」しか持てなくなります。この端株は、会社法の手続きに基づき、会社(または代表株主)が裁判所の許可を得て売却し、その代金を元株主に交付することで、結果的に少数株主を退出させます。
- 最大のメリット:議決権の3分の2(66.7%)以上があれば実行可能です。90%の要件を満たさない場合に、最も一般的に用いられる手法です。
- 手続きの流れ:
- 株主総会の招集・特別決議による承認
- 反対株主による株式買取請求権の行使
- 効力発生
- 端株処理手続き(裁判所の許可→売却→代金交付)
- 戦略的示唆:株主総会での特別決議が必要なため、3分の1超の議決権を持つ反対株主がいる場合は利用できません。また、株主総会での説明責任が重要となり、併合比率の算定根拠を合理的に説明できなければ、決議自体が否決されるリスクや、後の訴訟リスクを高めることになります。
手法③:全部取得条項付種類株式の活用(会社法171条)
- 概要:やや高度な手法ですが、極めて強力です。以下の2段階のプロセスを経ます。
- 定款変更:まず、株主総会の特別決議により、発行する全ての普通株式を「会社が株主総会決議によってその全部を取得できる」という条項が付いた「全部取得条項付種類株式」に変更します。
- 全部取得:次に、再度、株主総会の特別決議により、この全部取得条項付種類株式の全てを会社が取得します。その際、対価として、大株主には「新設する別の種類株式(例:新普通株式)」を交付し、少数株主には金銭を交付します。これにより、少数株主は株主の地位を失います。
- 最大のメリット:株式併合と同様、議決権の3分の2以上で実行可能です。また、端株処理のような煩雑な手続きが不要な点もメリットです。
- 手続きの流れ:
- 【第1段階】定款変更のための株主総会特別決議
- 【第2段階】全部取得のための株主総会特別決議
- 反対株主による株式買取請求権の行使
- 効力発生・対価の交付
- 戦略的示唆:2度の特別決議が必要であり、手続きが複雑で専門性が高く、相応の時間とコストを要します。しかし、設計の自由度が高く、他の手法が使えない場面での有効な選択肢となり得ます。法務・財務の専門家による緻密なスキーム設計が不可欠です。
手法④:株式交換・株式移転(組織再編)の活用
- 概要:対象会社を完全子会社化する株式交換や、持株会社を設立する株式移転を利用する手法です。この際、少数株主が受け取る親会社の株式が1株未満の端数となるように交換比率・移転比率を設定します。結果は株式併合と同様、端株処理によって少数株主は金銭交付を受けて退出します。
- 最大のメリット:ホールディングス化など、他の経営目的と同時にスクイーズアウトを実現できる点にあります。
- 要件:株主総会の特別決議(3分の2以上)。
- 戦略的示唆:グループ経営の効率化やガバナンス強化といった、より大きな経営戦略の一環としてスクイーズアウトを位置付ける場合に有効です。ただし、組織再編自体が複雑な手続きであるため、計画的な準備が求められます。
手法 | 必要な議決権比率 | 株主総会 | 手続の迅速性・簡便性 | 主なメリット | 戦略的留意点・デメリット |
① 株式等売渡請求 | 90%以上 | 不要 | ◎(最速・確実) | 少数株主の反対で頓挫するリスクが皆無。 | 90%という高いハードル。価格の公正性は同様に争点となる。 |
② 株式併合 | 2/3以上 | 特別決議 | 〇 | 90%未満で実行できる最も一般的な手法。 | 端株処理に裁判所の許可が必要。総会での説明責任が重い。 |
③ 全部取得条項付 | 2/3以上 | 特別決議 (2回) | △ | 端株処理が不要で、設計の自由度が高い。 | 手続きが最も複雑で専門性が高い。2度の特別決議が必要。 |
④ 組織再編の活用 | 2/3以上 | 特別決議 | △ | ホールディングス化など他の経営目的と同時に実現可能。 | スキーム自体が複雑。単独のスクイーズアウト目的では非効率。 |
全手法に共通する最重要論点:「価格の公正性」
どの手法を選択するにせよ、スクイーズアウトの成否を分ける最大の鍵は、少数株主に支払う「株式の買取価格の公正性・妥当性」です。会社側が提示する価格に不満を持つ株主は、会社に対して「株式買取請求権」を行使し、裁判所に対して「価格決定の申立て」を行うことができます。ここで裁判所が会社の算定価格を不当と判断すれば、会社はより高額な支払いを命じられることになり、スクイーズアウトのコストが想定外に膨れ上がるリスクがあります。
では、どうすれば「公正な価格」を担保できるのか?
非上場株式には市場価格が存在しないため、専門的な企業価値評価(バリュエーション)、株価算定が必要不可欠です。
- DCF法:会社が将来生み出すキャッシュフローを現在価値に割り引いて評価する方法。
- 純資産法:会社の貸借対照表上の純資産を基に評価する方法。
- 類似会社比較(マルチプル)法:上場している同業他社の株価指標を参考に評価する方法。
これらの手法を複数組み合わせ、第三者の専門家(公認会計士や税理士、専門の評価機関)による客観的な算定書を取得することが、後の紛争リスクを最小化する上で極めて重要です。経営陣の主観や希望的観測で価格を決定することは、絶対に避けなければなりません。
プロフェッショナルの視点:価格算定で経営者が陥る罠
「純資産法」への過度な依存: 帳簿上の純資産は、必ずしも事業の将来性を反映しません。特に成長企業の場合、DCF法による評価を軽視すると、裁判所で「不当に安い」と判断されるリスクがあります。
非上場株式の「ディスカウント」の誤用: 少数株主株式であることや非流動性を理由に安易なディスカウントを適用すると、裁判で否認されるケースが少なくありません。
算定機関の独立性への疑義: 会社と密接すぎる関係にある専門家による算定書は、客観性を疑われる可能性があります。我々は、完全に独立した第三者機関との連携を鉄則としています。
第5章:当社「プライマリーアドバイザリー」がご提案できる事
スクイーズアウトは、単に法律の条文に沿って手続きを進めれば成功するような単純なものではありません。それは、企業の未来を左右する高度な経営戦略であり、法務・財務・戦略の各要素が複雑に絡み合うプロジェクトです。我々には独自の「三位一体」のアプローチがあります。
1. 戦略:経営の未来から逆算する最適スキームの設計
我々は、まず「なぜスクイーズアウトを行うのか?」という本質的な問いからスタートします。事業承継、M&A準備、経営効率化、その真の目的を深く理解し、貴社の5年後、10年後の未来像から逆算して、4つの手法の中から唯一無二の最適解を設計します。これは、単なる法律の知識だけでは不可能です。数々のM&Aや事業再生を手掛けてきた戦略コンサルティングファーム出身者としての視点が、実行後の経営まで見据えた「勝つためのシナリオ」を描き出します。
2. 法務:訴訟リスクを極小化する鉄壁のリーガル・プロテクション
我々は手続きの全てのステップにおいて、提携弁護士を活用して法的な瑕疵が一切生じないようなリーガルマネジメントを実行します。株主総会の議事録作成、少数株主への通知文言の精査、各種契約書の作成に至るまで、将来起こりうるあらゆる訴訟リスクを予見し、それを未然に防ぐための「鉄壁の防御」を構築します。これは、紛争の現場を知る者だからこそ提供できる核心的価値です。
3. 財務:公正な企業価値価値算定(株価算定)
我々は、スクイーズアウトの最大の争点である「価格の公正性」を担保するため、外部の公認会計士や税理士と緊密に連携し、客観的かつ論理的な企業価値評価(バリュエーション)を実施します。複数の評価手法を駆使し、あらゆる角度から検証された評価レポートは、少数株主への説得材料となるだけでなく、万が一の訴訟においても、裁判所の判断に耐えうる強力な武器となります。
未来を切り拓くための経営判断のために先ずはご相談ください。
株主紛争は、経営者の精神を蝕み、企業の成長エネルギーを内側から奪っていく深刻な病です。しかし、それは決して不治の病ではありません。スクイーズアウトは、法的に認められた、強力かつ最終的な治療法です。分断された株主構成を統合し、経営の主導権を完全に掌握することで、貴社は本来集中すべき事業成長へと再び舵を切ることができます。
貴社の未来を切り拓くための経営判断を、我々と共に。まずはお気軽にご相談ください。
―この記事の監修者―
プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲
一般社団法人 金融財政事情研究会 M&Aシニアエキスパート/東証プライム上場企業グループ会社代表取締役社長を経てM&Aアドバイザリー事業創業/自己勘定投資会社にて投資業/企業価値評価、M&Aスキーム設計に精通
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