【M&A速報】プロパストによる小川建設の子会社化を企業価値評価

 2025年10月7日、マンションデベロッパーである株式会社プロパストが、中堅ゼネコンの小川建設株式会社の株式51%を取得し子会社化することを発表しました。取得価額は40億5,600万円。このM&Aは、単なる事業規模の拡大に留まらず、昨今の建設業界が直面する構造的課題と、それに対するデベロッパーの戦略的回答を示す象徴的な事例と言えるでしょう。

本記事では、M&Aアドバイザーの視点から、このディールの背景を読み解き、特に企業価値評価(バリュエーション)の観点から、取得価額の妥当性についてプロフェッショナルな分析を試みます。

目次

◆M&Aの背景:デベロッパーがゼネコンを「内製化」する必然性

今回のM&Aの最大の目的は、プロパストが開示している通り「安定的な建設リソースの確保」にあります。

 近年、建設業界は深刻な人手不足、資材価格の高騰、そして2024年から本格化した働き方改革関連法による時間外労働の上限規制(通称:2024年問題)という三重苦に直面しています。これにより、デベロッパーが外部の建設会社に工事を発注する際には、以下のようなリスクが顕在化していました。

  • 発注困難: 建設会社のキャパシティが逼迫し、そもそも工事を引き受けてもらえない。
  • コスト高騰: 建設費の見積もりが上昇し、事業の採算性が悪化する。
  • 工期遅延: 労働力不足から工期が計画通りに進まず、マンションの引き渡し遅延や販売機会の損失に繋がる。

 こうした外部環境の不確実性は、マンション開発事業の根幹を揺るがしかねません。プロパストは、かねてより施工を依頼してきた小川建設をグループ内に取り込むことで、これらのリスクをヘッジし、施工能力を内製化するという極めて合理的な経営判断を下したのです。これは、サプライチェーンの安定化を図るための「垂直統合」型のM&Aと言えます。

◆本題:企業価値評価(バリュエーション)から紐解く買収価格「40.56億円」の妥当性

さて、ここからが本記事の核心です。M&Aにおいて最も重要かつ難解なプロセスの一つが、対象企業の価値を算定する「バリュエーション」です。プロパストは小川建設の株式51%を40億5,600万円で取得しました。これは、小川建設の企業価値全体(100%)をどのように評価した結果なのでしょうか。

まず、取得価額から100%の株式価値を算出してみましょう。

40億5,600万円÷51%=約79億5,300万円

プロパストは、小川建設の株式全体の価値を約79.5億円と評価したことになります。一方で、小川建設の2024年12月期の純資産は56.6億円です。この差額約22.9億円 (79.5億円−56.6億円) は何を意味するのでしょうか。

この価格の妥当性を検証するために、代表的な3つの評価アプローチを用いて多角的に分析してみましょう。

評価手法①:コスト・アプローチ(純資産法)と「のれん」の考え方

コスト・アプローチは、対象企業の貸借対照表(B/S)に着目し、その純資産(資産 – 負債)を基準に価値を算定する手法です。仮に会社を今解散した場合に、株主にどれだけの資産が残るかという考え方に基づいているため、企業の「清算価値」を示すアプローチとも言えます。

純資産法

最も基本的な方法は、帳簿上の純資産をそのまま評価額とする「簿価純資産法」です。小川建設の場合、純資産は56.6億円です。しかし、帳簿上の資産価格は現在の市場価値(時価)と乖離していることが多いため、実務では不動産や有価証券などを時価で評価し直す「時価純資産法」が用いられます。

年買法(のれん)

今回のケースでは、時価純資産を仮に簿価純資産と同等の56.6億円と仮定しても、評価額79.5億円には約22.9億円の開きがあります。この差額こそが、M&Aにおける「のれん(営業権)」です。

「のれん」とは、対象企業が持つブランド力、技術力、顧客網、従業員のスキルといった、貸借対照表には計上されない無形の価値を指します。これらが将来的に生み出すであろう「超過収益力」を金銭的に評価したものです。

中小企業のM&Aでは、この「のれん」を簡易的に「営業利益の〇年分」といった形で評価する「年買法(年倍法)」が使われることがあります。今回のケースを年買法的に分析してみましょう。

  • のれん: 約22.9億円
  • 営業利益: 16.3億円

のれん22.9億円÷営業利益16.3億円≈1.4年

今回のディールは、小川建設の純資産に、将来の収益力(営業利益の約1.4年分)を「のれん」として上乗せした価格、と解釈することができます。建設業界の安定した収益性を考えれば、この「のれん」の評価は決して大きすぎるものではないと考えられます。


評価手法②:インカム・アプローチ(DCF法 / EBITDAマルチプル法)

インカム・アプローチは、対象企業が将来どれだけのキャッシュ(現金)を生み出すかという「収益力」に着目して価値を算定する手法です。M&Aの実務で最も重視されるアプローチの一つです。

EBITDAマルチプル法

EBITDAマルチプル法は、インカム・アプローチの中でも、より簡易的で客観的な評価手法です。EBITDA(利払前・税引前・減価償却前利益)を企業の基本的な収益力と捉え、その何倍(=マルチプル)で企業が評価されているかを、類似企業や過去のM&A取引事例と比較する手法です。

企業価値(EV)=EBITDA×マルチプル(倍率)

小川建設のEBITDAは公表されていませんが、「営業利益 + 減価償却費」で簡易的に計算できます。ここでは減価償却費が不明なため、営業利益(16.3億円)をEBITDAの代替指標として用いて、今回の評価額からマルチプルを逆算してみましょう。 (※厳密には企業価値(EV)は株式価値に純有利子負債を加えたものですが、ここでは株式価値79.5億円をEVの近似値として計算します)

マルチプル=企業価値(EV)÷営業利益=79.5億円÷16.3億円≈4.88倍

プロパストは、小川建設の企業価値を営業利益の約4.9倍と評価したことになります。建設業界のM&Aにおけるマルチプルは、企業の規模や専門性、収益性によって様々ですが、一般的に4倍~8倍程度で取引されることが多く、4.9倍という水準は標準的なレンジの中にあり、妥当な評価である可能性が高いと言えるでしょう。


評価手法③:マーケット・アプローチ(類似比較法)

マーケット・アプローチは、評価対象企業と事業内容や規模が類似する上場企業の株価を基準に、相対的な価値を算定する手法です。市場の評価という客観的なモノサシを用いるため、説得力が高いアプローチです。

具体的には、以下のような株価指標を比較に用います。

  • PER(株価収益率): 株価 ÷ 1株当たり当期純利益
  • PBR(株価純資産倍率): 株価 ÷ 1株当たり純資産
  • EV/EBITDA倍率: 企業価値(EV) ÷ EBITDA

例えば、建設業界の上場企業の平均PERが10倍であったとします。小川建設の当期純利益は開示されていませんが、仮に営業利益16.3億円から法人税等を差し引いて11億円程度だと仮定すると、

株式価値=当期純利益11億円×PER10倍=110億円

といった形で理論株価を算出します。同様に、類似企業のPBRやEV/EBITDA倍率を用いて複数の価値を算出し、そのレンジを参考に評価額を決定します。

ただし、この手法を非上場企業に適用する際には注意が必要です。非上場企業の株式は上場株式と違って市場で自由に売買できないため、その流動性の低さを考慮して、算出された価値から一定の割引(非流動性ディスカウント、一般的に20%~30%程度)を行うのが通例です。

プロパストの評価チームも、当然ながら類似する上場ゼネコンの株価指標を分析し、そこから導かれる価値レンジと、今回の取得価額79.5億円とを比較検討した上で、最終的な意思決定に至ったものと考えられます。


◆結論:多角的な視点から見る「妥当なM&A」

以上の3つのアプローチからの分析を総合すると、プロパストが提示した小川建設の評価額(100%換算で約79.5億円)は、

  1. コスト・アプローチ: 純資産56.6億円に、営業利益1.4年分の「のれん」22.9億円を上乗せした水準。
  2. インカム・アプローチ: 営業利益の約4.9倍という、業界標準から見て妥当なマルチプル水準。
  3. マーケット・アプローチ: 類似上場企業比較から導かれる価値レンジを考慮し、かつ非上場である点を加味した上で、合理的な範囲内にある。

と結論付けることができます。特に、今回のディールは単なる投資ではなく、プロパストの事業継続に不可欠な**「建設リソースの安定確保」という明確な戦略的意義(シナジー)**があります。このシナジー価値が「のれん」として価格に反映されており、会計的にも経営戦略的にも、非常に理にかなったM&Aであると評価できます。

M&Aの世界では、唯一絶対の「正しい価格」というものは存在しません。しかし、このように複数の評価アプローチを組み合わせ、多角的に価値を分析することで、買い手と売り手の双方が納得できる「妥当な価格レンジ」を見出すことが可能になるのです。本件は、そのプロセスを学ぶ上で格好のケーススタディと言えるでしょう。


【補足資料】M&Aで必須の主要財務指標一覧

企業の価値や経営状態を分析する上で、以下の財務指標は欠かせません。それぞれの意味を正しく理解することが、M&Aを深く知る第一歩となります。

指標名計算式意味・概要
ROE(自己資本利益率)当期純利益 ÷ 自己資本 × 100株主が出資したお金(自己資本)を使って、どれだけ効率的に利益を上げたかを示す指標。投資家が最も重視する指標の一つ。
ROA(総資産利益率)当期純利益 ÷ 総資産 × 100会社が持つ全ての資産(自己資本+他人資本)を使って、どれだけ効率的に利益を上げたかを示す指標。企業の総合的な収益性を測る。
売上高総利益率(粗利率)売上総利益 ÷ 売上高 × 100商品やサービスの「元々の儲ける力」を示す指標。原価に対する競争力を表す。
売上高営業利益率営業利益 ÷ 売上高 × 100企業の本業での収益力を示す指標。この比率が高いほど、本業の競争力が高いと言える。
売上高経常利益率経常利益 ÷ 売上高 × 100財務活動(受取利息や支払利息など)も含めた、企業の総合的な収益力を示す指標。
自己資本比率自己資本 ÷ 総資産 × 100総資産に占める自己資本の割合。企業の財務的な安定性を示す指標で、高いほど倒産しにくいとされる。
流動比率流動資産 ÷ 流動負債 × 1001年以内に現金化できる資産が、1年以内に返済すべき負債をどれだけ上回っているかを示す指標。短期的な支払い能力を表す。
D/Eレシオ(負債資本倍率)有利子負債 ÷ 自己資本自己資本に対して、有利子負債が何倍あるかを示す指標。財務レバレッジの度合いと財務の健全性を測る。
EBITDA営業利益 + 減価償却費金利や税金、減価償却の影響を排除した、企業の現金ベースでの収益力を示す指標。国際的な企業価値比較でよく用いられる。
プライマリーアドバイザリー株式会社
M&A仲介業、M&Aアドバイザー、企業価値評価

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