不動産M&A サンフロンティア不動産<8934>、ホテル運営のエムケー興産を子会社化

サンフロンティア不動産の事例にみる「不動産M&A」という選択肢

 2025年7月、オフィスビル事業やホテル事業を多角的に展開するサンフロンティア不動産株式会社が、ホテル運営会社であるエムケー興産株式会社を子会社化する、というニュースが発表されました。これは、長野市のホテルを取得するにあたり、不動産そのものを直接購入するのではなく、その不動産を所有・運営する「会社ごと」M&A(合併・買収)するスキームです。このような「不動産M&A」は、近年、特にホテル業界の再編や事業承継の文脈で、有力な選択肢として注目を集めています。

 本稿では、不動産M&Aがなぜ今、経営戦略として重要視されているのか、その背景を紐解きます。単純な物件の現物売買とは一線を画す、その構造的な特徴、特に節税やコスト面でのメリット、そして見過ごされがちなリスクについて、深く、そして分かりやすく解説していきます。

第1章:不動産M&Aとは何か?~現物不動産売買との構造的違い~

 不動産M&Aを理解する鍵は、伝統的な「現物不動産売買」との構造的な違いを把握することにあります。両者は似て非なるものであり、その取引対象と法的な枠組みが根本的に異なります。

1. 取引対象の違い:「アセット」か「シェア」か

  • 現物不動産売買(アセットディール) 取引の対象は、土地や建物といった「不動産そのもの(アセット)」です。買い手と売り手は不動産売買契約を締結し、法務局で所有権移転登記を行うことで、不動産の所有権が買い手に移転します。これは、個人がマイホームを購入する場合と本質的に同じ、シンプルで分かりやすい取引形態です。
  • 不動産M&A(シェアディール) 一方、不動産M&Aの取引対象は、不動産ではなく、その不動産を所有する「会社の株式(シェア)」です。買い手は、対象会社の株主との間で株式譲渡契約を締結し、株主名簿を書き換えることで、その会社の経営権を取得します。結果として、買い手は会社を通じて、その会社が所有する不動産を間接的に支配することになります。この場合、不動産の登記名義人は会社のまま変わらない、という点が極めて重要です。

【構造比較】

比較項目現物不動産売買(アセットディール)不動産M&A(シェアディール)
取引対象不動産(土地・建物)会社の株式
契約当事者不動産所有者 ⇔ 買主株主 ⇔ 買主(新株主)
主要な契約不動産売買契約株式譲渡契約
登記所有権移転登記(必須)原則、不要(法人の登記名義人は不変)
承継範囲対象不動産に関する権利・義務会社全体の資産、負債、契約、許認可、従業員等

2. 承継されるものの範囲が本質的に異なる

 この構造的な違いは、承継されるものの範囲に決定的な差をもたらします。

 現物不動産売買では、買い手は基本的に「クリーンな状態」の不動産を取得します。売り手の会社が抱える負債や、不動産運営とは直接関係のない契約関係が買い手に引き継がれることはありません。対して不動産M&Aでは、買い手は「会社を丸ごと」引き継ぎます。これは、対象不動産だけでなく、その会社が持つすべての資産、負債、権利、義務を一体として承継することを意味します。具体的には、以下のようなものが含まれます。

  • 資産: 対象不動産、預貯金、売掛金など
  • 負債: 金融機関からの借入金、買掛金、未払費用など
  • 契約関係: テナントとの賃貸借契約、管理委託契約、リース契約など
  • 許認可: ホテルや旅館の営業許可、宅地建物取引業免許など
  • 従業員: 雇用契約
  • 潜在的リスク: 帳簿に載らない簿外債務、将来発生しうる偶発債務(訴訟リスク、環境汚染リスクなど)

つまり、不動産M&Aは単なるアセットの取得ではなく、一つの「事業体」の取得なのです。この「事業体の承継」という性質こそが、次章で解説する様々なメリットと、それに伴うリスクの源泉となります。

第2章:不動産M&Aが選ばれる戦略的理由~メリットの深掘り~

 不動産M&Aが持つ「事業体の承継」という性質は、特に税務、コスト、事業戦略の3つの側面で大きなメリットを生み出します。

A. 税務上のメリット(節税効果)

 不動産M&Aが選択される最も大きな理由の一つが、この税務上のメリットです。現物不動産売買と比較して、複数の税金が軽減または非課税となる可能性があります。

  1. 不動産取得税が原則「非課税」 現物不動産を取得した場合、買い手には不動産取得税(固定資産税評価額の原則4%、宅地や住宅は3%)が課されます。例えば、評価額10億円の商業ビルであれば、4,000万円の不動産取得税がかかります。 しかし、不動産M&A(株式譲渡)の場合、不動産の所有権移転は発生せず、登記名義も変わりません。あくまで株主が変わるだけです。そのため、この不動産取得税が原則として課税されないのです。これは、取引価額が大きくなるほど、絶大なインパクトを持つメリットと言えます。
  2. 登録免許税が原則「不要」 同様に、現物不動産売買では所有権移転登記のために登録免許税(固定資産税評価額の原則2%)が必要となります。評価額10億円のビルであれば、2,000万円です。 不動産M&Aでは、所有権移転登記自体が不要なため、この登録免許税もかかりません
  3. 消費税が原則「非課税」 不動産の売買において、土地は非課税ですが、建物部分には消費税(10%)が課税されます。建物価格が5億円であれば、5,000万円の消費税が発生します。 一方、株式の譲渡は有価証券の譲渡にあたり、消費税は非課税です。したがって、建物価値の比重が大きい不動産(例:新築ビル、ホテルなど)ほど、このメリットは大きくなります。
  4. 譲渡所得課税におけるメリット(主に個人株主のケース) 売り手側、特に個人オーナーにとっても税務上のメリットがあります。 個人が不動産を売却した場合の譲渡所得にかかる税率は、所有期間によって大きく異なります。
    • 短期譲渡所得(所有5年以下):39.63% (所得税30%+復興特別所得税+住民税9%)
    • 長期譲渡所得(所有5年超):20.315% (所得税15%+復興特別所得税+住民税5%) これに対し、個人が所有する株式の譲渡所得にかかる税率は、所有期間にかかわらず一律で20.315%(申告分離課税)です。 つまり、所有期間が5年以下の不動産を売却したい場合、法人格ごと株式譲渡の形で売却することで、税率を約半分に抑えられる可能性があるのです。

【税務メリットのまとめ】

税金の種類現物不動産売買(アセットディール)不動産M&A(シェアディール)メリットの源泉
不動産取得税課税(評価額の3~4%)原則、非課税所有権移転がないため
登録免許税課税(評価額の2%)原則、不要所有権移転登記がないため
消費税建物部分に課税(10%)原則、非課税株式譲渡が非課税取引のため
譲渡所得税(個人)短期:約40%, 長期:約20%一律 約20%税率構造の違い

B. コスト・手続き上のメリット

 税金以外のコストや手続き面でも、不動産M&Aは大きな優位性を持ちます。

  1. 許認可の円滑な承継 冒頭のサンフロンティア不動産の事例のように、ホテルや旅館、あるいは宅地建物取引業など、事業運営に特別な許認可が必要な場合、このメリットは計り知れません。現物不動産売買では、買い手は新たに自身の名義で許認可を取得し直す必要があります。これには数ヶ月単位の時間を要することもあり、その間の事業機会を損失しかねません。 不動産M&Aでは、許認可は法人に紐づいているため、会社を承継することで許認可もそのまま引き継ぐことが可能です。これにより、事業のダウンタイムをなくし、買収後すぐに事業を開始・継続できます。
  2. 契約関係の承継 多数のテナントが入居するオフィスビルや商業施設の場合、現物売買では、新たなオーナーとして全テナントと賃貸借契約を改めて締結し直すか、地位承継の同意を取り付ける必要があります。これは膨大な事務手続きを伴います。 不動産M&Aであれば、契約主体である法人が存続するため、個別の契約を巻き直す手間が不要です。金融機関との融資契約、管理会社との委託契約なども同様に、円滑に引き継ぐことが可能です。

C. 事業戦略上のメリット

 上記のメリットは、結果として買い手の事業戦略に大きなアドバンテージをもたらします。

  1. 事業展開のスピードアップ 許認可の再取得や契約の再締結が不要なため、買収から収益化までのリードタイムを劇的に短縮できます。変化の速い市場において、この「時間の買収」は極めて重要な競争優位性となります。
  2. 従業員・ノウハウの獲得 不動産の価値は、その物理的な存在だけでなく、それをいかに効率的に運営するかのノウハウにも宿ります。不動産M&Aでは、その不動産の運営に習熟した従業員の雇用も一体で引き継ぐことができます。これにより、買い手は不動産という「ハード」と運営ノウハウという「ソフト」を同時に獲得し、安定した事業運営を早期に実現できます。
  3. 事業承継問題の解決策として 後継者不在に悩む不動産オーナー企業にとって、不動産M&Aは有力な出口戦略(EXIT)となります。個人で所有する不動産を一つ一つ切り売りするのではなく、会社ごと第三者に譲渡することで、事業の継続性を保ちながら、創業者利益を円滑に確定させることが可能です。

第3章:不動産M&Aに潜むリスクと留意点~専門家が警鐘を鳴らすポイント~

 これほど多くのメリットがある不動産M&Aですが、当然ながら光あるところには影もあります。「会社を丸ごと引き継ぐ」という性質は、メリットの源泉であると同時に、重大なリスクの源泉にもなり得ます。

1. 簿外債務・偶発債務のリスク

 これが最大のリスクです。買い手は、貸借対照表(B/S)に記載されている借入金だけでなく、そこに**現れない隠れた債務(簿外債務)や、将来発生する可能性のある不確定な債務(偶発債務)まで引き継いでしまいます。

  • 簿外債務の例: 未払いの残業代、社会保険料の滞納、退職給付引当金の不足など
  • 偶発債務の例: 過去の取引をめぐる訴訟リスク、不動産の土壌汚染やアスベスト除去に伴う将来の費用負担、過去の契約違反に基づく損害賠償リスクなど

 これらのリスクは、現物不動産売買では遮断されますが、不動産M&Aでは直接買い手が負担することになります。このリスクを回避・低減するためには、後述する徹底したデューデリジェンスが不可欠です。

2. 税務上の否認リスク

 節税メリットは不動産M&Aの大きな魅力ですが、そのメリットの追求が行き過ぎると、税務当局から「租税回避行為」とみなされ、取引自体が否認されるリスクがあります。特に、事業実態がほとんどないペーパーカンパニーが不動産を所有しているだけで、その節税メリットのみを主たる目的に取引が行われたと判断された場合、同族会社等の行為計算否認規定などが適用される可能性があります。この場合、税務上は現物不動産売買があったものとみなされ、本来かからなかったはずの不動産取得税などが追徴課税される恐れがあります。このリスクを回避するには、そのM&Aに事業上の合理的な目的(例:許認可の承継、事業シナジーの創出、事業拡大のスピードアップなど)が存在することを、客観的な証拠をもって説明できる状態にしておくことが極めて重要です。

3. デューデリジェンス(DD)の重要性と複雑性

 上記のリスクを洗い出し、評価するために行うのがデューデリジェンス(買収監査)です。不動産M&AにおけるDDは、通常の不動産DD(物件の物理的状況、法規制、収益性の調査)に加えて、対象企業全体に対する多角的な調査が必須となり、より複雑かつ広範になります。

  • 法務DD: 株式の状況、定款、登記、契約書、許認可、訴訟、コンプライアンス体制など
  • 財務DD: 過去の財務諸表の精査、収益性・財政状態の分析、簿外債務の調査など
  • 税務DD: 過去の税務申告の妥当性、税務上の繰越欠損金の状況、潜在的な税務リスクの評価など

 これらのDDを各分野の専門家(弁護士、公認会計士、税理士など)と連携して実施し、発見されたリスクを株式譲渡契約書における表明保証や補償条項に反映させ、価格交渉に織り込むプロセスが不可欠です。

4. 企業価値評価(バリュエーション)の難易度

 現物不動産売買の価格は、基本的に不動産の鑑定評価額や収益還元価値がベースとなります。しかし、不動産M&Aでは、対象会社の企業価値を算定する必要があり、より複雑です。不動産の時価(純資産価値)に加えて、その事業が将来生み出すキャッシュフロー(収益性)や、従業員・ノウハウといった無形資産(のれん・営業権)も評価の対象となるため、高度なファイナンスの知識が求められます。

プライマリーアドバイザリー株式会社

代表取締役 内野哲


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