SNSマーケティング×カーブアウトM&A徹底解説|ラバブルマーケティンググループによるライスカレーLS子会社化を3手法のバリュエーションで読み解く

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「利益率42%の事業」をなぜ手放すのか

 2026年2月18日、ラバブルマーケティンググループ(東証グロース:9254)は、MUSCAT GROUP(東証グロース:195A)傘下のライスカレープラスが手がけるSNSマーケティング支援事業のうち、アパレル・エンターテインメント・化粧品といったライフスタイル領域に特化した部門を新設分割によって切り出した新会社「ライスカレーLS」の全株式を、7億4,800万円で取得することを発表しました。

対象事業の直近期(2025年3月期)の業績は、売上高6億4,300万円・営業利益2億7,500万円。営業利益率は実に42.8%という、一般的なデジタルマーケティング企業の水準(おおむね10〜20%程度)を大きく上回る数字です。

「そんなに儲かっているなら、なぜ売るのか」――これが今回のM&Aを読み解くうえで最初に問うべき問いです。本稿では、カーブアウトという取引スキームの本質、両社の戦略的背景、そして3つの異なるバリュエーション(企業価値評価)手法による価格妥当性の検証という順番で、実務的な観点から掘り下げていきます。


1. スキームの解説――カーブアウトとは何か

 今回の取引は「カーブアウト(Carve-out)」と呼ばれる形態です。カーブアウトとは、ある企業が保有する事業の一 部を切り出し(英語で”carve out”=切り彫る)、その部分を第三者に売却または独立させる取引を指します。会社ごと売るのではなく、「特定の事業だけ」を切り出して売る点が最大の特徴です。

 法的スキームは新設分割(会社法第763条〜766条)です。新設分割とは、既存の会社(ここではライスカレープラス)が特定の事業に属する権利義務(資産・負債・契約・従業員)を包括的に新設会社(ライスカレーLS)へ承継し、代わりに新設会社の株式を受け取る手続きです。

 「包括承継」という点が重要です。通常の事業譲渡(資産買収)では、顧客契約・従業員雇用・賃貸借契約などをひとつひとつ個別に移転する必要があり、相手方の個別同意が必要になります(民法上の債権譲渡・債務引受のルール)。一方、会社分割では法律上の「包括承継」が認められているため、原則として相手方の同意なく契約関係を新会社に移すことができます(ただし、契約書に「会社分割による承継を除く」旨の別段の定めがある場合や、個人的信頼関係を基礎とする契約については例外があります)。

 SNSマーケティング事業の場合、顧客との業務委託契約が事業の根幹であるため、この「包括承継」の効果は取引成立の実務上きわめて重要な意味を持ちます。


2. 両社の戦略的背景――なぜ売り、なぜ買うのか

売り手側(MUSCAT GROUP)の論理

 MUSCAT GROUPは、SNSマーケティング支援を起源として成長し、2024年6月に東証グロース市場へ上場した新興企業です。上場後、MiiSというオーラル美容ブランドや複数のD2Cブランドを軸に据えた「ブランドプロデュース事業」へと戦略の重心をシフトさせてきました。

 直近(2025年3月期第3四半期累計)の業績は、売上高28億円超と前期比35%増の高成長を実現している一方、販管費の増加から営業損失2億4,000万円を計上するという、典型的な「拡大投資フェーズ」にあります。

 この文脈に立つと、ライスカレーLSの譲渡理由が明確に見えてきます。いくら利益率が高くても、BtoB型のSNSマーケティング支援事業は「他社ブランドを育てる」ビジネスです。自社ブランドを育てる事業に経営資源を集中するという戦略方針とは、構造的に相性が悪い。加えて、今回の売却で手にする7億4,800万円のキャッシュは、自社ブランドへの追加投資や運転資金として直接活用できます。

 MUSCAT GROUPは過去のIRにおいて「のれん額が営業利益の3〜5倍程度に収まることを買収の目安にしている」と開示しています。自社の投資基準から逆算すれば、今回の取引がどのくらいの価格帯で交渉されたかも合理的に推測できます。

買い手側(ラバブルマーケティンググループ)の論理

 ラバブルマーケティンググループ(LMG)は、2008年創業の株式会社コムニコを中核とするSNSマーケティング専業グループです。直近通期(2025年10月期)の業績は売上高26億3,000万円・営業利益1億6,000万円(営業利益率約6.1%)。M&Aによる事業拡大を継続しており、増収増益トレンドを維持しています。

 LMGにとって今回のライスカレーLS取得は、単純な売上拡大にとどまらない意味を持ちます。現在のLMGグループ全体の営業利益率は約6%に過ぎませんが、ライスカレーLSの営業利益率は43%超。この高収益事業を取り込むことで、グループ全体の収益構造が劇的に底上げされます。

 さらに、ライスカレーLSが得意とするアパレル・エンターテインメント・化粧品という領域は、LMGが従来から強みを持つ大手BtoB領域(金融、通信、流通等)とは顧客クラスターが異なります。これは競合関係ではなく、補完関係として機能する可能性が高い。同一市場での重複よりも、別セグメントへの展開力を獲得するという意味での戦略的シナジーが期待されます。


3. バリュエーション(企業価値評価)の詳細分析

 ここからが、本稿の中心となるバリュエーション分析です。3つの手法を用いて、今回の取引価格7億4,800万円の妥当性を多角的に検証します。

なお、ライスカレーLSは今回の新設分割によって設立された新会社であるため、単体の貸借対照表(純資産額)は公表されていません。下記の分析では、対象事業の性質(人的資産中心のサービス業、最小限の固定資産)を踏まえ、移転対象純資産額を7,000万円〜1億2,000万円と幅をもって推定したうえで計算を行っています。


① 年買法(純資産+営業利益×○年分)

 年買法とは、「会社の正味の財産(純資産=総資産から負債を差し引いた額)」に「将来の稼ぎ(営業利益)の何年分か」を加算して企業価値を算出するシンプルな手法です。日本の中小M&A市場で最も広く用いられており、特に非上場会社の売買において標準的な価格の「目安」として機能します。

今回の数値を当てはめると:

  • 営業利益(2025年3月期):2億7,500万円
  • 推定時価純資産:7,000万円〜1億2,000万円
  • 取得価額:7億4,800万円

のれん相当額(取得価額 ― 純資産):

  • 純資産7,000万円の場合:7億4,800万円 ― 7,000万円 = 6億7,800万円
  • 純資産1億2,000万円の場合:7億4,800万円 ― 1億2,000万円 = 6億2,800万円

年買法における「年数」(のれん ÷ 営業利益):

  • 純資産7,000万円ケース:6億7,800万円 ÷ 2億7,500万円 ≒ 約2.5年
  • 純資産1億2,000万円ケース:6億2,800万円 ÷ 2億7,500万円 ≒ 約2.3年

評価コメント: SNSマーケティング・デジタルエージェンシー業界における年買法の相場観は、一般的に3〜5年が標準レンジです。特に安定的な顧客基盤・高い利益率・SaaS的なリカーリング(継続課金)要素を持つ事業であれば、5〜7年の高評価が付くケースも珍しくありません。

 今回の「約2.3〜2.5年」という水準は、この業界の標準と比べると明らかに低い数字です。買い手(LMG)にとっては、年買法ベースで割安な買収であったと読めます。売り手がこの価格を受け入れた背景には、カーブアウト固有のリスクや、MUSCAT GROUP自身のキャッシュフローニーズがあったと考えるのが自然です。


② EV/EBITDA法

 EV/EBITDA法は、特に上場企業や機関投資家が関与するM&Aで多用される国際標準の評価手法です。

用語の説明をしておきます。

  • EV(Enterprise Value=企業価値):株式の時価総額に純有利子負債(借入金から現金を差し引いたもの)を加えた数値。「会社全体の価値」を表します。
  • EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization):利息・税金・減価償却費・のれん償却費を控除する前の利益。企業が本業で稼ぐ「キャッシュ生成力」の近似値として使われます。

今回の計算:

EV(取得価額を純有利子負債ゼロと仮定した場合のEV近似値):7億4,800万円

EBITDA(営業利益 + 減価償却費)の推定:

  • 対象事業はSNSマーケティング支援という人的資産中心のサービス業
  • 固定資産(サーバー・オフィス設備等)に係る減価償却費は限定的と推定:約1,000万円〜2,000万円
  • EBITDA推定値:2億7,500万円 + 1,500万円(中央値)≒ 2億9,000万円

EV/EBITDA = 7億4,800万円 ÷ 2億9,000万円 ≒ 2.6倍

評価コメント: 国内外のデジタルマーケティング・SNSエージェンシー業界の上場類似会社比較(コンパラブルズ分析)でのEV/EBITDA倍率は、一般的に8〜15倍(高成長企業では20倍超も)が観察されます。非上場または中規模M&A案件では、上場プレミアム分の割引が入り5〜10倍程度になることが多い。

 今回の2.6倍は、業界の市場平均値の約1/3〜1/4という水準です。これは単純に「格安」とも読めますが、評価が低くなる合理的な理由もいくつか存在します。

まずカーブアウトリスクです。ライスカレーLSは新設直後の法人であり、事業の独立運営実績がありません。ライスカレープラスという母体に依存してきたバックオフィス機能(経理・労務・IT・法務)を、LMG傘下でゼロから整備する必要があります。このインテグレーションコストと失敗リスクは相応の価格抑制要因となります。

 次に人的資本への依存度です。SNSマーケティング事業は、顧客との関係性や運用ノウハウが特定の人材に集中しやすい。分割後に主要人材が離脱するリスクは、ファイナンシャルモデルに織り込みにくいリスクファクターです。

これらのリスクを考慮しても、EV/EBITDA 2.6倍という価格は買い手に有利な水準であることに変わりはありません。


③ 当期純利益への影響―のれん償却後の連結営業利益上乗せ効果

 日本の会計基準(日本基準=J-GAAP)では、M&Aで生じるのれん(取得価額と取得した純資産の差額)は、最長20年以内の期間にわたって規則的に償却しなければなりません(企業結合に関する会計基準第32条)。これをのれん償却といいます。

のれん償却は損益計算書上の費用として計上されるため、せっかく利益の高い会社を買収しても、のれん償却費がそれを打ち消してしまう場合があります。買収価格が高いほど、この影響は大きくなります。

前提数値:

  • 取得価額:7億4,800万円
  • 推定純資産(承継分):1億円(中央値として設定)
  • 計上のれん:6億4,800万円

のれん償却費(年額):

  • 5年償却シナリオ:6億4,800万円 ÷ 5年 = 1億2,960万円/年
  • 10年償却シナリオ:6億4,800万円 ÷ 10年 = 6,480万円/年

SNSマーケティング事業における経済的残存耐用年数は、顧客基盤の安定性・テクノロジー変化の速度・競合環境を総合的に勘案すると、5〜10年と判断するのが実務的には合理的な範囲です。

連結営業利益への純上乗せ効果:

ライスカレーLSの営業利益貢献:+2億7,500万円

のれん償却後の実質的な営業利益上乗せ額:

  • 5年償却シナリオ:2億7,500万円 ― 1億2,960万円 = 1億4,540万円/年
  • 10年償却シナリオ:2億7,500万円 ― 6,480万円 = 2億1,020万円/年

法人税等(実効税率30%を想定)考慮後の当期純利益への寄与:

  • 5年償却シナリオ:1億4,540万円 × 0.70 ≒ 約1億200万円/年(ただしのれん償却は税務上の損金とならないため別途調整が必要。正確には税効果会計処理を経た数字が異なりますが、概算値として掲示します)
  • 10年償却シナリオ:2億1,020万円 × 0.70 ≒ 約1億4,700万円/年

LMGグループの連結営業利益への影響:

LMGの直近通期(2025年10月期)連結営業利益は約1億6,000万円です。この数字に対し、ライスカレーLSの貢献が加わると:

  • 5年償却シナリオ:1億6,000万円 + 1億4,540万円 = 約3億540万円(+91%増)
  • 10年償却シナリオ:1億6,000万円 + 2億1,020万円 = 約3億7,020万円(+131%増)

の段階で、連結ベースでの営業利益はほぼ倍増以上になる計算です。 この規模の単一取引で、グループ連結業績をここまで引き上げられるのは、対象事業の利益率が極めて高い(43%)ことに加え、LMG本体の現状の利益規模が小さいため、相対的な上乗せ効果が大きく見える構造も働いています。

重要な注意点として、のれんの償却期間は会社が決定しますが、日本基準では「のれんが効果を発揮すると見込まれる期間」を根拠に設定する必要があります(企業結合に関する会計基準の実務適用)。SNSマーケティングという事業特性上、5年での償却を選択した場合、短期的な利益押し下げ効果は相応に大きくなる点は認識しておく必要があります。


4. 取引価格7億4,800万円の総合評価

3つのバリュエーション手法を総括すると、今回の取引価格は買い手(LMG)に有利な水準であるという結論が導かれます。

評価手法今回の倍率業界相場評価
年買法(のれん÷営業利益)約2.3〜2.5年3〜5年割安
EV/EBITDA約2.6倍5〜15倍大幅割安
連結営業利益上乗せ(10年償却)+2.1億円/年取得価額の回収:約3.6年高い投資効率

ただし、「安いから良い買い物」という単純な話でもありません。なぜこの価格で取引が成立したかを理解することが、同種のM&Aから正しい教訓を引き出すために不可欠です。

価格が低水準になった主な要因:

 第一に、カーブアウト固有のリスクプレミアムです。事業部ではなく法人として独立したばかりの会社は、財務・経営の自立性がまだ確立されていません。経営管理機能の分離コスト、PMI(統合後マネジメント)の難易度は、既存の独立法人を買収する場合より高い。

 第二に、MUSCAT GROUP側の売却動機の強さです。ブランド事業に特化するという戦略的必要性と、投資フェーズ特有の資金需要は、交渉上の売り急ぎを生みます。買い手が複数いれば価格競争が起きますが、SNSマーケティング同業者という限定された買い手候補が前提では、売り手の交渉力は限定的になります。

 第三に、LMG自身の財務規模です。LMGは売上高約26億円の中規模グループであり、7億4,800万円という取得価額は決して小さくありません(LMGの連結営業利益の約4.7年分に相当)。この「買える限界」という制約が、交渉上の価格天井として機能したと見られます。


5. カーブアウト特有の危険ポイントと実務上の留意点

M&Aアドバイザーとしての立場から、今回のような新設分割型カーブアウトで特に注意を要する論点を整理します。

【危険ポイント①】顧客契約の承継可否の精査 新設分割は包括承継が原則ですが、一部の業務委託契約には「分社化・会社分割の場合は事前書面同意を要する」旨の条項(いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項、またはアンチ・アサインメント条項)が含まれる場合があります。SNSマーケティングのような継続的役務契約では、顧客側の合意取得漏れは致命傷になりえます。クロージング前のDD(デューデリジェンス=精査)で全顧客契約を逐一確認することは必須です。

【危険ポイント②】従業員の処遇と離職リスク 会社分割では、原則として従業員も新会社に移転します(会社法附則による労働契約承継法の適用)。ただし、従業員には異議申述権があり、一定の条件下では移転を拒否することができます。SNSマーケティング事業の場合、事業価値の大部分は人的資本(担当者の顧客関係・運用スキル)に宿っているため、主要人材の引き留め策(リテンション・パッケージ)を事前に設計・合意しておくことが不可欠です。

【危険ポイント③】財務諸表の独立性検証 ライスカレーLSはライスカレープラスから分割された新会社です。その財務数値(特に売上高・営業利益)は、ライスカレープラスが持株会社機能・バックオフィス機能・共通コストを肩代わりしていた期間のものである可能性があります。独立法人として運営した場合の「真の収益力」を評価するためには、管理会計ベースの費用再構築(スタンドアローン・コスト分析)が必要です。

【危険ポイント④】のれん過大計上リスクの事後的確認 万が一、取得後の事業パフォーマンスが想定を下回った場合、のれんの減損損失(のれんの帳簿価額を一括して費用処理すること)が発生するリスクがあります。日本基準では減損の兆候判定を定期的に行うことが求められており(固定資産の減損に係る会計基準)、LMGのような中規模企業では減損損失が連結業績に与えるインパクトが大きくなる点には注意が必要です。



本記事は公開情報のみを根拠とした筆者の独立した見解であり、特定の投資行動を推奨・勧誘するものではありません。個別の投資判断はご自身の責任において行っていただくようお願いいたします。

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲
 中小企業オーナー・経営者を主たる対象として、M&Aにおける会社売却・事業売却・事業承継に関する
企業価値算定(株価算定)・売却判断の是非・取引条件の妥当性検証を専門とする、
独立系M&A仲介業/アドバイザリーを経営。

 M&A仲介を前提とせず、
「現時点で売却すべきか否か」
「提示されている価格・条件は合理的か」
経営者にとって最も重要かつ不可逆な意思決定に特化したコンサルティングを提供。


▶ 経歴と専門領域
 前職では、東証プライム市場上場グループ会社において代表取締役社長を務め、
DX・Webマーケティング支援事業の成長戦略立案および実行を主導。
その過程で、買収側としてのM&A実務、企業価値評価、条件交渉、意思決定を一貫して経験。

 また大手上場企業に対する長期コンサルティングの一環として、M&A後のPMI(統合プロセス)に約10年弱関与し、
買収後に企業価値が毀損する実例・構造的要因に関与し支援。

 その実務経験を強みとして、「M&A仲介ありきでは意思決定を誤るケースが多い」という問題意識から
中立・第三者の立場で判断を支援するM&Aアドバイザリー事業を創業。


▶ 保有資格・所属団体等

 ・経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度
 ・日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)
 ・東京商工会議所
 ・一般社団法人金融財政事情研究会M&Aシニアエキスパート資格
 ・公益社団法人日本証券アナリスト協会プライマリープライベートバンカー資格

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