2026年3月2日、東証スタンダード上場のfonfun(証券コード:2323)は、SES事業を展開する株式会社YNPの全株式を取得し、完全子会社化すると発表しました。取得価額は2億5,300万円、アドバイザリー費用等を含めた総額は2億6,400万円です。
本件の買収価格が果たして妥当なのか、年買法・EV/EBITDA法・のれん控除後の連結利益インパクトという3つのバリュエーション手法で多角的に検証いたします。SES業界のM&Aをご検討中の経営者の方はもちろん、上場企業による中小企業買収のプライシング・ロジックにご関心をお持ちの方にとって、実務的な示唆をご提供できれば幸いです。
第1章 取引の概要|fonfunとYNPの基本情報
買い手:株式会社fonfun(東証スタンダード:2323)
fonfunは1997年設立、東京都渋谷区に本社を置くIT企業です。DXソリューション事業(ソフトウェア開発・技術派遣)とクラウドソリューション事業(SaaS・プロダクト事業)の二本柱で事業を展開しています。
2023年にサイブリッジ合同会社によるTOBを経て経営体制を刷新し、代表取締役社長に水口翼氏が就任。同年公表された新中期経営計画「プロジェクトフェニックス」では、2026年3月期までに連結売上高20億円、EBITDA4億円、エンジニア100人体制の達成を目標に掲げ、M&Aを成長戦略の重要な柱と位置付けています。
2 026年3月期第2四半期(累計)の実績は売上高8億6,000万円(前年同期比189.0%)、営業利益1億2,000万円(同208.3%)、EBITDA2億500万円(同250.0%)と好調に推移しており、中期経営計画の第1フェーズは全項目達成の見込みと開示しています。連結従業員数は124名(2025年12月31日現在)、時価総額は約91億円(2026年2月時点)です。
売り手:株式会社YNP
YNPは2020年9月設立、東京都千代田区に所在するSES(システムエンジニアリングサービス)事業会社です。代表取締役は野中優祐氏で、同氏が発行済株式の89.2%を保有するオーナー企業です。
最大の特徴は、社員の約90%以上を女性エンジニアが占めるという独自のポジショニングにあります。無料の社内託児所を完備し、産休・育休取得率100%、復帰率100%を実現するなど、IT業界における女性の就労継続を支援する経営モデルを構築しています。エンジニア数は141名、90%以上がAWS認定資格を取得しており、開発・サーバー・保守運用・ITサポートなど幅広いスキルセットを有しています。
取引スキーム
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 取引手法 | 株式譲渡(100%取得による完全子会社化) |
| 取得価額(株式) | 2億5,300万円 |
| アドバイザリー費用等 | 約1,100万円 |
| 取得総額 | 2億6,400万円 |
| 決済方法 | 現金 |
| 取締役会決議日・契約日・取得日 | 2026年3月2日(同日決議・契約・取得) |
| 連結業績への影響 | 2026年3月期は軽微(期末取得のため) |
なお、開示資料によれば、取得価額は直近期業績、将来の収益計画、第三者評価(DCF法による参考評価)、ならびにfonfunグループとの事業シナジー創出効果を総合的に勘案して算定したとされています。
第2章 YNPの財務分析|急成長SES企業の実力を読み解く
直近3期の経営成績
| 項目 | 2023年8月期 | 2024年8月期 | 2025年8月期 |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 6億5,193万円 | 7億8,880万円 | 9億7,584万円 |
| 営業利益 | △1,538万円 | 1,029万円 | 9,085万円 |
| 経常利益 | △683万円 | 1,250万円 | 9,932万円 |
| 当期純利益 | △703万円 | 1,197万円 | 3,991万円 |
| EBITDA(調整後営業利益) | △1,141万円 | 1,699万円 | 9,310万円 |
| 純資産 | 1,052万円 | 1億2,249万円 | 1億9,941万円 |
| 総資産 | 1億5,123万円 | 2億4,343万円 | 3億5,510万円 |
| 現金及び預金 | 522万円 | 3,113万円 | 5,269万円 |
※開示資料に基づく数値であり、監査法人による監査を受けたものではありません。
※EBITDA=営業利益+繰延資産償却+減価償却費(fonfun開示ベース)
財務分析上の注目ポイント
YNPの業績推移を見ると、2020年9月の設立からわずか数年で急成長を遂げた軌跡が読み取れます。売上高は2023年8月期の約6.5億円から2025年8月期には約9.8億円へと、2年間で約50%増加しています。
しかし、M&Aアドバイザーとして最も注目すべきは、利益の変動幅の大きさです。営業利益は2023年8月期の約1,500万円の赤字から、2024年8月期に約1,000万円の黒字に転換し、2025年8月期には一気に約9,100万円まで急拡大しています。わずか2年で営業利益が約1億円改善した計算になります。
SES事業は、エンジニアの稼働率(アサイン率)と単価が収益を直接左右するビジネスモデルです。エンジニア141名体制で売上高約9.8億円ということは、エンジニア1人あたりの年間売上高は約692万円となります。SES業界の平均的な水準と照らし合わせると、まだ単価の上昇余地がある一方で、未経験者の育成期間中のコスト負担を勘案する必要があります。
また、当期純利益が3,991万円にとどまっている点も重要です。営業利益9,085万円、経常利益9,932万円に対して当期純利益が約4,000万円ということは、法人税等の実効税率が約60%と通常の30%前後を大きく上回っています。これは、過年度の繰越欠損金が限定的である可能性や、税務上の損金不算入項目の存在を示唆しており、今後の実効税率の正常化が連結利益にとってのアップサイド要因となり得ます。
第3章 バリュエーション分析|3つの手法で買収価格を検証する
ここからは、本件の取得価額2億5,300万円が妥当であるか、実務で広く用いられる3つのバリュエーション手法を使って検証いたします。
手法① 年買法(年倍法)による分析
年買法(ねんばいほう)とは、中小企業のM&Aにおいて最も頻繁に使われる簡便な株価算定手法です。対象会社の純資産に、営業利益の一定年数分を上乗せすることで、「のれん(=超過収益力)」を含む買収価格を算出します。計算式は以下のとおりです。
買収価格 = 純資産 + 営業利益 × ○年分
本件に当てはめると、次のように計算できます。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 取得価額(A) | 2億5,300万円 |
| 純資産(B) | 1億9,941万円 |
| 超過収益力部分(A-B) | 5,359万円 |
| 営業利益(C) | 9,085万円 |
| 年買法の倍率(A-B)÷ C | 約0.59年分 |
年買法の倍率は約0.59年分という結果です。一般的に、中小企業のM&Aでは営業利益の2年〜5年分が相場とされています。SES業界においては、エンジニアの流動性が高く人材の定着リスクがあることから、やや低めの2年〜3年分が目安とされることが多いです。
本件の0.59年分という数値は、この業界相場を大幅に下回っています。純資産に対してわずか約5,400万円の上乗せで100%の株式を取得できた計算であり、買い手であるfonfunにとっては極めて有利な条件と評価できます。
ただし、注意すべき点があります。YNPの営業利益9,085万円は直近1期(2025年8月期)のものであり、その前期は1,029万円、前々期は赤字でした。年買法のベースとなる営業利益に直近期の数値をそのまま採用するか、3期平均(約3,192万円)を採用するかで、評価は大きく変わります。仮に3期平均を用いると、倍率は約1.68年分に上昇し、相場感により近づきます。つまり、「成長軌道にある企業の年買法は、ベースとなる利益をどの期間で捉えるかがバリュエーションの最大のポイント」ということになります。
手法② EV/EBITDA法による分析
EV/EBITDA倍率(イーブイ・イービッダー倍率)とは、企業価値(EV:Enterprise Value)を、その企業の本業から生み出すキャッシュフロー代理指標(EBITDA:利払前・税引前・償却前利益)で割った数値です。M&Aの世界では「簡易買収倍率」とも呼ばれ、この倍率が低いほど投資効率が良い、つまり買い手にとって「割安な買い物」であることを意味します。
本件のEV/EBITDAを算出するにあたっては、まずEVの算出が必要です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 株式価値(取得価額) | 2億5,300万円 |
| 現金及び預金(控除) | △5,269万円 |
| 有利子負債(加算) | ※非開示 |
| EV(推定値) | 約2億31万円〜 |
| EBITDA(2025年8月期) | 9,310万円 |
| EV/EBITDA倍率 | 約2.15倍〜 |
※SES事業は設備投資が少なく、有利子負債が軽微であるケースが一般的なため、有利子負債をゼロと仮定して推定しています。仮に有利子負債が5,000万円存在した場合でも、EV/EBITDAは約2.69倍にとどまります。
この数値を業界水準と比較してみましょう。情報・通信業の上場企業のEV/EBITDA倍率は、中央値で8倍〜9倍程度、M&Aの実務においても中小企業で4倍〜8倍程度が一般的な取引レンジです。中小企業庁の調査では、全業種平均が約5.4倍とされています。
本件の約2.15倍は、これらの市場水準を大幅に下回る水準です。言い換えれば、fonfunは約2年分のEBITDAで、YNPの事業全体を取得したことになります。買い手にとって非常に効率の良い投資であると同時に、なぜここまで低い倍率での取引が成立したのかを考察する必要があります。
その背景として考えられるのは、①YNPの利益水準が急拡大途上にあり、持続可能性にリスクプレミアムが織り込まれたこと、②2020年設立という若い企業であるため、業績のトラックレコード(実績の蓄積)が浅いこと、③オーナー持分が89.2%という集中的な株主構成における経営者依存リスク、④監査法人による監査を受けていない財務数値に基づく取引である点が挙げられます。これらのリスク要因が買収価格のディスカウントとして反映されたと考えるのが自然でしょう。
手法③ 連結損益インパクト分析|のれん償却控除後の利益貢献
3つ目の分析手法として、本件取得によるfonfun連結業績へのインパクトを試算します。具体的には、YNPの当期純利益から、日本基準(J-GAAP)で求められるのれん償却費を差し引いた「実質的な連結利益貢献額」を算出します。
のれんとは、買収価額が対象会社の純資産を上回る部分を指します。日本の会計基準では、のれんは20年以内の合理的な期間で定額法により償却しなければなりません(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」)。この償却費は連結損益計算書上の販売費及び一般管理費(または営業外費用)に計上され、連結営業利益を直接的に押し下げる要因となります。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 取得価額 | 2億5,300万円 |
| YNP純資産 | 1億9,941万円 |
| のれん計上額 | 5,359万円 |
※実際ののれん額は、取得日時点のYNPの識別可能資産・負債の時価評価(PPA:Purchase Price Allocation)の結果に基づいて確定するため、上記は簡便的な試算値です。顧客関連資産やブランド価値等の無形資産が個別に識別・計上された場合、のれんの金額は変動します。
| 償却期間の想定 | 5年 | 10年 |
|---|---|---|
| 年間のれん償却費 | 1,071万円 | 535万円 |
| YNP営業利益 | 9,085万円 | 9,085万円 |
| のれん控除後 営業利益貢献 | 8,014万円 | 8,550万円 |
| YNP当期純利益 | 3,991万円 | 3,991万円 |
| のれん控除後 純利益貢献 | 2,920万円 | 3,456万円 |
のれん償却期間を5年と仮定した場合、年間約1,071万円の償却費が発生しますが、YNPの営業利益9,085万円に対する影響は限定的であり、のれん控除後でも約8,014万円の営業利益が連結業績に上乗せされる計算です。
これをfonfunの連結業績(2026年3月期予想:営業利益2億400万円)と対比すると、YNPの買収によって連結営業利益が約39%〜42%上積みされるインパクトがあります。売上高で見ても、fonfunの通期予想19億800万円に対してYNPの9億7,500万円が加わるため、連結売上高は約29億円規模に拡大し、中期経営計画「プロジェクトフェニックス」が掲げる売上高20億円の目標を大幅に超過することになります。
これだけの連結インパクトを、のれん額わずか約5,400万円で実現できるという点は、fonfunの株主にとってポジティブな材料といえるでしょう。
第4章 3手法の総合評価|なぜ買い手にとって「割安」だったのか
| 手法 | 算出結果 | 業界一般水準 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 年買法 | 約0.59年分 | 2〜5年分 | 大幅に割安 |
| EV/EBITDA | 約2.15倍 | 4〜8倍(中小IT) | 大幅に割安 |
| のれん控除後OP貢献 | 約8,014万円/年 | 連結OP約39%増 | 高い投資効率 |
3つの手法すべてにおいて、本件は「買い手に有利な価格設定」であることが確認できました。では、なぜこのような条件が実現したのでしょうか。
第一に、YNPの急激な業績改善が挙げられます。2023年8月期の営業赤字から2年で営業利益9,000万円超に達したものの、この成長が構造的なものか一過性のものかについて、売り手・買い手の間で見解が分かれた可能性があります。M&Aの価格交渉において、業績のボラティリティ(変動の大きさ)は一般的にディスカウント要因として働きます。
第二に、設立からわずか5年余りの若い企業であるため、複数年にわたる安定した業績推移を示す実績(トラックレコード)が不十分であった点が考えられます。
第三に、売り手側のオーナー経営者としての意思決定として、スピードを重視した可能性があります。fonfunのような上場企業グループの傘下に入ることで、YNPの従業員にとっての雇用安定性や福利厚生の向上、さらなる事業拡大の基盤が得られるメリットは、単純な金額比較だけでは測れない価値を持ちます。
第四に、税効果の観点です。YNPの当期純利益が営業利益に対して不釣り合いに低い点は、繰越欠損金の状況や税務上の個別論点が価格交渉に影響した可能性を示唆しています。
第5章 戦略的意義と今後の注目ポイント
fonfunにとっての戦略的意義
本件買収は、fonfunにとって以下の3つの戦略的意義を持つと考えられます。
(1)DXセグメントの収益基盤強化
YNPのSES事業は、fonfunのDXソリューション事業と高い親和性があります。エンジニア141名の加算により、グループ全体のエンジニア体制は250名超に拡大し、受注キャパシティの大幅な増強が見込めます。
(2)中期経営計画「第2フェーズ」への布石
プロジェクトフェニックスの第1フェーズ目標(売上高20億円、EBITDA4億円)を達成した上で、さらなる組織拡大に向けた第2フェーズの基盤構築として、YNPの事業規模は格好の礎となります。
(3)ESG・ダイバーシティ経営の強化
女性エンジニア比率90%以上という独自のポジショニングは、IT業界全体の女性比率が約20%とされる中で際立った差別化要因です。採用競争力の向上と企業ブランドの強化に直結するだけでなく、上場企業として人的資本経営を訴求する上で有力な材料となります。
リスクファクター・今後の注目ポイント
一方で、M&Aアドバイザーの視点から、以下のリスク要因に注意が必要です。
(1)業績の持続可能性
YNPの営業利益は、わずか2年で赤字から9,000万円超に急改善しました。SES事業の利益はエンジニアの稼働率に直結するため、今後の景気変動や顧客企業のIT投資動向によって、利益水準が大きく変動するリスクがあります。
(2)キーパーソンリスク
オーナーであった野中優祐氏のリテンション(残留)条件や、同氏の経営参画の継続性は重要なポイントです。SES企業においては、経営者の個人的なネットワークが顧客基盤に直結していることが少なくありません。
(3)PMI(統合プロセス)の巧拙
PMI(Post Merger Integration:買収後の経営統合プロセス)は、M&Aの成否を分ける最重要フェーズです。fonfunは近年、合同会社selfree、グルーコードコミュニケーションズ、イー・クラウドサービス、マイクロウェーブデジタルなど複数の買収を実行しており、PMIの経験値は蓄積されつつあります。YNPの独自の社風や託児所制度などの企業文化を維持しつつ、グループシナジーをどのように最大化するかが問われます。
(4)財務数値の精度
開示資料には「監査法人による監査を受けたものではありません」と明記されています。子会社化後に監査水準での財務精査が行われた際に、数値の修正が生じる可能性はゼロではありません。この点については、取得時のデューデリジェンスにおいて十分な精査がなされているものと推察されますが、投資家としては留意すべき事項です。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、特定の有価証券の売買や投資判断を推奨するものではありません。記載内容は公開情報に基づく筆者独自の分析であり、正確性・完全性を保証するものではありません。M&Aや投資に関する意思決定は、必ず専門家(公認会計士、税理士、弁護士等)にご相談のうえ、ご自身の判断と責任でお願いいたします。



















コメント