SES事業のM&A事例:ハイブリッドテクノロジーズ(4260)によるMCP35(中核:グルーヴ・システム)子会社化

 本件は、“器(持株会社)”の株式を買う取引でありながら、買い手が本当に欲しいのは中核子会社(SES事業)のキャッシュ創出力という典型例です。売り手の立場では、以下を一度に理解できます。

  • 「純資産(B/S)」と「収益力(P/L)」が乖離するとき、価格はどちらに寄るのか
  • のれん(買収差額)が大きい案件で、買い手が何を怖がるか
  • アドバイザリー費用が“実質購入価格”を押し上げ、交渉の焦点になり得ること
  • EV/EBITDA類似比較が、売り手の説明責任(エクイティ・ストーリー)をどう変えるか

 本稿では、開示数値に基づき、①純資産法 ②EV/EBITDA法 ③類似比較法で企業価値のレンジを作り、売り手が価格交渉で使える「型」に落とします。


目次

1. 取引概要(事実関係の整理)

  • 買い手:株式会社ハイブリッドテクノロジーズ(東証グロース:4260)
  • 取得対象:MCP35株式会社の全株式(100%)を取得し子会社化
  • 孫会社:MCP35の中核子会社である株式会社グルーヴ・システム(SES事業)を孫会社化
  • 取得価額(概算):
    • MCP35普通株式:195百万円
    • アドバイザリー費用等:約32百万円
    • 合計:約227百万円(2.27億円)
  • 取締役会決議/契約締結:2026年1月15日、実行:2026年1月16日

2. 対象会社の実態:MCP35とグルーヴ・システムの「価値の源泉」

2-1. MCP35(持株会社=器)の規模

  • 売上高:4百万円
  • 営業利益:4百万円
  • 純資産:3百万円
  • 総資産:137百万円
  • 設立:2025年2月(10カ月決算)

→ MCP35単体は、いわゆるSPV的な器に近く、価格はMCP35単体の収益では説明できません。

2-2. グルーヴ・システム(SES事業=中身)の規模

(2025年11月期は10カ月数値)

  • 売上高:962百万円
  • 営業利益:68百万円
  • 経常利益:22百万円
  • 純資産:158百万円
  • 総資産:400百万円

また、過去3期の推移では、会社分割の影響が注記されています。


3. まず押さえるべき「SESのバリュエーション論点」

ここは売り手開拓で最も刺さる論点です。SESは、製造業やSaaSと違い、企業価値が次の変数に強烈に依存します。

  • 稼働率(要員が案件に張り付いている比率)
  • 粗利単価(請求単価-支払単価。人月あたりの付加価値)
  • 採用の再現性(採用コスト、採用チャネルの持続性)
  • 離職率(供給力=売上の天井を決める)

 本件の買収理由でも、「相互供給」「稼働率の最適化」「採用・育成体制の共有」が明示されています。 → つまり買い手は、“稼働率×単価×人員数”のコントロール可能性を買っています。

補足:PMIとは
PMI(Post Merger Integration)=買収後の統合プロセスです。人材ビジネスでは、PMIの成否がそのまま稼働率と離職率に出ます。


4. 危険ポイント(売り手が“値上げ交渉”する前に潰すべき論点)

危険ポイント1:利益率の半減=将来利益の不確実性

グルーヴの営業利益率(概算)は、

  • 2023/11:464/3,356 ≒ 13.8%
  • 2024/11:119/1,596 ≒ 7.5%
  • 2025/11(10カ月):68/962 ≒ 7.1%

→ 収益力が“構造的に下がった”と見られると、EV/EBITDA倍率は下方向に補正されます。売り手は、会社分割等の特殊要因だけでなく、現行の粗利構造が持続する根拠を数字で示す必要があります。

危険ポイント2:営業利益と経常利益の乖離

 2025/11(10カ月)で、営業利益68に対し経常利益22。→ 金融収支・一過性費用・構造費用のどれで乖離しているかにより、買い手は“実態EBITDA”を再計算します。売り手が「営業利益×倍率」で語ると、交渉で足元をすくわれます。

危険ポイント3:器(MCP35)ごと買う=偶発債務の取り込み

MCP35は投資・コンサル・株式保有等の会社です。 → 簿外債務・偶発債務・税務リスク(過年度処理、関連当事者取引等)があると、買い手は表明保証・補償条項を強め、価格を下げに来ます。売り手は、法務DD・税務DDの“先回り”が必要です。


5. バリュエーション(3手法でレンジを作る)

 ここからが本稿の中心です。前提として、開示は「MCP35株式取得」ですが、経済実態はグルーヴ・システムの価値です。従って、以下の算定も主としてグルーヴをベースに行います(器のリスクはディスカウント要因)。


5-1. ①純資産法(コストアプローチ)

純資産法とは
純資産(B/Sの純資産=資産-負債)を基礎に企業価値を置く方法です。主に“清算価値”や“下限値”の目安になります。

開示純資産:

  • MCP35:3百万円
  • グルーヴ・システム:158百万円

純資産法の示唆:

  • 実体価値の下限は、グルーヴの純資産 約1.58億円
  • 取得総額 約2.27億円との差額 約0.69億円は、概念的にのれん(超過収益力)に相当

補足:のれん(営業権)とは
買収価格が純資産を上回る部分で、ブランド、人材、顧客基盤、将来収益力など“無形の価値”です。会計上は将来減損リスクを伴います。


5-2. ②EV/EBITDA法(インカムアプローチの実務版)

EV/EBITDAとは

  • EV(Enterprise Value)=事業価値(概ね「株式価値+有利子負債-現預金」)
  • EBITDA=簡便なキャッシュ創出力(営業利益+減価償却費の近似)
    設備依存が小さいサービス業では、EV/EBITDAが交渉の共通言語になりやすいです。

ただし、本件は開示に減価償却費がありません。よって、実務的には二段階でレンジを作ります。

(A) 近似EBITDA=営業利益ベース(保守的ではないが概算)

  • 営業利益(10カ月):68百万円
  • 年換算:68 × 12/10 = 81.6百万円

(B) マルチプル(倍率)の置き方
 SESは「人材流出」「稼働率」「採用再現性」にリスクがあるため、SaaSより倍率は低めになりやすい一方、顧客基盤が強い場合は一定の倍率が付きます。ここでは、売り手が説明可能なレンジとして EV/EBITDA 2.5倍〜5.0倍を置きます(中小SESで現実的に使われる帯)。

  • EV(概算)レンジ:
    • 81.6 × 2.5 = 204百万円
    • 81.6 × 5.0 = 408百万円
      約2.0億〜4.1億円

 本件の取得総額(約2.27億円)は、レンジの下側に位置します。 → 売り手視点では、「利益率低下・乖離(営業→経常)がある状態だと、下側で決まりやすい」ことが分かります。


5-3. ③類似比較法(マーケットアプローチ)

類似比較法とは
上場会社・類似取引の倍率(EV/EBITDA、PER、PBR等)を参照して、対象会社に当てはめる方法です。買い手の社内稟議で最も通りやすい一方、類似性の説明が必要です。

 ここでも、開示情報だけでは厳密な上場比較(ネットキャッシュ、有利子負債、調整後EBITDA)ができません。したがって「売り手が交渉で使える形」として、次の二層構造で提示します。

(A) 上場“ITサービス/人材系”のEV/EBITDAレンジ(一般論)

 (一般に)上場のITサービス・人材系は、景気局面と成長率で倍率が動きます。売り手が採用・稼働率の再現性を示せるなら、中位の倍率を狙えます。実務レンジとして EV/EBITDA 4〜8倍を“目標帯”に置き、未上場ディスカウント(規模・人材依存・キー人材)を差し引きます。

(B) 未上場ディスカウントを織り込んだ実装レンジ

  • 目標帯(上場相当):4〜8倍
  • 未上場ディスカウント(例):▲30%〜▲50%
    → 実装倍率:2.0〜5.6倍

年換算営業利益(=近似EBITDA)81.6百万円に当てると、

  • 81.6 × 2.0 = 163百万円
  • 81.6 × 5.6 = 457百万円
    約1.6億〜4.6億円

このレンジのどこに着地するかは、売り手が以下を定量で示せるかに尽きます。

  • 稼働率の実績推移(12〜24カ月)
  • 粗利単価(人月)と上位顧客の分散
  • 離職率/採用単価/採用チャネルの再現性
  • キー人材依存の排除(体制図・権限分掌)

6. 3手法の統合(レンジの作り方:売り手の“腹落ち価格”)

 本件を教材に、売り手が提示すべきレンジを統合します(グルーヴ中心)。

  • 純資産法(下限):約1.58億円(純資産)
  • EV/EBITDA法(中心レンジ):約2.0〜4.1億円(2.5〜5.0倍)
  • 類似比較法(交渉レンジ):約1.6〜4.6億円(ディスカウント後)

 そして実際の取引総額は 約2.27億円。 → この価格は、「純資産+一定ののれん」であり、“成長・高倍率”は織り込みが薄い水準です。

 売り手としての学びは明確です。利益率が落ち、実態EBITDAの説明が弱い状態だと、価格はレンジ下側に寄る。逆に言えば、売り手が準備すべきは「ストーリー」ではなく、KPIの再現性を示す証拠です。


7. アドバイザリー費用(別項目での解説:実務で揉める論点)

本件では、取得価額の内訳として

  • 株式対価:195百万円
  • アドバイザリー費用等:約32百万円 00
    が分けて開示されています。

7-1. 売り手にとっての意味

 買い手の社内では、株式対価だけでなく、総コスト(Total Acquisition Cost)で投資回収を見ます。つまり、売り手が「株式対価を上げたい」と主張するほど、買い手は「アドバイザリーも含めた総額」で反論します。

7-2. 交渉での位置づけ

  • 売り手:株式対価(Equity Value)最大化を狙う
  • 買い手:総投資額(買収対価+費用)でIRR/回収年数を守る
    このズレが、最終局面で“数千万円単位の押し合い”になります。

7-3. 売り手側の実務対応

 売り手がやるべきは単純で、買い手の「費用込み回収」を上回るだけの材料を、事前に整えることです。

  • 稼働率・粗利単価の改善余地(PMI後の上振れ)
  • クロスセル・顧客基盤の補完性(本件でも明示)
  • 採用のスケール設計(採用単価、教育期間、戦力化までの月数)

8. 売り手開拓で使える「価格を上げるための準備リスト」

最後に、売り手(SES/受託開発/ITサービス)が価格を上げる際の、実務チェックリストを提示します。

8-1. 数字(必須)

  • 月次の稼働率(12〜24カ月)
  • 粗利単価(人月)と分布(上位人材・上位案件偏重の有無)
  • 離職率(職種別・等級別)
  • 採用単価(チャネル別)と戦力化までの期間
  • 売掛金回転(DSO)と貸倒実績

8-2. 法務・労務(必須)

  • 契約形態(準委任/請負の整理、再委託構造)
  • 派遣・請負の運用リスクの棚卸し(グレー運用の排除)
  • キー人材の競業避止・引抜き対策(合理性の範囲で)

8-3. 税務・会計(必須)

  • 役員報酬・関連当事者取引の適正性
  • 貸付金・仮払金の整理(DDで最も嫌われる)
  • 一過性費用と恒常費用の区分(実態EBITDAの説明)

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プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲

M&A仲介業、M&Aアドバイザリー。前職は東証プライム上場グループ会社の代表取締役社長として、DX・Webマーケティング支援事業を経営、経営実務としてのファイナンス経験を活かしてM&Aアドバイザリー事業を創業。並行して自己勘定投資会社も経営し、プロ経営者・プロ投資家の双方の視点で顧客の事業価値最大化を支援しています。

経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度、日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)在籍、東京商工会議所登録。M&Aシニアエキスパート資格保有。

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