M&A仲介に相談する前に「売却可能性診断」が必要な理由

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M&Aは「相談すれば何とかなる」ものではありません

 M&A(企業の合併・買収)は、会社の将来、従業員、取引先、そして経営者ご自身の人生設計に直結する重大な意思決定です。一方で、現場では「とりあえずM&A仲介に相談してみよう」という入口が一般化しています。

 もちろん、仲介会社に相談すること自体が誤りという話ではありません。ただ、相談のタイミング相談する前に整理しておくべき論点を誤ると、価格・条件・交渉力・時間・心理的負担が大きく変わります。私が見てきた多くの案件でも、結果の差は「買い手の良し悪し」より、むしろ売り手側の準備と意思決定プロセスで生まれていました。

 本稿では、M&A仲介に相談する前段階としての「売却可能性診断」を、売り手開拓のための“営業トーク”ではなく、経営者の判断材料を整える実務として解説します。記事を読み終えた時点で、次の3点が明確になる構成にしました。

  • なぜ売却未定の段階で「診断」が必要なのか
  • 診断は何を出力し、何に使えるのか
  • 高値売却と失敗回避のために、売り手が先にやるべきことは何か

1. 売却未定の経営者が直面している「3つの不確実性」

 M&Aの意思決定が難しいのは、単に情報が少ないからではありません。多くの場合、経営者は次の3つの不確実性を同時に抱えています。

不確実性①:そもそも「売れる」のか(売却可能性)

 業績が良くても売れない会社もありますし、業績が平凡でも買い手がつく会社もあります。
ここで重要なのは、「黒字かどうか」だけではなく、買い手がリスクを取れる構造かです。

例:買い手が嫌う典型リスク

  • 特定顧客への依存が極端に高い(売上の大半が1社)
  • 代表者に業務が過度に依存している(属人性が高い)
  • 契約書・労務・知財など、見えにくい法務リスクが潜む
  • 実態収益と会計上の利益が乖離している(調整が必要)

不確実性②:「いくらで」売れるのか(価格レンジ)

 M&Aの価格は、上場株式のように市場で自動的に決まるものではありません。
同じ会社でも、プロセスの作り方によって価格レンジが大きく動きます。

価格を決める基本構造は大きく2つです。

  • 将来の利益・キャッシュフローに対する評価(DCFなど)
    • DCF(Discounted Cash Flow):将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて価値を算出する方法
  • 類似会社・取引事例に基づく倍率評価(マルチプル)
    • マルチプル:EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)などに倍率を掛けて概算価値を出す手法

 実務では、買い手はこの2つを参照しつつ、リスク調整(ディスカウント)を入れて最終価格を組み立てます。売り手側がこの構造を理解していないと、提示された価格が「妥当」なのか「安すぎる」なのかの判断ができません。

不確実性③:売るべきタイミングなのか(戦略整合)

 売却は“出口”ではありますが、同時に“戦略”です。
たとえば、次のような事情で売却意思が揺れやすい。

  • 後継者がいない(事業承継の必要性)
  • 事業は回るが、成長投資の負担が重い
  • 資金繰りは問題ないが、将来の競争が不安
  • 代表者が疲弊している、または健康不安がある

 ここで重要なのは、売却が「正しいかどうか」は人によって異なる点です。
したがって、売却可能性診断は「売るべき」と結論づけるためのものではなく、売る/売らないを判断するための材料を整えるものです。

2. なぜM&A仲介に相談する前に「売却可能性診断」が必要なのか

 結論を先に言うと、理由は一つです。

仲介に相談する段階では、すでに“プロセス”が走り始めるため、判断材料が不十分なまま意思決定を前倒しさせられやすいからです。

 ここで誤解がないように補足します。仲介会社は社会的にも必要な存在です。買い手探索、マッチング、実務調整など重要な役割があります。問題は「仲介が悪い」ではなく、仲介モデルが持つ構造です。

仲介モデルの構造:成約インセンティブが中心に置かれる

 仲介会社の報酬は、多くの場合「成約(クロージング)」で発生します。
この仕組み自体は合理的ですが、売り手の視点では次の現象が起きやすい。

  • 成約を急ぐ圧力が働きやすい(案件が長期化するとコスト増)
  • 価格交渉より、早期合意が優先されやすい
  • 売却未定の経営者にとっては、検討初期の論点整理が置き去りになる

 重要なのは、ここが誰かの悪意によって起きるのではなく、ビジネスモデル上、自然に起きる点です。

相談前の診断が果たす役割:交渉の“地盤”を作る

 売却可能性診断は、仲介会社に依頼する前に、次の「地盤」を固めます。

  • 自社が買い手から見てどこで評価され、どこで減点されるか
  • 価格が上がる施策と、逆に触れてはいけない地雷は何か
  • 望ましいプロセス(入札、相対、優先順位)はどれか
  • LOI(意向表明書)で何が争点になりうるか

 この地盤があるだけで、同じ仲介会社に依頼しても結果が変わります。つまり、診断は仲介の代替ではなく、仲介を使う前の「意思決定品質の底上げ」です。

3. 売却可能性診断のアウトプットは何か(具体)

 ここからが実務で最も重要です。「診断」と言っても、単なるチェックリストでは意味がありません。経営者にとって価値があるのは、次のような意思決定に直結する出力です。

出力①:売却可能性スコア(定量評価)

  • 100点満点などで「売却成立の見込み」を可視化
  • ただし点数そのものより、点数を構成する要因が重要

例:スコアの軸

  • 財務(利益率、キャッシュ創出力、再現性)
  • 事業性(成長、競争優位、顧客分散、継続性)
  • 組織性(属人性、権限移譲、管理体制)
  • リスク(法務・労務・契約・税務の地雷)

出力②:価格レンジ(概算)とその理由

 経営者が知りたいのは、単なる金額ではなく「なぜそのレンジなのか」です。

  • EBITDA倍率(マルチプル)による概算
  • DCF的に見た時の上限・下限
  • 値上げ要因(プレミアム要因)と値下げ要因(ディスカウント要因)

 「価格レンジ」を出す際は断定を避け、幅を持たせるのが実務的に健全です。
M&A価格は交渉と条件で動くため、断定は不誠実にもなり得ます。

出力③:値上げレバー(高値売却のための優先順位)

 高値売却は、運ではありません。実務的には「評価が上がる構造」を作れるかどうかです。

例:値上げレバー

  • 顧客集中を緩和し、売上の再現性を高める
  • 粗利構造の改善(価格改定、原価管理、商品構成)
  • 代表依存の低減(権限移譲、業務標準化)
  • KPI(重要指標)を明確にし、成長の説明可能性を上げる
  • 契約・許認可・知財など“買い手が怖がるポイント”の事前整備

出力④:売却プロセスの推奨(相対交渉か、入札か)

 売却価格が上がる最大の要因は、「競争環境」を作れるかです。

  • 入札(競争):買い手候補を複数並べて比較し、条件を引き上げる
  • 相対(1社交渉):スピード重視だが価格は伸びにくい

 診断では、会社の状況に応じて「どちらが適するか」を整理します。
ここを誤ると、価格だけでなく条件(雇用維持、経営関与、表明保証など)も不利になります。

出力⑤:LOI(意向表明書)で揉める論点の予告

 LOIは買い手の“意向”を示す書面ですが、実務ではここに重要な条件が紛れます。

チェックすべき代表論点

  • 価格の算定方法(ネットデット調整、運転資本調整)
  • クロージング条件(許認可、主要契約の承継、金融機関同意)
  • 排他条項(独占交渉期間)
  • 表明保証・補償(違反時の責任範囲)
  • 役員退職金・顧問契約などの取り扱い

 診断の段階で、これらがどう問題化しうるかを“予告”できると、後半の交渉が安定します。

4. 売却できる確率を上げるには何が必要か(現場で効く順)

 売却可能性は「良い会社かどうか」より、買い手が安心して引き継げるかで決まります。私の経験上、確率を上げる施策は次の順で効きます。

① リスクの可視化と先回り(法務・労務・契約)

「後から出てくるリスク」は、価格を下げるだけでなく破談要因になります。
ここは専門家の支援を得て、事前に棚卸しするのが最短です。

(法務の補足)

  • 労働条件の不整合、未払い残業、名義貸し、契約書未整備などは買い手が嫌う典型です。
  • 許認可業は、承継可否がクロージング条件になります。

② 代表依存の低減(属人性の削減)

 買い手が最も恐れるのは、「社長が抜けた瞬間に崩れる」ことです。
売上・採用・重要顧客が社長依存なら、ディスカウントされます。

③ 数字の説明可能性(会計の“見える化”)

 会計上の利益だけでなく、実態利益(調整後利益)を説明できるかが重要です。

(会計の補足)

  • M&Aでは「正常収益力」を見るため、役員報酬、不要資産、臨時損益を調整することがあります。
  • これを売り手側が整理できていると、買い手の不安が減ります。

④ 競争環境の構築(複数買い手)

 価格は、構造的に「競争」で上がります。
競争を作るには、事業ストーリー、資料、タイミングが必要です。

5. 高値で売るために、売り手が“最初にやるべきこと”

 ここは誤解されやすいのですが、高値売却の第一歩は「買い手探し」ではありません。
第一歩は、売り手側の意思決定と資料の整備です。

(1)「売却の目的」を言語化する

  • 引退したいのか
  • 成長投資のための資本が欲しいのか
  • 後継者不在を解消したいのか
  • 従業員の雇用を守りたいのか

目的が曖昧だと、買い手からの提案を評価できず、交渉もぶれます。

(2)譲れない条件を3つに絞る

 条件を増やしすぎると破談が増えます。
逆に、ゼロにすると後悔します。
「譲れない条件」を3つに絞るのが実務的に最も強いです。

例:

  • 雇用維持
  • 役員の退任時期
  • ブランドや事業の継続性

(3)価格の“地雷”を潰す(事前リスク対応)

  • 契約書・許認可・労務の棚卸し
  • 税務リスクの整理

(税務の補足)

  • 株式譲渡か事業譲渡かで税務が変わります。
  • 役員退職金や配当、組織再編が絡む場合は、事前の設計が重要です。

6. 売却可能性診断を「商品化」する意味

 ここまでを踏まえると、診断は単なる集客ツールではなく、経営者にとっての価値が明確です。         商品化の意義は次の3点に集約されます。

意義①:売却未定層(市場の大半)に適合する

 実務感として、売却を決め切っている経営者は少数派です。
むしろ多くは「価格次第」「条件次第」「まだ迷っている」。
診断はこの層に“最初の行動”を提供します。

意義②:判断材料を定量化し、誤判断を減らす

 M&Aの最大の失敗は、「安く売った」よりも、誤った意思決定です。
売るべきでないタイミングで売り、逆に売るべきタイミングを逃す。
診断はその確率を下げます。

意義③:仲介・FA・専門家の使い方が上手くなる

 診断を通じて論点が整理されると、仲介会社に依頼する場合でも、

  • 依頼先の選び方
  • 依頼範囲
  • 期待する成果
    が明確になり、プロセスが安定します。

7. まとめ:M&Aの成否は「最初の設計」で決まる

 M&Aは、仲介会社に相談してから始まるものではありません。
相談する前に、売り手が判断材料を持っているかどうかで、結果が大きく変わります。

売却可能性診断は、売却を勧めるためのものではなく、

  • 売れるか
  • いくらか
  • どこで減点されるか
  • 何を整備すべきか
    を可視化し、経営者の意思決定の質を上げるためのものです。

高値売却とは、派手な交渉術ではありません。
「買い手が安心して引き継げる構造」を作り、「競争環境」を設計し、「リスク」を先回りして潰すことです。
その第一歩として、売却可能性診断は非常に合理的な入口になります。

【実務版】M&A売却可能性セルフチェック20項目

※各項目「はい(3点)」「どちらとも言えない(1点)」「いいえ(0点)」で集計

1. 収益性・財務(数値の説明可能性)

  1. 直近3期、営業黒字を維持している。
  2. 役員報酬や私的経費を除いた「実態の利益(正常収益力)」を把握している。
  3. 月次決算が概ね20日以内に確定しており、試算表をすぐに出せる。
  4. 借入金が過大ではなく、現預金で数ヶ月分の運転資金が確保されている。
  5. 過去に粉飾や悪質な所得隠し、過度な節税対策(否認リスクが高いもの)を行っていない。

2. 事業性・市場(競争優位性)

  1. 特定の顧客1社への売上依存度が30%以下である。
  2. 自社にしかない技術、ノウハウ、許認可、立地などの「参入障壁」がある。
  3. 主要な仕入先や外注先との関係が安定しており、契約書が交わされている。
  4. 業界全体が成長している、または安定した需要が見込める市場にいる。
  5. 自社の強みを「買い手(他社)」が取り込むことで、シナジー(相乗効果)がイメージできる。

3. 組織・属人性(承継の容易さ)

  1. 社長が現場を離れても、1ヶ月以上現場の業務が滞りなく回る。
  2. 営業活動において、社長個人の人脈やカリスマ性だけに頼っていない。
  3. 30代〜40代の中核となる幹部社員、または右腕となる人材がいる。
  4. 過去3年以内に、主要な社員の大量離職が発生していない。
  5. 業務マニュアルやITツールによる業務の標準化が進んでいる。

4. リスク・法務(マイナス査定の回避)

  1. 未払い残業代や名義貸し、不適切な雇用契約などの労務リスクがない。
  2. 賃貸借契約や取引先との契約に、経営権が変わると契約解除になる条項(COC条項)がない、または事前に対策を講じている。
  3. 本業に関係のない不要資産(遊休地、ゴルフ会員権、社長の趣味の車両等)が整理されている。
  4. 訴訟リスクや知的財産権の侵害、環境汚染などの潜在的な地雷がない。
  5. 親族間や株主間で、経営権や株式の集約に関して紛争がない。

【診断結果の目安】

  • 50点以上:売却可能性「高」 すぐにでも仲介会社やFAに相談し、有利な条件での売却交渉が期待できる状態です。
  • 30〜49点:売却可能性「中」 売却は可能ですが、特定の項目(属人性や財務など)でディスカウント(減額)される可能性があります。
  • 29点以下:売却可能性「低」 今のままでは買い手が見つかりにくい、あるいは破格の安値になる恐れがあります。まずは半年〜1年かけて「磨き上げ」が必要です。

売却可能性診断サービスのご案内

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
M&Aは「売る・売らない」を含む意思決定であり、最初に必要なのは仲介の比較ではなく、自社の現在地(売却可能性・価格レンジ・論点)を把握することです。

当社では、売却未定の段階からご利用いただける 「売却可能性診断」 を提供しています。
入力は選択式で、診断結果はメールでお送りします(秘密厳守)。

▶ 売却可能性診断
  https://www.primary.co.jp/contact/

※診断は意思決定のための参考情報です。個別の事情により結果は変動します。

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲
M&A仲介・M&A売却・事業承継に特化した専門アドバイザリー

中小企業オーナー様を対象に、M&A売却・会社売却・事業承継に関する企業価値算定(株価算定)・売却判断の是非・取引条件の妥当性検証を行う独立系M&Aアドバイザリーです。

M&A仲介を前提とせず、「今、本当に売るべきか」「提示価格・条件は適正か」という
経営者にとって最も重要な判断に特化したコンサルティングを提供しています。

▼経歴と専門性
 前職では、東証プライム上場グループ会社の代表取締役社長として、DX・Webマーケティング支援事業を経営。経営実務におけるファイナンス、企業価値評価、投資判断を自ら担ってきました。

 その実務経験を背景に、「M&A仲介ありきでは意思決定を誤るケースが多い」という問題意識から中立・第三者の立場で判断を支援するM&Aアドバイザリー事業を創業しました。

現在は自己勘定投資会社も並行して経営しており、
「プロ経営者」の実務視点と
「プロ投資家」の資本・リスク評価視点の双方から、
M&A売却における事業価値の最大化と意思決定リスクの最小化を支援しています。

▼公的資格・所属
 ・経済産業省 中小企業庁
 ・M&A支援機関登録制度 登録
 ・保有資格:M&Aシニアエキスパート
 ・所属学会:日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)
 ・所属団体:東京商工会議所

▼M&Aセカンドオピニオンサービス
(M&A売却・事業承継の第三者レビュー)

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