M&A仲介、アドバイザリーの選定基準:アドバイザー担当の質で成否が決定

経 営者であるあなたの元には、毎日のようにM&A仲介会社からDMが届き、電話が鳴り響いていることでしょう。「御社に関心を持っている買い手候補がいます」「今こそが売却の好機です」。その言葉は決して嘘ではありません。

 現在、日本国内におけるM&A市場は、圧倒的な「売り手市場」です。私の肌感覚でも、買い手需要「20」に対して、優良な売り手案件は「1」程度しかありません。営業利益や純資産がプラスの会社であれば、引く手あまたであることは事実です。

 しかし、ここで立ち止まって考えていただきたいのです。「熱心に電話をかけてくる営業マン」が、必ずしも「あなたの会社を最高値かつ最良の条件で導くアドバイザー」であるとは限らないという現実を。

 本章では、経営者が選ぶべき「真のアドバイザー」の条件について、専門的かつ実務的な視点で詳述します。

目次

1. M&A業界の「不都合な真実」と構造的問題

「地上げ」に近い営業構造

 誤解を恐れずに言えば、現在のM&A仲介業界の営業スタイルは、かつての不動産業界における「地上げ」に極めて近い構造を持っています。多くのアドバイザリー会社において、評価されるのは「M&Aの知識や交渉能力」よりも、「売り案件を発掘(受任)してくる能力」です。どれだけ財務や法務に疎くても、社長のアポイントを取り、専任媒介契約(一社だけに依頼する契約)を結んでくる人間が「優秀」と定義される傾向があります。

 これは、M&Aアドバイザーが「専門職」ではなく「ブローカー(仲介人)」として機能してしまっている弊害です。彼らの目的は、あなたの会社を深く理解することよりも、在庫(売り案件)を確保することに偏重しがちです。

業界の成熟と淘汰の始まり

 M&A仲介業界も上場企業が複数社存在し、成熟期を迎えつつあります。単にマッチングさせるだけのモデルは限界を迎えており、実際に上場している中堅以下のM&A仲介会社の中には、赤字決算に転落するなど淘汰されて苦境に立たされている企業も出てきました。

今後は、以下の二極化が進むと考えられます。

  1. 高度専門特化型: 特定の業界や複雑なスキームに精通したプロフェッショナル集団
  2. テック活用型: AIやDXを駆使し、徹底的なコスト競争力を持つモデル

 この過渡期において、経営者は「古いタイプの営業会社」に依頼するリスクを回避し、自社の課題解決に資するパートナーを見極める眼力が必要不可欠です。

2. アドバイザー選定の核心:「仲介」か「FA」か

 アドバイザーを選ぶ前に、法的な立ち位置の違いを理解することは、自社の利益を守るための第一歩です。

双方代理の「仲介方式」

 日本の中小企業M&Aで最も一般的なのが「仲介方式」です。これは、アドバイザーが売り手と買い手の双方と契約し、間を取り持つスタイルです。

  • メリット: 両者の妥協点を探るため、成約までのスピードが速い傾向があります。
  • デメリット: 「利益相反(りえきそうはん)」の問題が常に付きまといます。アドバイザーは買い手からも手数料をもらうため、売り手の利益(売却価格の最大化など)を徹底的に追求することが構造上難しくなります。

【用語解説】利益相反(りえきそうはん)

一方の利益になると同時に、他方への不利益になる行為や状況のこと。M&A仲介において、売り手が「高く売りたい」、買い手が「安く買いたい」と願う中で、仲介者が双方の代理人となると、どちらかの利益を犠牲にする可能性が生じること。

片側代理の「FA(ファイナンシャル・アドバイザー)方式」

一方、売り手(または買い手)のどちらか一方のみと契約するのがFA方式です。

  • メリット: 依頼主の利益最大化にコミットします。売り手側のFAであれば、徹底的に高値売却や好条件を追求する交渉を行います。
  • デメリット: 交渉が対立構造になりやすく、仲介に比べて時間がかかる場合や、高度な専門知識が求められるため手数料が高額になる傾向があります。

 中小企業のM&Aでは仲介方式が主流ですが、売却規模に応じて選択すべきだと考えています。20億円未満であれば、M&A仲介、それ以上の規模になる場合はFA方式を採用するケースが多いです。

3. 実務家が教える「優秀なアドバイザー」を見抜く5つの基準

 「御社の業界に詳しいです」という言葉を鵜呑みにしてはいけません。以下の5つの質問や視点を投げかけることで、そのアドバイザーの真価が分かります。

① スキーム(手法)の引き出しは豊富か

 単に「株式譲渡」しか提案できないアドバイザーは二流です。会社の状況によっては、会社分割や事業譲渡、あるいは株式交換を用いた方が、税務メリットやリスク遮断の観点で有利な場合があります。

  • 質問例: 「株式譲渡以外のスキームで、当社の税務メリットが出る可能性はありますか?」
    • この質問に対し、即座に組織再編税制や法務リスクについて論理的な回答ができるかを確認してください。

② デューデリジェンス(DD)への理解度

 M&Aの破談の多くは、基本合意後のデューデリジェンス(買収監査)で発生します。優秀なアドバイザーは、最初の段階で売り手の「弱点(簿外債務や未払い残業代、契約書の不備など)」を予見し、DDで指摘される前に是正策を講じます。

【用語解説】デューデリジェンス(DD)

買い手が、売り手企業の財務内容、法務リスク、ビジネスモデルなどを詳細に調査すること。買収監査とも呼ばれる。

③ 「断る勇気」を持っているか

 ここが最も重要です。あなたの会社が売却を急ぐあまり、不利な条件を飲みそうになった時、「社長、その条件なら売らない方がいいです」とブレーキを踏めるアドバイザーかどうか。営業ノルマに追われているアドバイザーは、どんな悪条件でも成約(=自身の売上)を優先させようとします。経営者の人生の後半戦を左右する決断において、Noと言える品格があるかが問われます。

④ 業界特化の解像度

 「医療業界に強い」「建設業界に強い」と謳う会社は多いですが、その中身を見てください。

 例えば建設業であれば、「経審(経営事項審査)の評点アップの仕組み」や「完成工事未収入金の回収リスク」まで理解しているか。IT企業であれば、「開発言語のトレンド」や「SaaSモデルのKPI(重要業績評価指標)」を語れるか。表面的な業界用語だけでなく、そのビジネスの「勘所(どこで儲かり、どこにリスクがあるか)」を理解しているかを確認してください。

⑤ レスポンスと「言葉の品格」

 M&Aは極めて機密性の高いプロジェクトです。情報の取り扱いはもちろん、買い手候補とのやり取りにおいて、アドバイザーの「品格」がそのまま売り手企業の「ブランド」として伝わります。

 言葉遣いが粗雑、レスポンスが遅い、専門用語を羅列してマウントを取るような担当者であれば、どれだけ大手企業のアドバイザーであっても避けるべきです。それは、買い手に対してあなたの会社を安っぽく見せる要因になります。

4. アドバイザリー費用(手数料)の真実と適正感

 M&Aには多額の手数料がかかります。契約前に必ず確認すべき項目を整理します。

一般的な報酬体系(レーマン方式)

 多くの会社が採用しているのが「レーマン方式」と呼ばれる成功報酬体系です。取引金額(移動総資産ベースか株式譲渡対価ベースかで大きく異なります)に応じて料率が変わります。

取引金額一般的な料率(参考)
5億円以下の部分5%
5億円超〜10億円以下の部分4%
10億円超〜50億円以下の部分3%
50億円超〜100億円以下の部分2%
100億円超の部分1%

注意すべき「最低報酬(ミニマムフィー)」

 中小規模のM&Aで最も注意すべきは「最低報酬」の設定です。

多くの大手仲介会社は、成約時の手数料下限を「2,000万円」等に設定しています。例えば、譲渡価格が1億円の場合、レーマン方式(5%)なら500万円のはずが、最低報酬規定により2,000万円(譲渡価格の20%!)が請求されることになります。小規模案件(スモールM&A)や、将来的な成長性を加味した赤字企業の売却においては、この最低報酬が足枷となり、手残り金額が激減することがあります。近年では、最低報酬を低く設定したり、完全成功報酬(着手金・中間金なし)を採用したりするブティック型(専門特化型)のアドバイザーも増えています。

コスト対効果の考え方

 手数料は安ければ良いというものではありません。

 例えば、手数料が1,000万円高くても、交渉によって売却価格を5,000万円引き上げてくれる、あるいは将来の訴訟リスクを完全に排除する契約書を作成してくれるアドバイザーであれば、そのコストは十分にペイします。

 逆に、単にマッチングサイトで相手を見つけてきただけで高額な手数料を請求するアドバイザーには注意が必要です。

5. M&Aアドバイザリーの未来と、経営者が選ぶべき道

 最後に、今後の展望について触れます。冒頭で述べた通り、仲介業界は淘汰の時代に入りました。これからの時代、価値を発揮するのは以下の2種類のアドバイザーに限られます。

① AI・テクノロジー活用型(効率化・低コスト化)

 企業評価(バリュエーション)や契約書のドラフト作成、初期的なマッチングにAIを活用し、圧倒的な低コストとスピードを提供するサービスです。

 小規模な事業譲渡や、標準的なスキームで完結する案件であれば、こうしたテック主導のプラットフォームを活用するのも賢い選択です。人件費がかからない分、手数料は劇的に安くなります。

② 高度専門特化型(ハイタッチ・高付加価値)

 一方で、オーナー社長の想いや、複雑な親族関係の調整、法務・税務が複雑に絡み合う事業承継M&Aは、AIには代替できません。

 ここでは、単なるマッチング屋ではなく、「経営参謀」としてのコンサルティング能力を持つアドバイザーが求められます。業界の商習慣を熟知し、PMI(買収後の統合プロセス)まで見据えた提案ができる専門家です。

【用語解説】PMI(Post Merger Integration)

M&A成立後の統合プロセスのこと。経営体制、業務フロー、企業文化、ITシステムなどを統合し、M&Aのシナジー効果を最大化するための活動。

結び:契約書にハンコを押す前に

 M&Aアドバイザーとの契約(アドバイザリー契約)は、結婚相談所への入会とはわけが違います。一度専任契約を結ぶと、通常半年から1年は他のアドバイザーに依頼することができません(テール条項などが絡む場合もあります)。

 もし、今あなたの目の前に、「すぐに売れますよ」「買い手が待っていますよ」と甘い言葉だけを並べる営業マンがいるのなら、一度冷静になってください。

  • その人は、あなたの会社の「強み」だけでなく「リスク」を指摘してくれましたか?
  • その人は、契約書の一言一句に魂を込める緻密さを持っていますか?
  • その人は、M&Aが終わった後のあなたの人生や、従業員の未来について語り合えましたか?

 M&Aは、企業の歴史における最大のイベントです。だからこそ、パートナー選びには、経営におけるどの決断よりも慎重さと、直感を信じる知性が求められます。強引な営業力ではなく、深い知見と人間としての信頼関係で結ばれたアドバイザーと共に、あなたの会社の「次なる章」が素晴らしいものになることを心より願っています。

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲

M&A仲介業、M&Aアドバイザリー。前職は東証プライム上場グループ会社の代表取締役社長として、DX・Webマーケティング支援事業を経営、経営実務としてのファイナンス経験を活かしてM&Aアドバイザリー事業を創業。並行して自己勘定投資会社も経営し、プロ経営者・プロ投資家の双方の視点で顧客の事業価値最大化を支援しています。

経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度、日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)在籍、東京商工会議所登録。M&Aシニアエキスパート資格保有。

買収・売却相談、協業に関するご相談もお気軽にご連絡ください。代表者が責任をもち、速やかにメールにて返信させていただきます。

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