M&Aアドバイザー、仲介業界の未来:インハウス化、生成AI到来によりどう変化するか。

 M&Aは、かつては「身売り」「ハゲタカ」というネガティブな言葉で語られることの多かったこの業界も今では「事業承継」や「成長戦略」というポジティブな文脈で語られることが一般的になりました。

 多くの業界関係者や経営者が「M&A業界はこれからも右肩上がりで、同じビジネスモデルが続く」と考えているかもしれません。しかし、私は断言します。これからの10年で、業界の景色は一変します。

 その未来を予測する上で、最も参考になる「先行事例」があります。それは「広告業界*です。 本章では、広告業界が辿った歴史的変遷を補助線としながら、M&A業界に訪れる未来シナリオを、実務的かつ論理的に紐解いていきます。私自身が広告業界に身を置いてきたことで、類似性は多数あると考えています。


目次

1. 大手仲介会社の寡占化:電博モデルへの収斂

 広告業界において、長きにわたり圧倒的な地位を築いてきたのが「電通」と「博報堂」という二大巨頭です。彼らはテレビ、新聞、雑誌といった主要メディアの枠を強固なネットワークで押さえ、ナショナルクライアント(大手企業)の案件を一手に引き受けてきました。M&A業界の未来も、この「二極化・寡占化」へと向かいます。

「紹介ルート」の集約とコンプライアンスの壁

 現在、M&A仲介業界には上場企業を含め、数多くのプレーヤーが存在しています。しかし、今後は紹介ルート(案件の流入経路)を持つ銀行、証券会社、大手会計事務所が、提携先を極端に絞り込む動きが加速します。

理 由は「コンプライアンス(法令遵守)」と「ブランドリスク」です。 金融機関にとって、紹介したM&A仲介会社が不適切なアドバイスや強引な営業を行うことは、自社の信用失墜に直結します。結果として、圧倒的な実績、厳格な管理体制、そして豊富な資金力を持つトップティア(業界上位)の1社ないし2社に案件が集約されていくのです。

 まさに、広告業界における電通・博報堂のように、「とりあえず大手に頼めば安心」というブランドを確立したごく一部の企業だけが、巨大なプラットフォーマーとして君臨する時代が到来します。

【専門用語解説:紹介ルート(Referral Route)】 M&A仲介会社が、自社で直接営業を行うのではなく、銀行や税理士、証券会社などから「会社を売りたい・買いたい」という顧客を紹介してもらう経路のこと。業界構造上、このルートをいかに太く持てるかが勝負の分かれ目となる。

2. インハウス化の進展:アドバイザー不要の「直接交渉」時代

 広告業界では近年、企業が広告代理店を通さずに、自社内でマーケティングやクリエイティブ制作を行う「インハウス化」が進んでいます。これと同様の現象が、M&A業界でも起こり始めています。

「情報の非対称性」の解消

 かつてM&Aアドバイザーが必要とされた最大の理由は、「情報の非対称性」にありました。「どこに買い手がいるかわからない」「相場がわからない」「手続きがわからない」。このブラックボックスを埋める対価として、我々は高額な手数料(レーマン方式などに基づく報酬)を頂いてきました。しかし、インターネットと情報の流通により、買い手企業(特に上場企業や大手ファンド)は、自社内に専門部隊(経営企画室やM&A担当)を持ち始めています。彼らはアドバイザー顔負けの知識と交渉力を持ち、売り手企業に対して直接アプローチをかけるようになります。

中抜きによるコスト削減とスピードアップ

 仲介会社を挟むことで発生する数千万円〜数億円の手数料は、M&AのROI(投資対効果)を圧迫します。ノウハウを蓄積した買い手企業(事業会社やPEファンド)は、仲介会社を「中抜き」し、直接交渉することで、その手数料分を買収価格に上乗せしたり、PMI(買収後の統合プロセス)の費用に回したりする合理的判断を下すようになります。

 これからのプロM&Aアドバイザーは、「マッチング」だけで稼ぐことはできません。「インハウス担当者では解決できない高度な交渉やスキーム構築」を提供できない限り、その存在意義は失われていくでしょう。

【専門用語解説:インハウス化(In-house)】 外部の専門家に委託していた業務を、自社の社員や組織内で行うようにすること。M&Aにおいては、外部アドバイザーを使わず、自社社員だけでソーシング(相手探し)からクロージング(契約完了)までを行うことを指す。

3. マッチングサイトによる自動化:小規模案件の「プログラマティック化」

 広告の世界で革命を起こしたのはGoogleやFacebook(Meta)の「運用型広告」でした。それまで広告代理店が相手にしなかった小規模な予算でも、自動化されたプラットフォームを使えば誰でも広告が出せるようになりました。

 M&A業界におけるこの革命の担い手が「M&Aマッチングプラットフォーム」**です。

「年商1億円未満」の市場構造変化

 年商1億円未満、あるいは譲渡価格が数千万円規模の「スモールM&A」は、人件費のかかるプロのアドバイザーが手厚くサポートするには採算が合わない領域でした。 しかし、AIによる企業価値算定の自動化、契約書雛形の標準化、オンラインでのデューデリジェンス(買収監査)環境の整備により、この領域は「人手を介さない取引」へとシフトします。売り手と買い手がサイト上で直接チャットをし、AIがリスクを判定し、電子契約で締結する。あたかもECサイトで商品を売買するかのような手軽さで事業承継が行われる未来は、もうすぐそこまで来ています。これはアドバイザーにとって脅威ではなく、「棲み分け」の明確化を意味します。

【専門用語解説:デューデリジェンス(Due Diligence / DD)】 買収監査のこと。買い手が売り手企業の財務、法務、ビジネス、人事などの実態を調査し、リスクや正確な価値を把握するプロセスのこと。通常は会計士や弁護士が行うが、小規模案件では簡易的なチェックリスト等で代替される傾向にある。


4. 特化型ブティックへの移行

 広告業界において、総合代理店とは別に「ネット広告専業」「PR専業」「イベント専業」といった特化型エージェンシーが強みを発揮しているように、M&A仲介業もまた「業種特化・スキーム特化*へと細分化されていきます。総合型のM&A仲介会社では対応しきれない、深い業界知識や特殊な法規制への対応が求められるからです。

専門性こそが最大の付加価値

 例えば、「不動産M&A」という領域があります。 通常、不動産の売買には「宅地建物取引業法(宅建業法)」が適用され、宅建業者が仲介を行いますが、会社ごと不動産を売買する「M&A(株式譲渡)」には宅建業の免許は必須ではありません。 しかし、不動産の価値が企業価値の太宗を占める場合、宅建業の深い知識(建築基準法、都市計画法、市場相場など)を持った上で、M&Aのスキーム(税務メリットの享受など)を提案できるアドバイザーは最強です。

 今後は、「調剤薬局特化」「IT・SaaS特化」「建設業特化」といった業界軸、あるいは「事業再生特化」「TOB(株式公開買付)特化」といったスキーム軸で、「その領域なら誰にも負けない」というブティック型ファームだけが生き残るでしょう。

5. 税理士業務のAIリプレースと「紹介ルート」の変質

 M&A業界において、長らく最強の紹介ルートを持っていたのは「税理士・会計事務所」でした。中小企業の社長が最も心を許し、懐事情を知る存在だからです。 しかし、この前提も生成AIの台頭により崩れ去ろうとしています。

「記帳代行」からの脱却と顧問関係の希薄化

 税理士業務の根幹である「記帳」「申告書作成」は、AIによって劇的に効率化、あるいは完全に自動化されます。これは税理士業界にとっての革命であると同時に、M&A業界にとっては「伝統的な紹介ルートの弱体化」を意味します。

 これまで、定期的な記帳代行業務を通じて維持されていた社長と税理士の「毎月の接点」が減少し、深い人間関係や経営相談を受ける機会が減る可能性があります。 結果として、税理士からのM&A紹介に依存していた仲介会社は苦境に立たされるでしょう。一方で、AIを使いこなし、経営コンサルティングやM&Aアドバイザリーそのものに軸足を移した「次世代型税理士」との新たな提携関係が模索されることになります。

6. 生成AIに奪われない「思考フレーム」:M&Aリテラシーの真価

 ここまで、「自動化」「AI化」「中抜き」といった、アドバイザーにとって厳しい未来予測を述べました。では、人間がM&Aや投資の知識を学ぶことは無意味になるのでしょうか?

 答えは「否」です。むしろ、その重要性はかつてないほど高まります。

「なぜ?」を突き詰める力

 AIは「契約書のドラフト」や「類似会社の株価算定」は瞬時に行えます。しかし、「なぜこの会社を買うのか?」「この買収は自社の10年後のビジョンとどう整合するのか?」という戦略的なストーリーを描くことはできません。

 M&Aやファイナンスの知識を学ぶことは、単なる実務処理能力をつけるためではありません。「投資対効果を冷静に見極める目」「全体最適を考える構造的な思考力」「相手の利害を想像する交渉力」といった、ビジネスパーソンとしてのOS(思考フレーム)を育てるために他なりません。 この「思考の型」を持っている人間は、どの業界に行っても、どのようなAI時代になっても、経営の中枢で重宝されます。これこそが、生成AIには決して塗り替えられない聖域です。


7. 次世代のアドバイザーへ:「腹落ち」なき者に信用なし

「あなたはなぜ、M&Aの仕事をしたいのですか?」

 この問いに対し、表面的な「稼ぎたいから」「市場が伸びているから」という答えしか持っていないのであれば、早晩淘汰されるでしょう。売り手のオーナー経営者は、人生を賭けて育ててきた会社を託す相手を、本能的に見極めます。言葉の端々にある「浅さ」や「自分の利益優先」の姿勢は、必ず見透かされます。

マインドと知識の融合

 「日本の後継者問題を解決し、技術を次世代に残したい」 「成長意欲のある企業同士を結びつけ、新しい価値を社会に生み出したい」どのような動機でも構いません。重要なのは、その動機が自身の知識と経験に裏打ちされ、完全に「腹落ち」していることです。 自分の言葉に魂が宿っているか。M&Aという劇薬を扱う覚悟があるか。 その「人間としての厚み」と、法的・税務的な「専門知識」が融合した時初めて、あなたは顧客から真の信頼を勝ち取る「プロフェッショナル」になれるのです。


プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲

M&A仲介業、M&Aアドバイザリー。前職は東証プライム上場グループ会社の代表取締役社長として、DX・Webマーケティング支援事業を経営、経営実務としてのファイナンス経験を活かしてM&Aアドバイザリー事業を創業。並行して自己勘定投資会社も経営し、プロ経営者・プロ投資家の双方の視点で顧客の事業価値最大化を支援しています。

経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度、日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)在籍、東京商工会議所登録。M&Aシニアエキスパート資格保有。

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