LBOローン完全ガイド:仕組み・実務プロセス・法務会計税務の要点

目次

1. LBO(レバレッジド・バイアウト)の基本

LBOとは、買収資金の大半をデット(借入)で調達し、買収後に対象会社(ターゲット)のキャッシュフローで返済していく手法です。自己資本効率(ROE)を高めやすい一方、過度なレバレッジは債務不履行(デフォルト)リスクを高めます。

  • LBOローン:LBOを前提に銀行等が供与する買収資金融資の総称です。シニアローンが中核で、必要に応じてメザニンユニトランシェを組み合わせます。
  • シニアローン:最優先返済・低コスト。担保や財務制限が厳格です。
  • メザニン:劣後性のある準資本的デット。金利は高めですが、柔軟な設計が可能です。
  • ユニトランシェ:シニアとメザニンを一本化。スピード重視の案件で有効です。

2. なぜLBOが機能するのか(価値創造の3ドライバー)

  1. レバレッジ効果:負債活用により自己資本リターンを押し上げます。
  2. マルチプル・アービトラージ:買収時より高い倍率(EBITDA倍率等)でのエグジットにより評価差益を狙います。
  3. キャッシュ創出:オペレーション改善、非中核資産売却、運転資本最適化によりフリーキャッシュフロー(FCF)を増やします。

用語:EBITDA=税引前当期利益に支払利息、税金、減価償却費を加えた利益。返済余力の代表指標です。

3. LBOローンの代表的ストラクチャー

  • 株式取得SPC(新設会社)を設け、SPCがローンと自己資本で株式を取得します。
  • 担保パッケージは、①対象会社株式の株式質権、②対象会社の事業資産(動産・売掛債権・知的財産等)、③預金・口座債権譲渡担保、④親会社保証サブオーディネーション(劣後化)等を組み合わせます。
  • 買収後、吸収合併・会社分割・事業譲渡等でデットの“プッシュダウン”を図り、返済原資と担保の整合をとります。

用語:プッシュダウン=買収車両にある債務・のれん等を対象会社側に移し、返済原資(キャッシュ)と債務を同じ法人に集約する設計です。

4. 日本法務の論点(金融支援・分配規制・担保実務)

日本では英国法のような明文の「金融支援禁止(financial assistance)」規制は一般化していませんが、以下の実質的制約に留意します。

  • 違法な利益供与・不公正な取引に該当しないか(会社法・取締役の善管注意義務・忠実義務)。
  • 分配可能額規制に反しないか(債務超過や過大配当とならないか)。
  • 会社財産の私的流用回避:買収資金の直接肩代わりや過大な担保提供は慎重に検討します。

担保設定・対抗要件の典型:

  • 株式質権設定(非上場株は質権設定+株券不発行会社なら譲渡制限・名義書換も要配慮)。
  • 動産・債権譲渡登記による担保の公示。
  • 知財・不動産の設定登記
  • 口座債権の譲渡担保は銀行との合意・債権譲渡禁止特約の確認が必要です。

取締役の責任:買収後の資産売却や配当・貸付等の社外流出は少数株主・債権者保護の観点で争点化しやすく、特別利害関係取引の承認手続や公正価額の説明責任が重要です。

5. 税務・会計の設計

  • プッシュダウン後の税効果:対象会社側でののれん・無形資産の償却可否(法人税法上の取扱い)、金利損金算入の範囲(利子制限ルール)を精査します。
  • グループ通算・連結範囲:通算制度の適用可否、欠損金の引継ぎや制限を事前検討します。
  • 移転価格・寄附金認定:関係者間取引のアームズレングス確保。
  • 会計:取得法に基づくPPA(無形資産識別・のれん認識)IFRS vs JGAAPの方針整合、共変動金利のヘッジ会計の適用要否。

用語:利子制限ルール=過大な支払利息を損金算入できない制度。関連者間・外形基準等を含め総合判定します。

6. LBO融資審査の中核指標

  • レバレッジ倍率:総有利子負債 / EBITDA(例:4.0–6.0x)。
  • 金利負担能力ICR(EBIT/利息)、FCCR(FCF/(利息+元本))。
  • DSCR:債務返済余裕度。1.2–1.5倍程度を下限目安とする設計が一般的です。
  • 流動性クッション:最低現預金、RCF(コミット型与信枠)余力。
  • コベナンツ:総レバレッジ、ネットデット/EBITDA、EBITDA/金利、固定費カバレッジ、配当ストッパー等。

用語:RCF=リボルビング・クレジット・ファシリティ。運転資金の弾力的な借入枠です。

7. 料金・金利・ヘッジ

  • プライシング:基準金利(TONA等)+スプレッド。引受・アレンジ・コミットメント・エージェンシー等の各種フィーが付帯します。
  • 金利ヘッジ:固定化のためのスワップキャップ。金利上昇局面ではペイフィックスワップの適用を早期検討します。
  • プリペイメント:任意償還条項、メイクホールソフトコールの有無に注意します。

8. ディール〜融資実行までの標準タイムライン

0週目:投資仮説立案
市場・競争・ユニットエコノミクスを定量化し、事業計画(BP)の中核KPI(売上成長率、EBITDAマージン、設備投資、運転資本回転)を明確化します。

1–3週:ティーザー・Lender Education
匿名ティーザーで金融機関の関心を測り、Term Sheet(タームシート)の初期条件を引き出します。

3–8週:デューデリジェンス(DD)

  • 商流・競争:顧客集中、価格決定力、スイッチングコスト。
  • 財務・会計:ノーマライズEBITDA、季節性、運転資本。
  • 法務:許認可、重要契約、知財、係争。
  • 税務:欠損金、組織再編税制適用、PEリスク。
  • 人事:キーマン条項、ストックオプション。
    中間でLMAベース等のファシリティ契約ドラフトを回し、リスクとコベナンツを擦り合わせます。

8–10週:コミットメント確保

  • Commitment Letterと条件成就条項(CP)を確定。
  • インタークレジット契約でシニア・メザニンの優先順位、担保共有、スタンドスティルを規律します。
  • 金利・手数料・財務制限・リスク対応策(MAC条項、保険)をFIXします。

10–12週:契約締結・クロージング

  • SPA(株式譲渡契約)とファイナンス契約を同時締結。
  • CPの充足(担保設定登記、規制許認可、重要契約のチェンジオブコントロール対応)。
  • 資金フロー表に従いエスクローデット・ブリッジを運用し、資金決済を実行します。

ポストクロージング(〜6か月)

  • プッシュダウン再編、不要資産の売却、100日プランでKPI改善。
  • コベナンツ報告体制(月次/四半期パッケージ)を構築します。

9. ドキュメンテーションの必須条項チェック

  • ファシリティ契約:金利、各種フィー、利用条件、リピートCP、表明保証・誓約、財務制限、違約事由、加速条項。
  • 担保契約:対象資産、対抗要件、クロスコラテラル、担保再評価。
  • インタークレジット:水位(ウォーターフォール)、ペイメントブロック、スタンドスティル。
  • ヘッジ契約:早期解約、クレジットサポート付随条項。
  • SPA:価格調整(ロックボックス or クロージングアカウント)、MAC、追徴・表明保証保険(W&I)有無。
  • 役員保証・ノンリコース:スポンサーおよびSPCのリスク遮断方針を明確化します。

10. モデリング実務(銀行が見るポイント)

  • ベース・ダウンサイド・ストレスの3ケースでFCCR/DSCRの連続充足を確認します。
  • 金利感応度:上振れ100–300bpの耐性。
  • リファイナンス・エグジット:5年目にネットデット/EBITDAが所定水準に低下しているか。
  • 流動性:最低現金+RCF未使用枠の一体管理。
  • コベナンツヘッドルーム:四半期ごとのバッファを数値で提示します。

目安例(案件により変動):初期総レバレッジ 4.5–5.5x、FCCR≧1.2–1.4x、配当はネットデット/EBITDA≦3.5xかつFCCR≧1.5x到達後に解禁等。

11. 典型的な失敗要因と回避策

  • 過度レバレッジ:ダウンサイドでDSCR割れ。→ 初期負債圧縮、アーンアウト併用、メザ比率最適化。
  • プッシュダウン遅延:返済原資と債務の不整合。→ 再編の許認可・税務影響を事前に設計。
  • 契約の抜け漏れ:COC条項、優良サプライ契約の承継失敗。→ 重要契約のアサイン計画をCP化。
  • 金利リスク放置:ヘッジ未実施。→ スワップ/キャップの実効コスト比較とヘッジ会計整備。
  • KPI改善の遅れ:100日プラン不備。→ PMO設置、週次モニタリングと早期是正条項

12. 中小型・事業承継LBOの勘所

  • 財務の可視性が低い場合、アドオン投資よりコア改善を優先します。
  • 個人保証・担保依存の融資文化を回避するため、**企業返済能力(CF)を基軸とした説明資料を整えます。
  • 税務DDで同族間取引・役員貸付・資産区分を正確に棚卸し、のれん償却可否損金性を早期に確定します。

13. 買い手別の融資ストラクチャー差分

  • PEファンド:スピードと確実性重視。ユニトランシェやクラブディールが多く、W&I保険の活用が一般的です。
  • 事業会社(戦略買い)シナジーの裏付けが重視され、連結の信用力でスプレッド優位を得やすい半面、統合失敗リスクの管理が重要です。
  • サーチファンド/個人:自己資本厚みの証明、経営関与計画、人材ロックイン(MI・ESOP)の設計が鍵です。

14. デューデリジェンス・資料パッケージ雛形

  • Lender Presentation:事業全体像、KPI、競争優位、コベナンツ試算、感応度。
  • データルーム:顧客別売上、原価積上げ、在庫エイジング、契約台帳、許認可一覧、係争一覧、税務申告5年分。
  • モデリング添付:三表連動モデル、ブリッジ、コベナンツ早見表、資金繰り表、資金フローのソース&ユース

15. 交渉の要点(スポンサー vs 金融機関)

  • 価値配分:スプレッド・フィー vs レバレッジ水準。アセットカバーを裏付けに攻防になります。
  • マテリアリティ:MAC発動条件、リピートCPの範囲。
  • 情報開示:月次パックの項目固定化、アドホック報告の範囲。
  • 配当解禁条件:レバレッジ閾値とFCCRの二重基準が実務的です。

16. コンプライアンスとリスク管理

  • AML/CFT・制裁対応:売主・サプライヤーの制裁スクリーニング。
  • 情報遮断:インサイダー規制、取引先への周知計画。
  • 個人情報・労務:従業員承継時の同意・就業規則、36協定の引継ぎ。
  • 保険:表明保証保険(W&I)、サイバー、事業中断。保険金の債権譲渡も担保パッケージに組み込みます。

17. すぐ使えるチェックリスト(抜粋)

法務:株式質権設定/対抗要件、COC条項承諾、許認可承継、インタークレジット合意。
会計:PPA方針、IFRS/JGAAP整合、ヘッジ会計適用。
税務:利子制限、通算適用、組織再編税制、移転価格。
資金:金利感応度、RCFバッファ、配当解禁条件。
運営:100日プラン、KPIレビュー、早期警戒トリガー。

18. まとめ

LBOローンは、資本効率の最大化支配権獲得を同時に実現できる有力手段です。一方で、法務・会計・税務・金利の各リスクを前広に定量化し、コベナンツ・担保・再編を一体設計することが成功の条件です。買収前からプッシュダウン後の運営設計100日プランまで一気通貫で準備することで、金融機関の理解とコミットメントを確実に得られます。


付録:用語ミニ解説

  • コベナンツ:借り手に対する財務・行為の制限条項。違反時は加速条項が作動します。
  • インタークレジット契約:複数レンダー間の優先順位や権利義務を定める契約。
  • ロックボックス:特定日以降の価値変動を売買価格に反映しない価格調整方式。
  • MAC条項:重大な悪影響発生時に契約解除等を可能にする条項。
  • アーンアウト:将来業績連動で売買対価を増減させる仕
プライマリーアドバイザリー株式会社
M&A仲介業、M&Aアドバイザー、企業価値評価

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