調剤薬局のM&A事例:ファーマライズHD<2796>による三幸メディカルの買収

 調剤薬局中堅のファーマライズホールディングスが、医薬品卸の三幸メディカルを子会社化した事例です。本件は一見すると「医薬品卸の買収」に見えますが、実態は医薬品卸+調剤薬局2社を内包したグループ買収であり、バリュエーションを読み解くには相応の注意が必要です。

目次

1. 取引概要

  • 買い手:ファーマライズホールディングス
  • 対象会社:三幸メディカル(医薬品卸)
  • 取引形態:発行済株式100%取得(完全子会社化)
  • 取得価額:普通株式 約15.3億円
  • 付随費用(アドバイザリー費用等):約0.7億円
  • 合計支出額:約16億円

 三幸メディカルは、医薬品卸を主業としながら、以下の調剤薬局運営会社2社を子会社として保有しています。

  • 大洋薬品
  • 平成薬品

2. この案件を「卸単体」として見ると必ず誤る

 三幸メディカル(単体)の直近期データは概ね以下の水準です。

  • 売上高:約13.8億円
  • 営業利益:約0.19億円
  • 純資産:約1.64億円

これだけを見ると、

「営業利益2,000万円の会社が16億円で売れた」
という誤解が生じます。

しかしこれは完全なミスリーディングです。

実際には、

  • 親会社(卸)
  • 子会社2社(調剤薬局)

ひとまとまりの事業体として評価する必要があります。

M&Aにおけるバリュエーションは、「法人格」ではなくキャッシュフローを生む事業単位で行われます。


3. バリュエーション① 純資産法

3-1. 純資産法とは

純資産法とは、
資産 − 負債 = 純資産
をベースに株式価値を算定する方法です。

中小企業M&Aにおいては、

  • 事業価値の下限
  • 清算価値の近似

として使われます。

3-2. 本件への当てはめ

三幸メディカル単体の純資産
→ 約1.64億円

取得価額(株式)
→ 約15.3億円

PBR(株価純資産倍率)
= 15.3 ÷ 1.64 ≒ 9.3倍

3-3. 実務的な解釈

一見すると「高い」と感じますが、以下の点が重要です。

  • 親会社の純資産には「子会社株式」が含まれている
  • 子会社の実態価値が簿価に反映されていない可能性が高い

つまり、

単体純資産倍率が高い = 割高

とはまったく言えません

純資産法はあくまで最低ラインの確認に使う手法です。


4. バリュエーション② EV/EBITDA法

4-1. EV/EBITDA法とは

  • EV(Enterprise Value):企業価値
  • EBITDA:営業利益+減価償却費

事業が生み出すキャッシュフロー能力に対して、何倍の価格が付いているかを見る方法です。

上場企業・PEファンド・戦略買い手のいずれも、最重要指標の一つです。


4-2. 単体で計算すると「異常値」になる理由

親会社単体の営業利益
→ 約0.19億円

仮に減価償却費を0.1〜0.3億円と置くと、

EBITDA ≒ 0.3〜0.5億円

EVを15.3億円と仮定すると、

EV/EBITDA ≒ 30〜50倍

これは明らかに非現実的です。

原因は単純で、

事業単位の切り出しが誤っている

からです。


4-3. グループベースで見る

子会社2社の営業利益(概算)

  • 大洋薬品:約0.66億円
  • 平成薬品:約0.16億円

親会社卸:約0.19億円

合計営業利益
→ 約1.01億円

薬局・卸の特性を考慮し、減価償却費を0.2〜0.5億円と仮定すると、

EBITDA ≒ 1.2〜1.5億円

EVを15.3億円とすると、

EV/EBITDA ≒ 10〜13倍

4-4. 実務的評価

  • 調剤薬局を内包する事業ポートフォリオ
  • 関東エリアでの拠点性
  • 卸×薬局の垂直統合シナジー

を考慮すると、十分に説明可能なレンジです。


5. アドバイザリー費用の考え方

本件では約0.7億円のアドバイザリー費用等が発生しています。

株式価額15.3億円に対して、

0.7 ÷ 15.3 ≒ 4.6%

買い手側では、

  • FA報酬
  • 財務DD
  • 税務DD
  • 法務DD
  • バリュエーション算定
  • 契約書作成

が含まれます。

売り手として重要なのは、

自社の手取りと無関係なコストが存在する

という理解です。


6. 価格が「乗る会社」と「削られる会社」の違い

6-1. プレミアムが付く要因

  • 地域での拠点性
  • 安定した人材確保
  • 許認可・コンプラ体制が整備
  • 月次で業績管理されている

6-2. ディスカウントされる要因

  • 在庫の実態が不明
  • 売掛金回収が緩い
  • 役員依存型経営
  • 帳簿と実態が乖離

7. 売り手経営者が学ぶべき本質

  • 価格は「売上」でも「営業利益」でもなく、将来キャッシュフローで決まる
  • 単体決算ではなくグループ・事業単位で見られる
  • バリュエーションは「計算式」より「前提条件」が9割

8. 本件から導かれる価値レンジ(整理)

  • 純資産法:1.6億円(下限)
  • EV/EBITDA法:10〜13倍 × EBITDA 1.2〜1.5億円 → 約12〜20億円
  • 類似比較法:卸+薬局の加重平均レンジ

16億円という取得価額は合理的な範囲


10. まとめ

M&Aにおいて、

「同業はいくらで売れたか」

という問いは重要ですが、表面上の数字だけを見ても意味がありません

重要なのは、

  • どの事業が
  • どれだけのキャッシュフローを生み
  • それがどのくらい安定しているか

です。

この構造を理解している売り手は、
交渉力がまったく違います。

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