目次
0. まず結論(数字だけ先に)
本件の公表情報から確認できる「取得価額」と「対象会社の実績」は次のとおりです。
- 株式取得価額:2,300百万円(23.0億円)
- アドバイザリー費用等:36百万円(0.36億円)
- 対象会社(マジセミ)2024年12月期:売上高391百万円、営業利益120百万円、経常利益121百万円、当期純利益79百万円、純資産226百万円、総資産327百万円
この結果、代表的な倍率は
- P/B(株式価額÷純資産)=約10.2倍(2,300÷226)
- EV/売上高=約5.9倍(2,300÷391)
- EV/営業利益(≒EBITの近似)=約19.2倍(2,300÷120)
- EV/EBITDA(推計)=概ね15~18倍帯(減価償却の仮定レンジで感応度)
「純資産の10倍」は異常値ではなく、会員基盤×継続課金×高利益率のモデルでは、買い手が資産(BS)ではなく将来キャッシュフロー(PL)を買いに行くために起きます。
1. 取引概要(事実関係の整理)
- 取引類型:株式取得(100%)
- 取得価額:株式2,300百万円、アドバイザリー費用等36百万円(概算)
- 日程:取締役会決議・契約締結(2026年1月29日)、株式譲渡実行(予定:2026年4月1日)
- 停止条件:対象会社と、システム運用等を行う会社の吸収合併の効力発生を停止条件とする
- 対象会社の事業像:ウェビナーを介したBtoBマーケ支援、集客~当日運営までワンストップ、サブスク型(Webinar as a Service)
2. 対象会社(マジセミ)の収益力を“数字で”見る
2.1 3期の推移(公表ベース)
- 売上高:2022年12月期238 → 2023年12月期286 → 2024年12月期391(百万円)
- 2年CAGR(2022→2024):約28.2%(機械計算)
- 営業利益:2022年12月期92 → 2023年12月期52 → 2024年12月期120(百万円)
- 2024年12月期 営業利益率:30.7%(120÷391)
- 純資産:2022年12月期105 → 2023年12月期147 → 2024年12月期226(百万円)
2.2 このモデルが「倍率が乗りやすい」構造(因果)
- サブスク型支援=売上の継続性(更新)が設計しやすい
- 会員基盤=将来のリード供給の母集団(ただし“質”が全て)
- 運営ノウハウ=再現性があれば買い手の既存顧客にも横展開でき、シナジーが数字に落ちる
3. バリュエーション①:純資産法(コストアプローチ)
3.1 定義(専門用語の補足)
純資産法は、BSの純資産(資産-負債)を基礎に株式価値を算定する方法です。中小の資産保有会社では有効ですが、データ・ノウハウ・顧客基盤のような無形資産が価値の中心だと、下振れしやすい手法です。
3.2 計算(公表値)
- 純資産(2024年12月期):226百万円
- 株式取得価額:2,300百万円
よって、
- 純資産法ベースの株式価値(単純)=226百万円
- 取得価額との差=約2,074百万円(≒無形資産+のれん相当)
3.3 読み方(売り手が学ぶべき点)
- 「純資産の10倍」は、買い手がBSを買っていないことの証拠です。
- 差額(約20.7億円)は、会員・データ・ブランド・運営力・顧客基盤・将来成長の価値(のれん)として説明されます。
4. バリュエーション②:EV/EBITDA法(インカムアプローチの実務形)
4.1 定義(専門用語の補足)
- EV(Enterprise Value:企業価値):事業そのものの価値。一般に「株式価値+有利子負債-現預金(ネットキャッシュ調整)」で算定します。
- EBITDA:利払い・税・減価償却前利益。設備投資や会計方針の差をならして、事業の稼ぐ力を比較しやすくします。
4.2 本件のEV近似(重要な注意)
負債・現金が未開示のため、EV≒株式取得価額(2,300百万円)で近似します(DD後に修正され得ます)。
5.3 EBITDAの推計レンジ(感応度)
公表されているのは営業利益(EBITに近い)120百万円です。減価償却費が未開示のため、軽資産モデルとして仮に5~30百万円レンジを置くと、
- EBITDA ≒ 120 +(5~30)=125~150百万円
したがって、
- EV/EBITDA ≒ 2,300 ÷(125~150)=約15.3~18.4倍
4.4 何がこの倍率を正当化し得るか(因果を分解)
- 継続課金の再現性(更新率・解約率・アップセル)
- 会員データの実効性(到達率・アクティブ率・属性精度)
- スケール時の限界費用(追加開催・追加配信の粗利構造)
- 法務リスクの小ささ(同意・第三者提供・委託先管理)
売り手側の実務としては、これらを数字で出せると“EBITDAの質”が上がり、同じEBITDAでも倍率が上がります。
5. バリュエーション③:類似比較法(マーケットアプローチ)
5.1 参考レンジ(経験則)と当てはめ
- EV/売上:3~7倍(成長・継続課金・粗利・データ資産で振れる)
- EV/EBITDA:10~20倍(同上)
当てはめ(売上391、EBITDA推計125~150):
- 売上法:391×(3~7)=1,173~2,737百万円
- EBITDA法:(125~150)×(10~20)=1,250~3,000百万円
本件の株式価額2,300百万円は、売上倍率の上限寄り(5.9倍)、EBITDA倍率の中~やや上(15~18倍帯)に位置づけられます。
5 取得価額23億円は「何を買った価格」か(買い手の支払原資の分解)
実務の分解は次の3層です。
- スタンドアローン価値:対象会社単体の将来CF(≒EBITDA)
- シナジー価値:買い手顧客・会員基盤へのクロスセル、データ統合による単価向上・解約低下
- リスク控除:法務(個人情報)、主要顧客集中、運営人材依存、指標の不確実性
売り手が交渉で勝つには、2)を買い手に言わせるのではなく、売り手側からシナジーの数字を提示し、3)をDD前に潰しておくことが最短です。
6. アドバイザリー費用(36百万円)の位置づけ:売り手が必ず見るべき
公表情報ではアドバイザリー費用等が36百万円(概算)とされています。株式価額2,300百万円に対して約1.6%です。
7. 売り手が「同じように高く売る」ためのチェックリスト(実務)
この案件が示すのは、「ウェビナー企業だから高い」ではなく、「高く売れる条件が揃うと、利益倍率で価格が付く」という構造です。
7.1 数字(PL/KPI)
- 継続課金比率(サブスク比率)
- 解約率(ロゴ解約、売上解約)と更新率
- 顧客別売上構成(上位10社依存)
- 粗利率、外注比率、運営の変動費構造
- リードの品質KPI(到達率、商談化率、受注化率)
7.2 法務(データと契約)
- 個人情報の同意設計(第三者提供・共同利用・委託先管理)
- 利用規約とプライバシーポリシーの整合
- 顧客契約の譲渡条項(チェンジオブコントロール条項)
- 主要業務委託先の契約更新・知財帰属
7.3 人材(キー人材依存の見える化)
- 企画・集客・運営の属人性の棚卸し
- マニュアル化、KPI管理、後継体制(「社長がいないと回らない」は最大のディスカウント要因)
8. まとめ:本件を“売り手の武器”に変える見方
- 純資産226百万円に対して取得価額2,300百万円は約10.2倍で、価値の中核が無形資産(データ・会員・運営力)であることを示します。
- EV/EBITDAは、開示不足を補う推計でも概ね15~18倍帯となり、「成長×継続性×データ資産」が説明できる事業であれば射程に入るレンジです。
- 類似比較法のレンジに照らすと、本件価格は上限寄りであり、買い手がシェア拡大・データ統合を支払原資として見込んだ可能性が高い、という読みになります(売り手はシナジーの定量を提示するほど有利です)。



















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