M&Aの成否を決める「意向表明書(LOI)」の真実

 M&Aのプロセスにおいて、売り手企業に対して買い手企業が初めて具体的な条件をぶつけ合う場面、それが「意向表明書」の提示です。英語ではLOI(Letter of Intent)と呼ばれます。これは、買い手候補企業が売り手企業に対し、「あなたの会社をこれくらいの価格、このような条件で譲り受けたいと考えています」という熱意と条件を記したラブレターのようなものです。

 しかし、ビジネスにおけるラブレターには、甘い言葉の裏に緻密な計算とリスクヘッジが隠されています。この意向表明書の内容を正しく理解し、適切に打ち返すことができるかどうかが、その後のデューデリジェンス(買収監査)の成否、ひいては最終的な譲渡価格に直結します。

 多くの経営者が「提示された金額」だけに目を奪われ、その裏にある「前提条件」を見落としてしまいます。その結果、最終契約の直前で数千万円、時には数億円の減額を突きつけられ、泣く泣く承諾するか、交渉が決裂するという悲劇が後を絶ちません。

 この記事では、そんな「後出しジャンケン」を許さないためのLOIの読み解き方と交渉術をすべて公開します。


目次

1. 意向表明書(LOI)とは:定義と「基本合意書(MOU)」との決定的な違い

まず、M&Aの手続きにおけるLOIの位置づけを正確に整理しておきましょう。

1-1. LOI(意向表明書)の定義

 LOIは、売り手が「インフォメーション・メモランダム(IM)」と呼ばれる詳細資料を開示し、数回のトップ面談(経営者同士の対話)を経た後、買い手が「ぜひ買収したい」という意思を正式に表明する書面です。

用語解説:インフォメーション・メモランダム(IM)

売り手企業の事業内容、財務状況、強み、課題などをまとめた詳細な企業紹介資料のこと。通常、アドバイザーが作成します。

LOIには通常、以下の内容が含まれます。

  • 譲受希望価格のレンジとその算定根拠
  • 取引スキーム(株式譲渡、事業譲渡など)
  • デューデリジェンス(DD)の範囲とスケジュール
  • 役員・従業員の処遇案
  • 独占交渉権の有無と期間

1-2. 基本合意書(MOU)との違い

 よく混同されるのが「基本合意書(MOU:Memorandum of Understanding)」です。

  • 意向表明書(LOI): 買い手から売り手への一方的な「申し込み」。複数の買い手候補から同時に受け取ることが可能です。
  • 基本合意書(MOU): 買い手と売り手の双方が条件に納得し、署名捺印した「合意文書」。ここから先は通常、一社に絞って深く交渉を進めます。

 結論として、LOIは「比較検討の材料」であり、MOUは「一対一の真剣勝負への入り口」です。 LOIの段階で条件を曖昧にしていると、MOU以降で修正するためのコスト(時間、労力、精神的負担)が急増し、売り手の立場が弱くなってしまいます。


2. 【最優先確認】譲渡価格が崩れる「3つの危険ポイント」

 LOIを受け取った際、プロのアドバイザーが真っ先にチェックし、経営者が最も注意すべきは以下の3点です。ここが曖昧なLOIは、後で必ずと言っていいほど「減額」の火種になります。

① 価格の定義が「EV」なのか「株式価値」なのか

 買い手が「10億円で買いたい」と言ってきたとき、それが「企業価値(EV)」を指すのか「株式価値(Equity Value)」を指すのかで、オーナーが受け取る金額は激変します。

  • EV(Enterprise Value): 事業そのものの価値。借金も現金も含めた「箱全体の値段」。
  • 株式価値: オーナーが手にする「株の値段」。

株式価値 = 企業価値(EV) – 純有利子負債(ネットデット)± 運転資本調整

 もし、あなたの会社に3億円の借入金があり、LOIの10億円が「EV」であれば、受け取れるのは7億円程度になります。逆に「株式価値で10億円」であれば、文字通り10億円がベースになります。この定義が曖昧なまま進むのは非常に危険です。

② 「ネットデット」と「運転資本(NWC)」の定義

 「純有利子負債(ネットデット)や運転資本は、実査(DD)の結果に基づいて調整する」という文言は、買い手にとっての「減額のフリーパス」になりかねません。

用語解説:運転資本(NWC:Net Working Capital)

日々の経営に必要な資金(売掛金+棚卸資産-買掛金など)。M&Aでは、この「正常な水準」がいくらなのかを巡って激しい議論になります。

「どの時点の数字を使うのか」「役員借入金は負債に含めるのか」といった定義をLOI段階で握っておかないと、DD後に「運転資本が足りないから、その分価格を下げます」というロジックを使われてしまいます。

③ 独占交渉権(Exclusivity)の期間が長すぎる

「3ヶ月から半年間の独占交渉権」を求めてくる買い手には注意が必要です。

 独占交渉権を与えると、売り手は他の候補者と話すことができなくなります。もし、その買い手がDDの終盤で「やっぱり3割下げたい」と言ってきたらどうでしょう? 他の候補者はすでに離れてしまっており、売り手は不利な条件を飲まざるを得ない状況(ホールドアップ問題)に追い込まれます。


3. LOIの主要項目をプロの視点で深掘り解説

3-1. スキーム:株式譲渡か事業譲渡か(税後手取りの差)

 スキームの選択は、経営者の「手元に残る現金」を左右します。

  • 株式譲渡: 売り手は個人株主。所得税・住民税合わせて約20.315%の分離課税で済みます。
  • 事業譲渡: 売り手は「会社」。法人税(実効税率約30〜34%)が課せられた後、さらに会社から個人へ配当等で出す際に所得税がかかります。

 買い手は、簿外債務(帳簿に載っていない借金やリスク)を引き継ぎたくないため、事業譲渡を好む傾向があります。しかし、売り手にとっては税負担が重くなるため、LOIの段階で「税引き後の手残りがいくらになるか」をシミュレーションし、不利益があれば価格に上乗せ交渉をする必要があります。

3-2. 支払方法:一括 vs アーンアウト

 全額をクロージング時(引き渡し時)に現金でもらえるのがベストですが、最近は「アーンアウト」という条件が付くことも増えています。

用語解説:アーンアウト(Earn-out)

譲渡代金の一部を後払いにし、「譲渡後の利益が目標を超えたら支払う」という仕組み。

アドバイス:

アーンアウトの指標を「営業利益」に設定してはいけません。なぜなら、譲渡後は買い手の子会社になるため、親会社からの管理費負担や、意図的なコスト投入によって利益がコントロールされる可能性があるからです。アーンアウトを設定する場合は、「売上高」や「粗利益」など、操作の余地が少ない指標にすべきです。

3-3. 役員・従業員の処遇:ロックアップの正体

 「社長には今後2年間、代表として残ってほしい」という条件を「ロックアップ」と呼びます。これは買い手にとっての「引継ぎリスクの軽減」ですが、売り手にとっては「いつまでも引退できない縛り」になります。

  • 報酬はいくらか?
  • どのような権限が維持されるのか?
  • 目標未達の場合の解任条項はあるか?これらが曖昧だと、譲渡後に「名ばかりの社長」として肩身の狭い思いをすることになりかねません。

4. 知っておくべき「法的拘束力」のルール

 LOIには通常、「法的拘束力(Binding)」を持たせないのが一般的です。

「この価格で買うと書いたけれど、DDの結果次第でやめてもいいですよ」という、買い手への逃げ道です。

しかし、以下の条項だけは法的拘束力を持たせるのが実務上の鉄則です。

  1. 秘密保持義務: 交渉している事実や情報を外に漏らさない。
  2. 独占交渉権: 他の買い手候補と交渉しない。
  3. 費用負担: DDにかかる専門家費用などは各自が負担する。

アドバイス:

「非拘束」だからといって、適当な数字を出す買い手は避けるべきです。本気度の高い買い手は、非拘束であっても「よほどのことがない限り、この価格から下げない」という覚悟を持ってLOIを出してきます。その「誠実さ」を見極めるのが、私たちアドバイザーの役割です。


5. 売り手が主導権を握る「LOIの返し方」3ステップ

買い手からLOIが届いたら、そのまま判を押してはいけません。プロは以下のように「打ち返し(カウンター・オファー)」を行います。

ステップ1:前提条件を数値で固定する

「価格10億円」という提示に対し、「ただし、現預金から有利子負債を引いたネットデットがゼロの場合とする」「運転資本は直近12ヶ月の平均値を基準とする」といった形で、計算式をLOIの中に書き込ませます。これを怠ると、DD後に買い手都合の計算式を押し付けられます。

ステップ2:スケジュールを「デッドライン」として握る

「DDは4週間以内、最終契約は〇月〇日、クロージングは△月△日」と明記させます。

 買い手が決断を先延ばしにするほど、売り手の従業員の動揺や、情報漏洩のリスクが高まります。スケジュールを守れない場合は、独占交渉権を解除するという条項を入れるのが賢明です。

ステップ3:懸念事項を「先出し」して価格を確定させる

 もし、将来的にリスクになりそうなこと(訴訟の火種、過去の未払残業代の可能性など)があるなら、あえてLOIの前に伝えます。その上で「それらを含めてこの価格ですよね?」と確認を取るのです。これを「リスクの事前開示」と呼び、DD後の減額を封じ込める最強の防御策になります。


6. 【独自視点】なぜ多くの経営者がLOIの段階で失敗するのか?

失敗例①:最高値の提示に飛びついてしまう

  • A社: 8億円(条件がガチガチに固められている、誠実な中堅企業)
  • B社: 12億円(条件が曖昧、「まずは独占交渉を」と言ってくるファンド)

多くの経営者がB社を選びますが、B社はDDで徹底的に重箱の隅をつつき、最終的に7億円まで下げてくることがあります。これを「買い叩き」と呼びます。一方、A社は8億円からブレません。LOIの価格は「上限」であり、「最低保証」ではないことを忘れないでください。

失敗例②:アドバイザーを「単なる仲介役」だと思っている

 買い手と売り手の間に立つだけの「仲介者」は、成約(クロージング)させることが目的になりがちです。そのため、売り手にとって不利な条件であっても「まあ、M&Aでは一般的ですよ」と妥協を促すことがあります。

 本当に必要なのは、売り手の立場に立って買い手と戦い、条件を詰め切る「FA(フィナンシャル・アドバイザー)」の存在です。


7. 信頼できる買い手を見抜く「定性的チェックリスト」

 LOIには、数字以外の「品格」が現れます。以下の点を確認してください。

  • シナジー(相乗効果)への言及が具体的か:「御社の〇〇という技術と当社の販売網で、売上を1.5倍にできる」といった具体的なビジョンがあるか。
  • PMI(買収後の統合)の方針があるか:「誰を派遣し、どのような組織体制にするか」をすでに考えている買い手は、真剣度が違います。
  • 意思決定プロセスが明快か:「いつ、誰が、どの会議体で最終決定するのか」が書かれているか。これがないと、担当者レベルでは盛り上がっていても、最後に役員会でひっくり返されます。

8. まとめ:LOIは「守り」の書類である

 M&Aにおいて、攻めの姿勢はIM(企業紹介資料)で十分に示しました。LOIを受け取るフェーズからは、「守り」が重要になります。

・提示された条件が、あなたの会社の価値を正しく反映しているか。

・その条件は、DDという荒波を越えても維持されるものか。

・譲渡した後、あなたと従業員は本当に幸せになれるのか。

これらを意向表明書という一枚の書類から読み解くには、専門的な知見と、何よりも「現場の経験」が必要です。


表:意向表明書(LOI)チェックリスト(売り手用)

項目確認すべきポイント危険シグナル
価格の定義EVか、株式価値か? 調整式はあるか?「〇億円」とだけ書かれ、調整方法が不明
純有利子負債どの科目を負債に含めるか合意しているか?「買い手の合理的な判断により決定」という文言
運転資本正常運転資本の基準値(ベースライン)は?定義がなく、直前月の数字だけで判断される
独占交渉権期間は妥当か?(通常1〜3ヶ月)4ヶ月以上の長期、かつ解除条件がない
支払条件アーンアウトの比率が高すぎないか?利益目標が異常に高く、操作可能な指標である
DDの範囲何をどこまで調べるか明記されているか?期限が設定されておらず、ダラダラ続く予感
処遇ロックアップ期間と報酬、権限は?「別途協議」として先送りにされている

FAQ(よくある質問)

Q1. 意向表明書(LOI)とは何ですか?

買い手候補が売り手に提出する「買収条件の提案書」です。価格、スキーム、DD範囲、スケジュール、独占交渉等の前提を提示します。

Q2. LOIと基本合意書(MOU)の違いは何ですか?

LOIは買い手からの一方的提案、MOUは主要条件を双方で合意しDDへ進むための合意文書です。独占交渉権はMOUで付与されることが多いです。

Q3. LOIに法的拘束力はありますか?

通常、価格や実行義務は非拘束です。ただし秘密保持、独占交渉、費用負担等は拘束力を持たせるのが実務標準です。

Q4. LOIの提示価格はそのまま入金されますか?

一致しないことが多いです。EV(企業価値)提示かEquity(株式価値)提示か、Net Debt(純負債)や運転資本(NWC)調整の有無で入金額が変動します。

Q5. 「企業価値(EV)」と「株式価値(Equity Value)」の違いは何ですか?

EVは事業価値(負債・現金の前)、Equityは株主が受け取る価値です。一般にEquity=EV−Net Debt±NWC調整で算定されます。

Q6. ネットデット(Net Debt)調整とは何ですか?

有利子負債等から現預金を差し引いた「純負債」を基に、株式価値を調整する仕組みです。科目定義が曖昧だと後で減額要因になります。

Q7. 運転資本(NWC)調整とは何ですか?

売掛金・買掛金・在庫等の運転資本が「通常水準」にあることを前提に価格を調整する仕組みです。参照期間や算式が未定義だと買い手裁量が拡大します。

Q8. 独占交渉権(Exclusivity)は受け入れるべきですか?

受け入れる場合でも期間短縮(例:2〜3か月)と解除条件(遅延・条件変更・不誠実等)を条文化し、売り手の機会損失を限定すべきです。

Q9. LOIでアーンアウト(Earn-out)を提案されたらどう判断すべきですか?

後払い比率、KPIの種類、会計方針、禁止行為、紛争解決手段を明確化しない限り危険です。利益系KPIは操作余地が大きく紛争化しやすいです。

Q10. LOIで確認すべき「従業員の処遇」は何ですか?

雇用維持の対象、期間、待遇変更の条件、PMI方針を確認します。「維持に努める」等の努力義務表現だけでは実務上の担保になりません。

Q11. LOIでロックアップ(継続勤務)を求められた場合の注意点は?

期間、役割、権限、報酬、評価者、解任条件を明確化します。権限を失った状態で高い業績責任を負う設計は紛争化しやすいです。

Q12. LOIを高値で出してからDDで大幅減額されるのはなぜですか?

価格の前提が曖昧(調整条項が買い手裁量)、DD範囲が無制限、簿外債務・労務・税務リスクが顕在化、のいずれかが典型要因です。

Q13. DD(デューデリジェンス)で減額されやすい論点は何ですか?

未払残業代等の労務、税務否認リスク、係争・契約解除条項、主要顧客依存、属人性、在庫評価、リース・保証等のオフバランスが典型です。

Q14. LOIを受領した後、売り手が最初にやるべきことは何ですか?

①価格概念(EV/Equity)と調整式の確定 ②独占交渉の期間・解除条件の設定 ③DD期限とマイルストーン設定 ④税後手取りの概算、の順で整理します。

Q15. LOIの比較で「価格以外」に重視すべき指標は何ですか?

資金裏付け(調達確度)、スケジュールの確度、減額条項の客観性、PMIの具体性、従業員・経営者処遇の明確性です。価格単独での選定は失敗確率が上がります。

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲

M&A仲介業、M&Aアドバイザリー。前職は東証プライム上場グループ会社の代表取締役社長として、DX・Webマーケティング支援事業を経営、経営実務としてのファイナンス経験を活かしてM&Aアドバイザリー事業を創業。並行して自己勘定投資会社も経営し、プロ経営者・プロ投資家の双方の視点で顧客の事業価値最大化を支援しています。

経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度、日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)在籍、東京商工会議所登録。M&Aシニアエキスパート資格保有。

M&Aセカンドオピニオンサービス(売却可否・条件妥当性レビュー)
 当社では、他社M&A会社から提示された株価査定・取引条件について、利害関係のない第三者として妥当性を検証するセカンドオピニオンサービスを提供しています。

○企業価値評価(株価算定)
○ 売却判断そのものの是非
○ 提示条件・スキームの合理性
○ 経営者・従業員・株主に及ぶリスク

 総合的に検討し、「進めるべきか/立ち止まるべきか」を明確にお伝えします。
本サービスは、成約を前提とした仲介・マッチング業務ではありません。
※条件次第では「売却を見送るべき」と結論づける場合があります。

誤った意思決定を避けるための判断支援に特化しています。守秘義務を厳守のうえ、経営者様ご本人からのご相談に限定して対応いたします。

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