M&A後の資産防衛戦略、高配当株、債券での資産運用

 本章では、M&Aによって得た潤沢なキャッシュ(現金)を、いかにして永続的な「自分年金」へと変え、インフレや経済変動から守り抜くか。その具体的なポートフォリオ(資産の組み合わせ)戦略について、株式と債券、そして税務の観点から詳しく解説していきます。

目次

1.「年利30%」の経営から「年利4%」の運用へ:マインドセットの転換

 まず、資産運用の具体的な手法に入る前に、心構えについて触れさせてください。優秀な経営者様ほど、自社の資本を使って年利(ROE)20%、30%という高い利益を生み出してこられました。しかし、金融市場において、リスクを抑えながらその利回りを出し続けることは不可能です。

 M&A後の資産運用の目的は、「増やすこと」以上に「減らさないこと(資産保全)」と「計算できるキャッシュフロー(配当・利子)の確保」**にあります。目指すべきは、過度なリスクを取らず、インフレに負けない年利3%〜5%程度の着実な運用です。これを実現するための最強の武器が、「高配当株ETF」と「債券」の組み合わせです。

2.「金の卵を産む鶏」を持つ:高配当株ETFの活用戦略

 会社を売却すると、当然ながら「役員報酬」がなくなります。これまで毎月入っていた給与が途絶える不安は、想像以上に大きいものです。そこで推奨したいのが、株式の配当金によって「擬似的な給与所得」を作り出すアプローチです。ここでは、個別株のリスクを避け、数百社に分散投資できる「ETF(上場投資信託)」を中心とした戦略をご提案します。

※ETF(Exchange Traded Fund)とは

日経平均株価やNYダウなどの指数に連動するように運用されている投資信託の一種ですが、株式と同じように証券取引所でリアルタイムに売買できるのが特徴です。一つの銘柄を買うだけで、多数の企業に分散投資したのと同じ効果が得られます。

(1)日本株運用の最適解:NF・日経高配当50 ETF(東証コード:1489)

 日本国内の資産として、私が富裕層の皆様のポートフォリオによく組み入れるのが、「NF・日経高配当50 ETF(証券コード:1489)」です。これは、日経平均株価を構成する225社の中から、予想配当利回りの高い50社(銀行、商社、通信大手など)を選定してパッケージにしたものです。

  • なぜNF・日経高配当50 ETFなのか?
    • 高い利回り: 時期によりますが、年3〜4%程度の配当が期待できます。
    • 為替リスクがない: 日本円での資産なので、円安・円高の影響を直接受けず、生活資金としての安定感があります。
    • 手軽さ: 日本の証券口座で簡単に売買でき、税制面もシンプルです。

(2)世界最強の経済に参加する:米国高配当ETF(VYM, HDV, SCHD)

 資産のすべてを日本円で持つことは、円の価値が下がった際のリスク(円安リスク)となります。資産の半分程度は、基軸通貨である米ドルで運用するのがセオリーです。米国株ETFの中でも、特に信頼性が高く、私の顧客のポートフォリオでも中核をなすのが以下の銘柄です。

① VYM(バンガード・米国高配当株式ETF)

  • 特徴: 米国の約400社以上の高配当企業に分散投資します。
  • 評価: 金融、ヘルスケア、消費財など、景気に左右されにくいセクターがバランスよく含まれています。「迷ったらこれ」と言える王道のETFです。配当だけでなく、株価自体の成長(キャピタルゲイン)も期待できるのが魅力です。

② HDV(iシェアーズ・コア 米国高配当株 ETF)

  • 特徴: 財務健全性が極めて高い約75社に厳選投資します。
  • 評価: 財務のプロが見ても「堅い」企業ばかりが集められています。VYMに比べてエネルギーセクターの比率が高く、インフレ局面に強い特性があります。

③ SCHD(シュワブ・米国配当株式ETF)

  • 特徴: 10年以上増配(配当を増やし続けている)実績のある企業で構成されています。
  • 注意点: 非常に優秀なETFとして世界的に有名ですが、日本の主要ネット証券(SBI、楽天など)では直接購入できないケースが多いのが現状です。最近では、SBI、楽天でSCHDの投資信託が登場しています。

3.資産を守る要塞:債券運用の「生債券」vs「債券ETF」

 株式は、どうしても暴落のリスクがあります。そのクッション役として必須なのが「債券」です。国や企業にお金を貸して、利息をもらう仕組みです。M&Aで得た多額の資金を運用する場合、「生債券(なまさいけん:個別の債券)」と「債券ETF」のどちらで持つべきか、という議論が必ず起こります。

それぞれのメリット・デメリット比較

特徴生債券(個別債券・米国国債など)債券ETF(AGG, BNDなど)
仕組み国や企業に直接貸付し、満期まで保有多数の債券のパッケージ商品
元本満期まで持てば、原則として額面で戻る満期がないため、売却時の時価で変動する
分配金確定利付なら購入時に利回りが固定される市場金利に合わせて毎月変動する
流動性途中売却は可能だが、価格が不利になる場合がある株式同様、いつでも時価で売却可能
FPの視点「資産保全」向き。 5年後、10年後の資金計画が立てやすい。「分散投資」向き。 手軽だが、金利上昇時の価格下落リスクを負う。

結論:M&Aオーナーには「米国債(生債券)」がおすすめ

 数億円規模の資産を持つオーナー様には、私は「米国の生債券(米国国債)」をポートフォリオの土台にすることをお勧めしています。理由はシンプルです。「満期まで持てばドルベースで元本が戻ってくる」という確実性が、心の平穏に繋がるからです。債券ETFは金利上昇局面で基準価額が下がり、含み損を抱える期間が長引くことがありますが、生債券であれば「満期まで待てばいい」と割り切ることができます。


4.知らないと数百万円の損:M&Aオーナーの税務戦略と確定申告

 運用益が出始めると、避けて通れないのが税金です。ここでは、法的にクリアかつ、実務家として押さえておくべきポイントを解説します。

(1)特定口座(源泉徴収あり)でも確定申告が必要なケース

 通常、日本の証券会社で「特定口座(源泉徴収あり)」を選択していれば、国内株や投資信託の利益に対する約20%の税金は自動的に引かれ、確定申告は不要です。

しかし、米国株(VYMやHDVなど)や米国債からの配当・利子については、話が別です。

 米国資産からの配当金は、まず米国で10%の税金が引かれ、その残りの金額に対して日本でさらに約20%が課税されます。これを「二重課税」と呼びます。

※外国税額控除(がいこくぜいがくこうじょ)

この二重に取られた税金の一部を取り戻す仕組みです。これを利用するには、ご自身で確定申告を行う必要があります。

 M&Aで富裕層となられた皆様の場合、取り戻せる金額は年間数十万円〜数百万円に及ぶこともあります。面倒がらずに税理士に依頼し、必ず申告を行うべきです。これは「節税」ではなく、適正な納税による「資産防衛」です。

(2)分離課税のメリット

 上場株式や債券の譲渡益・配当金は「申告分離課税」といって、給与所得や事業所得(M&Aの売却益など)とは切り離して、一律約20%の税率で計算されます。どれだけ配当金が増えても、累進課税(所得が増えるほど税率が上がる仕組み)の影響を受けないため、富裕層にとって非常に有利な制度と言えます。


5.【実務家の本音】新NISAはM&Aオーナーに関係あるのか?

 2024年から始まった新NISA(少額投資非課税制度)。「非課税で運用できるなら使わない手はない」と話題ですが、M&Aで数億円を手にしたオーナー様にとっては、実は「おまけ」程度に考えるべきものです。

FIRE層には「枠」が小さすぎる

 新NISAの生涯投資枠は「1,800万円」です。一般的な会社員の方にとっては大きな金額ですが、例えば5億円の資産を持つオーナー様にとって、1,800万円は資産全体のわずか3.6%に過ぎません。

  • 優先順位の誤り: 「NISA枠をどう埋めるか」に頭を悩ませるよりも、「残りの4億8,200万円をどう安全に運用するか」を考える方が、資産全体へのインパクトは遥かに大きくなります。

戦略的な使い分け

 もちろん、利用しない理由はありません。私が提案するのは以下のような使い分けです。

  • 特定口座(課税口座): 資産のメイン部分。高配当株ETFや米国債で、生活費となるキャッシュフローを生み出す。
  • 新NISA口座: 超長期・放置用の枠。例えば「S&P500」や「オール・カントリー(全世界株式)」のような、配当よりも値上がり益(キャピタルゲイン)を狙う商品を入れ、20年、30年と放置して次世代(お子様やお孫様)への贈与原資として考える。

 「NISAでFIRE(経済的自立)」を目指すのではなく、すでにFIRE状態にある皆様は、「NISAはアセットアロケーションのほんの一部」と冷静に捉えてください。


おわりに:M&Aは「終わり」ではなく「始まり」

本章では、M&A後の資産運用について、高配当株と債券を中心とした「守りながら増やす」戦略をお伝えしました。

  1. マインドセット: 経営の高利回りから、運用の安定利回りへ意識を変える。
  2. 株式: 1489(日本)やVYM(米国)で、金の卵(配当)を受け取り続ける。
  3. 債券: 生債券(米国債)を持ち、資産の土台を固める。
  4. 税務: 外国税額控除を漏らさず行い、手取りを最大化する。

会社を売却された貴方は、社会に対して大きな価値を提供し、その対価を得られました。その資産を正しく守り抜くことは、貴方ご自身のためだけでなく、ご家族、ひいては日本経済の循環にとっても有意義なことです。

どうか、信頼できる専門家をパートナーに選び、心穏やかで豊かな「第二の創業期」をお過ごしください。

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲

M&A仲介業、M&Aアドバイザリー。前職は東証プライム上場グループ会社の代表取締役社長として、DX・Webマーケティング支援事業を経営、経営実務としてのファイナンス経験を活かしてM&Aアドバイザリー事業を創業。並行して自己勘定投資会社も経営し、プロ経営者・プロ投資家の双方の視点で顧客の事業価値最大化を支援しています。

経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度、日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)在籍、東京商工会議所登録。M&Aシニアエキスパート資格保有。

買収・売却相談、協業に関するご相談もお気軽にご連絡ください。代表者が責任をもち、速やかにメールにて返信させていただきます。

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