本章では、2025年12月1日に発表された、株式会社fonfun(以下、fonfun社:東証コード2323)による株式会社マイクロウェーブデジタル(以下、MWD社)の完全子会社化 をケーススタディとして取り上げます。この事例は、一見すると小規模な案件に見えるかもしれませんが、現代のIT・DX業界におけるM&Aの「相場観」と「戦略的プライシング」を理解する上で、非常に示唆に富んだ教材です。
1. 案件の全貌:段階的取得による「慎重かつ大胆」な戦略
まず、今回のディールの全体像を俯瞰してみましょう。
- 買い手:株式会社fonfun(東証スタンダード上場/コード:2323)
- 売り手:株式会社マイクロウェーブ(MWD社の親会社)
- 対象会社:株式会社マイクロウェーブデジタル(MWD社)
- 取引スキーム:株式譲渡(既保有20%に加え、残り80%を取得し100%化)
- 取得価額:1億2,000万円(対象株式80%分)
- 実行日:2025年12月1日
この案件の興味深い点は、「段階的取得」であることです。fonfun社は、いきなり100%を取得するのではなく、まず2025年9月に20%を取得して持分法適用会社化し、協業体制やシナジーを確認した上で、わずか3ヶ月後に残りの80%を取得しています。これは、PMI(買収後の統合プロセス)のリスクを最小化するための、非常に手堅い実務的アプローチと言えます。
2. バリュエーションの解剖:なぜこの価格になったのか?
さて、ここからが本章のハイライトです。公表された数字をもとに、プロのアドバイザーの視点でこの「1億2,000万円」という価格の妥当性を因数分解していきます。
2-1. 表面的なマルチプル法での分析
まず、財務数値を見てみましょう。MWD社の直近(2025年3月期)の主要数値は以下の通りです 。
- 売上高:5億2,659万円
- 営業利益:139万円
- 純資産:4,070万円
- EBITDA(参考値):631万円
今回、fonfun社は80%の株式を1億2,000万円で取得しました。これを100%(企業全体の株式価値)に引き直すと、以下のようになります。
株式価値(100\%ベース) = 1億2,000万円 ÷0.8 = 1億5,000万円
この「1億5,000万円」という評価額を、一般的な指標(マルチプル)に当てはめてみます。
- PER(株価収益率)
- 当期純利益(137万円)ベースで計算すると、約109倍。
- これは一般的な適正水準(15〜20倍)を遥かに超えており、純利益ベースでは説明がつきません。
- PBR(株価純資産倍率)
- 純資産(4,070万円)ベースで計算すると、約3.68倍。
- これも、IT企業とはいえ、純粋な資産価値から見れば3倍以上のプレミアムが乗っている計算になります。
- EV/EBITDA倍率
- 株式価値(1.5億円)に対象会社の純有利子負債(詳細不明ですが、現預金2,129万円を考慮しても、総資産と純資産の差額から負債はある程度存在すると推測されます)を加味した企業価値(EV)を、EBITDA(631万円)で割り返します。
- 仮にネットキャッシュ・ゼロと仮定しても、約23.7倍。
- 一般的な中小規模M&Aの相場(EBITDAの5〜8倍程度)と比較すると、非常に高い倍率に見えます。
ここで疑問が湧きます。「なぜ、fonfun社は利益水準に対してこれほど高いプレミアム(のれん代)を支払ったのか?」財務諸表だけを見ていると「高値掴み」に見えるかもしれません。しかし、ここにこそM&Aアドバイザーとしての「眼力」が試されるポイントがあります。
2-2. 「エンジニア単価」という別のアプローチ(コストアプローチの応用)
このM&Aの本質を理解する鍵は、損益計算書(PL)ではなく、「人的資源」にあります。資料によると、MWD社の買収により、fonfunグループは「稼働エンジニア57人」を獲得しています 。
IT業界、特にSES(システムエンジニアリングサービス)や受託開発の領域において、優秀なエンジニアを57名採用・育成するには莫大なコストと時間がかかります。ここで、「採用コスト」に置き換えてバリュエーションを検証してみましょう(置換原価法的なアプローチです)。
- エンジニア1名の採用エージェントフィー:市場相場で約150万円〜200万円と仮定。
- 57名を採用する場合のコスト:$57名 \times 150万円 = 8,550万円
さらに、バラバラに採用した57名ではなく、既に組織として機能し、マネジメント体制があり、稼働して売上(約5.2億円)を生んでいる「チーム」を買うことには、単なる採用費以上の価値があります。
今 回の株式価値評価額である1億5,000万円をエンジニア数で割ると、以下のようになります。
エンジニア1名あたりの取得単価 = 1億5,000万円 ÷57名 =263万円
いかがでしょうか。
採用費、初期教育費、そしてチームビルディングにかかる時間を考慮すれば、「エンジニア1名あたり263万円」という価格は、決して高くない、むしろ合理的な投資判断であると読み解くことができます。
fonfun社は、中期経営計画「プロジェクトフェニックス」において「エンジニア100名体制」を掲げていました 。このM&Aによって、時間を金で買い、目標を一気に達成したのです。
これが、財務数値上のマルチプル(PERやEBITDA倍率)が高く見える案件における、プロの解釈です。「利益を買った」のではなく、「機能するエンジニア組織を買った」のです。
3. シナジー効果とDCF法への反映
開示資料には、取得価額の算定根拠として「DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)による参考評価」や「事業シナジー創出効果」を勘案したと記載されています 。
実務上、赤字や低収益企業のバリュエーションでDCF法を用いる場合、「買い手傘下に入った後の事業計画」がすべてを握ります。
MWD社は直近の営業利益率が約0.2%(139万円/5.26億円)と非常に低い水準です。しかし、上場企業であるfonfunグループに入ることで、以下のシナジーによる利益率改善が見込まれます。
- 販管費の削減:バックオフィス機能の統合や上場企業基準のガバナンス導入による効率化。
- 単価の向上:上場企業の信用力を背景としたプライシングの見直しや、fonfun社の既存顧客へのクロスセル。
- 稼働率の最適化:グループ内の開発リソース最適化 によるエンジニア稼働率の向上。
もし、fonfun社の経営努力によって、MWD社の営業利益率を業界標準の10%程度まで引き上げることができれば、営業利益は5,000万円規模になります。
そうなれば、「投資額1.5億円」は「利益5,000万円」に対してわずか3倍(PER 3倍相当)となり、一転して「非常に割安な買い物」になります。
M&Aの価格決定においては、「現在の姿(As-Is)」ではなく、「買い手が磨き上げた後の姿(To-Be)」にどれだけの確信を持てるかが、プレミアムの許容範囲を決めるのですがあります。
4. 法務・会計的視点からの「ここがポイント」
専門家として、本件で見逃せない法務・会計上の論点を2つ挙げます。
4-1. 段階取得に係る差益(または差損)
fonfun社は既にMWD社株を20%保有していました。今回、残りの80%を取得して連結子会社化する際、会計上は「支配獲得日において、保有していた20%分の株式も一度時価で売却し、再度時価で取得した」とみなして処理を行います(段階取得)。
もし、最初の20%を取得した時の単価よりも、今回の100%評価時の単価が高ければ、連結決算上で「段階取得に係る差益」が計上されます。逆に低ければ差損が出ます。今回のケースでは、事業連携により価値が向上しているという前提(シナジー創出)がありますので、ポジティブな会計インパクトが期待できるかもしれません。
4-2. のれん(Goodwill)の償却
今回の取得価額(1.5億円相当)と、MWD社の純資産(約4,000万円)との差額、約1.1億円が概ね「のれん」として計上されます。日本の会計基準(J-GAAP)を採用しているfonfun社 14 は、こののれんを一定期間(最長20年)で定額償却する必要があります。
仮に10年で償却するとすれば、年間約1,100万円の償却費が販売費及び一般管理費として計上され、営業利益を押し下げる要因になります。
したがって、fonfun社としては、「年間1,100万円以上の追加利益」をMWD社から生み出さなければ、このM&Aは連結業績にとってマイナスになります。この「のれん償却費」を上回るEBITDAを創出できるかどうかが、M&Aの成否を分ける分水嶺となります。
なお、資料内で「調整後営業利益(EBITDA)」が強調されているのは 15151515、こののれん償却費の影響を除外した、本来の稼ぐ力を投資家に示す意図があるからです。
5. 結論:M&Aバリュエーションは「未来への投票」
今回のfonfun社によるMWD社の完全子会社化事例から、私たちは以下の重要な教訓を得ることができます。
- マルチプルは万能ではない:利益倍率だけで判断すると、IT人材獲得型のM&Aの本質を見誤る。
- 置換原価(採用コスト)の視点:エンジニア1名あたりの単価で評価することで、投資の合理性が見えてくる。
- 段階的取得の妙:20%出資でお見合い(協業)し、相性を確認してから結婚(100%化)することで、PMIリスクを低減できる。
バリュエーションとは、過去の通信簿(財務諸表)への対価ではなく、「その企業と一緒になることで描ける未来」への投票です。1億2,000万円という金額は、単なる株式の代金ではありません。fonfun社が描く「テックカンパニーへの進化」 というビジョンを実現するための、必要不可欠なチケット代だったのです。
これからM&Aを検討される皆様も、ぜひ「今の数字」だけでなく、「未来のシナジー」と「得られる経営資源(ヒト・モノ・技術)」を複眼的に捉え、納得感のあるバリュエーションを導き出してください。それこそが、成功するM&Aへの第一歩なのです。
【M&A重要用語解説】
- バリュエーション(企業価値評価): 対象企業の経済的な価値を見積もること。DCF法、マルチプル法(類似会社比較法)、純資産法(コストアプローチ)などが用いられる。
- EBITDA(イービットディーエー): 利払い前・税引き前・減価償却前利益。本件ではさらに「のれん償却費」も足し戻して計算されており、企業の純粋な「現金を生み出す力」を示す指標としてM&Aで重視される。
- DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法): 企業が将来生み出すと期待されるキャッシュフローを、現在価値に割り引いて企業価値を算出する方法。将来の事業計画に大きく依存する。
- 段階取得(ステップ・アクイジション): 最初から100%の株式を取得するのではなく、数回に分けて株式を取得し、最終的に子会社化する手法。リスク低減のために用いられることが多い。
- PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション): M&A成立後の統合プロセスのこと。経営体制、業務フロー、企業文化などを融合させ、当初期待したシナジー効果を実現するための最重要フェーズ。
- のれん(Goodwill): 買収価格と、対象企業の純資産(時価評価後)との差額。ブランド力、技術力、顧客基盤、ノウハウなど、貸借対照表には載らない「見えない資産」の価値を表す。
読者の皆様へ
本記事で解説したような「戦略的なバリュエーション」や「段階的取得の設計」について、より詳しく自社のケースに当てはめて検討したいとお考えでしょうか?
もしよろしければ、貴社のM&A戦略の壁打ち役として、初期的な簡易バリュエーション診断をさせていただくことも可能です。まずは数字の裏側にある可能性をご一緒に探ってみませんか?



















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