サイトM&Aの解説:あなたの会社のWebサイト(やSEO資産)、M&Aの時いくらの価値になるか知っていますか?

 M&Aアドバイザリー業務に従事しておりますと、日々多くの企業の価値評価(バリュエーション)に立ち会います。その中で、特に近年、その重要性が増しているにもかかわらず、多くの経営者様が見落としがちな資産があります。

それが、「Webサイト」、「SEO資産」です。

 M&A(企業の合併・買収)の交渉の席で、買い手(バイサイド)が熱心に分析している傍らで、売り手(セルサイド)の経営者様が「うちのサイトは、昔作ったきりで大した価値はないですよ」と仰るケースが少なくありません。しかし、それは大きな誤解かもしれません。

 会計上の貸借対照表(B/S)に資産として計上されていない、あるいはごく僅かな金額でしか載っていないWebサイトが、M&Aの取引価格(企業価値)を数千万円、場合によっては数億円単位で押し上げる要因となることは、実務上、決して珍しいことではないのです。

 この記事では、M&Aの最前線に立つ実務家の視点から、なぜ会計上「見えない」Webサイトが企業価値評価において重要なのか、そしてそれが「いくらの価値になるのか」を算出するプロセスの奥深さについて、法務・会計・税務の観点を踏まえながら、どこよりも詳しく解説してまいります。

目次

1. M&AにおけるWebサイト:「デジタルな不動産」という視点

 多くの企業にとって、Webサイトは「インターネット上のパンフレット」や「名刺代わり」という認識に留まっているかもしれません。しかし、ウェブマーケティング専門家の目線では、Webサイトは「デジタルな不動産」あるいは「24時間働く営業パーソン」として映ります。

買い手(バイサイド)がWebサイトに注目する理由

M&Aにおいて買い手が求めるのは、対象会社の「将来の収益力(キャッシュフロー)」です。彼らは、Webサイトがその収益力を生み出すための強力な「チャネル」や「エンジン」として機能していないかを精査します。

  • ① 将来キャッシュフロー(CF)の源泉:
    • Webサイト経由でどれだけのリード(見込み客)を獲得し、それがどれだけのコンバージョン(成約・売上)に繋がっているか。
    • ECサイトであれば、直接的な売上(GMV: 商品取扱高)を生み出しています。
    • BtoB企業であれば、質の高い問い合わせが安定的に入ることで、営業コストを大幅に削減している可能性があります。
  • ② シナジー効果の源泉:
    • 買い手の既存事業とWebサイトの顧客基盤を組み合わせることで、クロスセル(関連商品の販売)やアップセル(上位商品の販売)が期待できるか。
    • 例えば、買い手が持つ商品・サービスを、対象会社のWebサイト(の集客力)を通じて販売できるかもしれません。
  • ③ 「ビルド or バイ」の合理性:
    • 買い手が「もし今から、これと同じレベルのWebサイト(特にトラフィックやSEO順位)をゼロから構築(ビルド)しようとしたら、どれだけのコストと時間がかかるか?」を試算します。
    • 多くの場合、確立されたWebサイトを買収(バイ)する方が、時間的・金銭的コストが低いと判断されます。

 Webサイトが安定的にトラフィックを集め、収益を生み出しているのであれば、それは「一等地の不動産」が賃料収入を生み続けるのと同じ構造を持っているのです。

2. 会計の壁:「資産計上されない」Webサイトの謎

「それほど価値があるなら、なぜ会計上の資産(B/S)に載っていないのか?」これは当然の疑問です。この背景には、会計基準の特性と、Webサイト(特に自社で育成したSEO資産)の性質が関係しています。

会計上の「資産」とは?

会計ルールにおいて、「資産」として計上するためには、いくつかの厳格な要件があります。

  • 経済的資源: 将来のキャッシュフロー創出に貢献するものであること。
  • 支配: 企業がその資源を支配(管理・利用)できること。
  • 過去の取引: 過去の取引や事象の結果として取得されたものであること。

 Webサイトはこれらを満たしているように見えます。しかし、問題は「取得原価」と「価値の客観的な測定可能性」にあります。

なぜB/Sに載らないのか?

  1. 外部から購入・開発委託した場合:
    • これは比較的シンプルです。外部の制作会社に支払った費用(数十万〜数百万円)は、「ソフトウェア」や「無形固定資産」としてB/Sに計上されることが多いです。
    • ただし、これはあくまで「制作時の原価」であり、その後のWebサイトの「成長(価値の増加)」は反映されません。
  2. 自社で開発・運営(SEO施策)した場合(=ここが本題):
    • M&Aで高く評価されるのは、むしろこちらの「自社で長年かけて育て上げたサイト」です。
    • しかし、この「育成コスト」は、会計上、資産計上することが極めて困難です。
    • 人件費の壁: SEO担当者やコンテンツライターの給与は、会計上「販売費及び一般管理費(販管費)」や「労務費」として、その期の費用(P/L)として処理されるのが一般的です。これらを「将来のための資産(投資)」としてB/Sに繰り延べることは、実務上ほとんど行われません。
    • 研究開発フェーズの壁: 会計基準では、ソフトウェアの制作において「研究開発」のフェーズ(企画、構想など)にかかった費用は資産計上できず、費用処理しなければならないとされています。SEO施策の多くは、この研究開発的な側面(試行錯誤)を強く持ちます。
    • 不確実性: そもそもSEOは、Googleのアルゴリズム変動など不確実性が高く、将来の収益獲得が「確実」とまでは言い切れないため、保守的な会計処理(=費用処理)が選好されます。

結果として生まれる「簿外資産(オフバランス資産)」

上記の理由から、多大な人件費と時間をかけて育て上げた高トラフィックのWebサイト(SEO資産)は、会計上は「存在しない(または、ゼロに近い)」にもかかわらず、実際には莫大な収益力を秘めた「簿外資産(オフバランス資産)」として考慮できる資産価値の対象となるのです。


3. M&AにおけるWebサイトの価値評価(バリュエーション)実務

では、M&Aのプロフェッショナルは、この「見えざる資産」をどのように評価(バリュエーション)するのでしょうか。企業価値評価には大きく分けて3つのアプローチがありますが、Webサイトの評価においてもこれらの考え方を応用・組み合わせて使用します。

アプローチ①:コストアプローチ(再構築コスト法)

「もし今、これと同じものをゼロから作ったら、いくらかかるか?」という視点での評価です。

  • 評価項目:
    • 開発コスト: サイト設計、デザイン、コーディング、CMS構築費。
    • コンテンツ制作コスト: 既存の全記事、写真、動画の制作費(ライター費用、編集者費用、撮影費など)。
    • SEO構築コスト(推計): 現在のSEO順位やドメインパワー(Webサイトの信頼度)を達成するために必要と推計される、過去の内部人件費や外部コンサルティング費用。
  • メリット:
    • 算定の根拠(見積もり)が比較的明確で、客観性を持たせやすい。
  • デメリット:
    • 「構築コスト」と「稼ぐ力」はイコールではない、という最大の欠点があります。
    • 例えば、1億円かけて作ったサイトでも、全く収益を生まないかもしれません。逆に、100万円で作ったサイトが、SEOの成功により年間5,000万円の利益を生むこともあります。
    • コストアプローチは、Webサイトの「下限価値」の参考にしかならないケースが多いです。

アプローチ②:マーケットアプローチ(類似取引比較法)

「似たようなWebサイト(事業)が、市場でいくらで取引されているか?」という視点での評価です。

  • 評価項目:
    • 類似サイトのM&A事例: サイトM&Aのプラットフォーム(例:M&Aクラウド、バトンズ、ラッコM&Aなど)や、過去の開示事例を参考にします。
    • 比較指標(マルチプル):
      • PV(ページビュー)単価: 1PVあたり〇円
      • UU(ユニークユーザー)単価: 1UUあたり〇円
      • 営業利益(またはEBITDA)の〇倍: Webサイト(事業)が生み出す利益の〇年分
  • メリット:
    • 市場の「相場観」を反映できるため、説得力を持ちやすいです。
  • デメリット:
    • 「完全に類似した」取引事例を見つけるのが極めて困難です。
    • Webサイトの価値は、ジャンル(金融、美容、ITなど)、収益モデル(広告、アフィリエイト、自社商品販売)、SEOの状況(キーワード)によって天と地ほどの差があります。
    • 非公開の取引情報(特に大企業のM&A)は入手困難です。

アプローチ③:インカムアプローチ(DCF法、収益還元法)

「そのWebサイトが、将来にわたってどれだけのキャッシュフロー(収益)を生み出すか?」という視点での評価です。

これは、M&Aのバリュエーション実務において最も重視されるアプローチです。

  • 基本的な考え方:
    • Webサイトが将来生み出すと予測されるキャッシュフロー(CF)を、そのリスク(不確実性)を考慮した「割引率」で割り引いて、「現在価値(Present Value)」を算出します。これをDCF法(Discounted Cash Flow法)と呼びます。
  • 評価のステップ:
    1. ① Webサイト由来のキャッシュフローの特定:
      • まず、全社の売上・利益のうち、「どれだけがWebサイト(オーガニック流入)に起因しているか」を特定(分離)する必要があります。
      • これは非常に難しい作業であり、Google Analyticsなどの解析ツール、CRM(顧客管理システム)のデータ、営業部門へのヒアリングを駆使して、Webサイトの「貢献度」を合理的に推計します。
      • (例:Webサイト経由の問い合わせからの成約率、ECサイトの売上、広告収益など)
    2. ② 将来事業計画の策定:
      • 特定したCFを基に、将来5〜10年間の事業計画(Webサイト経由の売上、サーバー代、保守費、コンテンツ制作費などのコスト)を作成します。
      • ここには、市場の成長性、競合の動向、SEOの難易度などを加味します。
    3. ③ 割引率の設定:
      • 将来の計画は不確実です。その「不確実性(リスク)」を反映するのが割引率です。
      • Webサイト(特にSEO)は、Googleのアルゴリズム変動リスクという特有のリスクを抱えています。
      • したがって、一般的な事業の割引率(例:10%〜15%)よりも、高い割引率(例:20%〜30%以上)が設定されるケースもあります。割引率が高いほど、計算される現在価値は低くなります。
    4. ④ 現在価値の算出(=Webサイトの事業価値):
      • ステップ②の将来CFを、ステップ③の割引率で現在価値に割り引いて合計します。
  • メリット:
    • Webサイトの「本質的な価値(=稼ぐ力)」を直接的に評価できます。
  • デメリット:
    • 「事業計画の策定」と「割引率の設定」に、評価者の主観や専門的知見が大きく影響します。
    • 買い手と売り手の間で、この計画の「妥当性(ストレッチしすぎていないか?リスクを見込みすぎていないか?)」が、交渉の最大の焦点となります。

4. 【最重要】なぜ「SEO資産」の評価は難しく、奥深いのか

 インカムアプローチが最重要であると述べましたが、その「将来CFの予測」を困難かつエキサイティングにするのが「SEO資産」の存在です。

SEO (Search Engine Optimization): 検索エンジン最適化。Googleなどの検索結果で自社サイトを上位表示させ、広告費をかけずに(オーガニックに)ユーザーを集めるための一連の施策。

 M&Aのデューデリジェンス(DD)において、我々アドバイザーはWebサイトの「表面的なPV数」だけを見ることはありません。その「トラフィックの質」と「持続可能性(リスク)」を徹底的に分析します。

M&AにおけるSEOのDD(デューデリジェンス)項目

  1. トラフィックの「源泉」と「質」:
    • 流入チャネル: 全トラフィックのうち、オーガニック検索(SEO)の割合はどれくらいか? 広告(PPC)やSNS、直接流入(ブックマークなど)の割合は?(SEO比率が高いほど、広告費削減効果=高収益性として評価されます)
    • CVR (コンバージョン率): サイト訪問者がどれだけ「顧客(問い合わせ、購入)」に転換しているか。PVが多くてもCVRが低ければ価値は限定的です。
    • 流入キーワード:
      • 指名検索(会社名、商品名)が多いか? → ブランドロイヤルティが高い。
      • 一般キーワード/購買系キーワード(例:「港区 M&A アドバイザー」)で上位表示されているか? → 新規顧客獲得力が高い。(これがSEO資産の核です)
  2. SEO施策の「健全性(リスク)」:
    • ブラックハットSEOの有無: Googleのガイドラインに違反する施策(例:不自然な被リンクの購入、コンテンツの自動生成)を行っていないか。
    • もし違反が発覚した場合、Googleからペナルティを受け、検索順位が急落し、Webサイトの価値が一夜にしてゼロになるリスクがあります。これはDDにおける最重要チェック項目(ディールブレイカー)の一つです。
    • E-E-A-T (経験, 専門性, 権威性, 信頼性): Googleが重視する品質評価基準。特にYMYL(Your Money Your Life:お金や健康など人生に大きな影響を与える領域)ジャンルにおいて、コンテンツの信頼性が担保されているか。
  3. コンテンツの「資産性」:
    • 単なるブログ記事の寄せ集めではなく、体系的(網羅的)で、専門性が高く、陳腐化しにくい(エバーグリーンな)コンテンツがどれだけ蓄積されているか。
    • これらのコンテンツが、将来にわたって安定的にリードを生み出す「資産」として機能するかを評価します。
  4. 被リンクの「質」:
    • 他の優良なサイト(官公庁、業界団体、大手メディアなど)から、どれだけ「良質な」被リンク(推薦状のようなもの)を獲得しているか。これはドメインパワー(サイトの信頼度)に直結し、一朝一夕では築けない「堀」となります。

これらの分析の結果、「このWebサイトのオーガニック流入は安定的かつ健全であり、今後も高い確率でキャッシュフローを生み出し続けるだろう」と判断されれば、インカムアプローチにおける事業計画は強気(高い成長)に設定され、結果としてWebサイトの評価額は劇的に上昇します。

5. 法務・税務上の留意点:見落とせないリスク

Webサイトの評価は、価値(バリュー)の側面だけでなく、リスク(法務・税務)の側面からも精査されます。

  • 法務DD:
    • 著作権・肖像権: サイト内の記事、画像、動画は、他者の権利を侵害していないか?(フリー素材の規約違反、盗用など)
    • 広告表示(景表法・薬機法): 特にアフィリエイトサイトや健康・美容系のECサイトにおいて、誇大広告や法律違反の表現がないか。
    • 個人情報保護法: 顧客情報の管理体制、プライバシーポリシーの記載は適切か。
    • ドメインの所有権: M&A後にドメインが失効するリスクはないか。
    • これらの項目で重大なコンプライアンス違反(瑕疵)が見つかれば、M&Aの取引価格は大幅に減額されるか、最悪の場合、取引自体が破談(ディールブレイク)となります。
  • 税務DD:
    • 事業譲渡か株式譲渡か: M&Aのスキームによって、Webサイトの「価値」に対する課税関係が変わってきます。
    • 事業譲渡の場合: Webサイト(およびそれに関連する資産)を「営業権(のれん)」や「無形資産」として個別に売買します。この「簿価(会計上の価格=ゼロ円)」と「時価(M&Aでの評価額)」の差額(譲渡益)に対して、売り手企業(法人)に法人税が課税されます。
    • 株式譲渡の場合: 売り手(株主)が株式を売却するのみであり、Webサイトの評価額が直接的に税務に影響することは少ないですが、その評価額が「株式の価値」を構成する一要素となります。

6. M&Aを見据え、Webサイトの価値を高めるために

もし、皆様が将来的にM&A(事業売却、イグジット)を少しでも視野に入れているのであれば、今から「Webサイトという資産」を意識的に磨き上げることを強く推奨します。

  1. ①「計測可能」にする(最重要):
    • 「なんとなく儲かっている」では、M&Aの評価テーブルには乗りません。
    • Google Analyticsや各種CRMツールを導入し、「Webサイト経由の問い合わせが、どれだけ売上に貢献しているか」を数値で追跡・証明(アトリビューション分析)できるようにしてください。
    • この「データ」こそが、インカムアプローチ評価の根拠(エビデンス)となります。
  2. ②「属人性」を排除する:
    • 「あの担当者しかサイトの更新ができない」「SEOのノウハウが特定の個人の頭の中にしかない」という状態は、M&Aにおいて大きなリスク(減額要因)です。
    • CMS(コンテンツ管理システム)を導入し、運用マニュアルを整備し、組織としてWebサイトを運営できる体制を構築してください。
  3. ③「健全性」を担保する:
    • 短期的な成果を求めて、ブラックハットSEOや法的にグレーな広告表現に手を出してはいけません。
    • 時間はかかっても、良質なコンテンツを蓄積し、E-E-A-Tを高めるという「王道」のSEOこそが、M&Aで最も高く評価される「持続可能な資産」を築きます。

結論

 M&Aの世界において、企業価値は「B/S(貸借対照表)の純資産」で決まることはありません。それは単なる過去の清算価値です。真の企業価値は、その企業が持つ「将来の収益力(キャッシュフロー)」によって決まります。

 皆様が日々育てているWebサイトは、会計上「ゼロ」かもしれません。しかし、それが安定的に顧客を呼び込み、高い収益性を生み出しているのであれば、それはM&Aにおいて買い手が喉から手が出るほど欲しがる「隠れた宝石(Hidden Gem)」であり、強力な「簿外資産」です。自社のWebサイトが持つ「真の価値」を理解すること。それは、M&Aという「企業の将来を決める重要な交渉」において、皆様の手元に残る対価を最大化するための、第一歩なのです。

 もしご自身の会社のWebサイトの「M&Aにおける価値」について、より具体的な評価やアドバイスが必要であれば、我々のような「見えざる資産」の評価に精通した専門家にご相談いただくことをお勧めします。

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲

M&A仲介業、M&Aアドバイザリー。前職は東証プライム上場グループ会社の代表取締役社長として、DX・Webマーケティング支援事業を経営、経営実務としてのファイナンス経験を活かしてM&Aアドバイザリー事業を創業。並行して自己勘定投資会社も経営し、プロ経営者・プロ投資家の双方の視点で顧客の事業価値最大化を支援しています。

経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度、日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)在籍、東京商工会議所登録。M&Aシニアエキスパート資格保有。

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