1. 取引概要
MUSCAT GROUPは2025年10月16日、化粧品ブランド「Fujiko」「b idol」を展開する株式会社かならぼを完全子会社化すると公表しました。取得価額は11億1,600万円から12億1,600万円の範囲で、支払は2025年10月末と2027年5月末の2回に分割して実施されます。
対象会社(かならぼ)の直近期(2024年9月期)実績は以下のとおりです。
- 売上高:30億7,000万円
- 営業利益:1億9,600万円
- 純資産:4億9,400万円
本稿では、本件M&Aをバリュエーション(企業価値評価)の観点から解説します。

2. バリュエーション手法の適用
M&Aにおける株価算定には、主に以下3つのアプローチが用いられます。
- マーケットアプローチ(市場株価法、類似会社比準法)
市場の株価や類似企業の株価指標(PER=株価収益率、EV/EBITDA倍率など)を参照する方法。 - インカムアプローチ(DCF法、配当還元法)
将来キャッシュフローを割引率で現在価値に換算する方法。成長性を反映できる。 - コストアプローチ(純資産法)
貸借対照表上の純資産を基礎に算定する方法。資産性が高い事業に適する。
今回のケースは非上場企業であり、またブランド価値・成長余地を評価する必要があるため、DCF法と類似会社比準法の併用が妥当と考えられます。
3. 類似会社比準法による評価
化粧品・美容セクターの上場企業(資生堂、コーセー、ファンケル等)の直近PERは20〜30倍程度、EV/EBITDA倍率は10〜15倍が一般的です。
かならぼの営業利益(EBIT)は約2億円。仮にEV/EBITDA倍率を12倍とすると、企業価値(EV)は24億円前後と試算されます。純有利子負債が軽微であると仮定すれば、株式価値も同程度です。
一方、今回の取得価額は11〜12億円とされており、倍率的にはEV/EBIT ≒ 5〜6倍にとどまります。業界平均に比べ大幅に割安な条件です。
4. DCF法による検証
DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法では、将来のフリーキャッシュフロー(FCF)を資本コストで割り引きます。
仮に以下の前提を置きます。
- 売上高成長率:年率5%(新ブランド拡充効果)
- 営業利益率:6.4%(現状維持)
- WACC(加重平均資本コスト):8%
- 永続成長率:1%
この場合、FCFは初年度約1.3億円からスタートし、5年後に約1.6億円へ増加。永続価値を含めると、DCFによる企業価値は概ね18〜20億円規模と見込まれます。
したがってDCF法でも、取得価額(11〜12億円)は控えめであり、買収側に有利な条件といえます。
5. 純資産法の視点
か ならぼの純資産は4.9億円。買収額は純資産の約2.3倍に相当します。ブランドビジネスでは通常、のれん(Goodwill)が評価の中心となり、倍率は3〜5倍程度も珍しくありません。
本件では倍率が抑制されており、将来減損リスクも限定的です。会計上も安定した買収と評価できます。
6. のれんと会計・税務上の処理
取得価額と純資産との差額は「のれん」として計上されます。今回の場合、のれんは約6〜7億円。日本基準では償却(通常20年以内)が必要で、将来のPLに影響します。
税務上は、のれん償却は損金算入可能であるため、法人税の軽減効果を伴います。ただし過大な場合は減損リスクが高まり、監査上の注視点となります。
7. 戦略的シナジーの評価
MUSCAT GROUPは既存の美容用品ブランドを展開しており、かならぼの買収は次のシナジーが見込まれます。
- ブランドポートフォリオ拡充:「Fujiko」「b idol」など若年層向けブランドを獲得し、既存顧客とのクロスセルを狙える。
- 販路シナジー:既存流通網にかならぼ商品を乗せることで販売効率を高める。
- 開発力強化:研究開発・商品企画の融合によるヒット商品の創出。
これらのシナジーを考慮すれば、DCFで算定した20億円近い企業価値は十分に合理性を持ちます。
8. アドバイザリー費用について

9. 総合評価
本件M&Aは以下の特徴を有しています。
- 取得価額はDCF・類似会社比準の双方からみて割安水準
- のれんは6〜7億円程度と妥当な範囲
- シナジー効果により企業価値は20億円前後まで拡大余地
- 財務的リスクは限定的で、税務上のメリットも一定程度存在
結論として、本件は戦略的合理性と財務的合理性が両立した良質なM&Aと評価できます。
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