エグゼクティブ・サマリー
『中小企業M&A専門人材(個人)向け使命、倫理・行動規範、知識スキルマップ(2025年4月中小企業庁 事業環境部 財務課)』(https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline/skills-map.pdf )は、中小企業庁が2025年4月に公表したもので、中小M&Aに従事する専門人材(個人)が備えるべき「使命」「倫理・行動規範」「知識・スキル」を網羅的に定義したものです 。事業承継問題の深刻化を背景に、質の高いM&A専門人材を増加させ、中小企業の持続的成長と日本経済の生産性向上に寄与することを目的としています 。
本資料はページ数が190ページとなり、かなり長文のため本記事にて要約させていただきます。最後に最新のM&Aガイドラインに基づく注意事項を箇条書きにいたしました。本スキルマップ策定の背景には、経営者の高齢化と後継者不在による「大廃業時代」という、日本経済が直面する待ったなしの課題があります 。貴重な経営資源の散逸を防ぐ切り札としてM&Aの重要性が増す一方、アドバイザーの質や業務の透明性に関する問題が顕在化していました。中小企業庁の狙いは明確です。専門人材の「型」を定義することで、①サービスの質を担保し、②依頼者(中小企業経営者)を保護し、③M&A市場全体の信頼性を向上させることにあります。これは、我々アドバイザーにとって、自らの提供価値を客観的なモノサシで証明することが求められる時代の到来を意味します。
本資料は、以下の三つの階層で専門人材の要件を定義しています 。
- 使命 (Mission): M&A支援を通じて依頼者の利益を実現し、事業の継続・成長に貢献することで、日本経済の発展に寄与すること 。単なる取引成立をゴールとせず、その後の事業成功までを見据えた視点が求められます。
- 倫理・行動規範 (Ethics & Code of Conduct): 全48条からなる詳細な規範が示されています 。特に、FA(フィナンシャル・アドバイザー)と仲介者の役割の違いを明確に理解し、仲介者には厳格な利益相反管理が求められる点が強調されています 。顧客利益の優先、善管注意義務、秘密保持、誠実な情報提供などが柱となっています。
- 知識・スキルマップ (Knowledge & Skill Map): M&Aを「総合格闘技」と称し、求められる能力を広範に定義しています 。
- M&Aプロセス: 「事前相談」から「PMI(クロージング後)」まで8つのフェーズに分解 。
- 知識領域: ①M&A実務、②ビジネス、③会計、④法務、⑤税務、⑥情報の6領域 。
- スキル: ①対業務スキル(プロジェクトマネジメント等)、②対関係者スキル(コミュニケーション、ファシリテーション等)の2種別に整理されています 。
- 特徴: 各プロセスで求められる具体的な「ポイント」「知識」「スキル」が、M&A支援機関登録制度の「遵守事項一覧チェックシート」と連動する形で極めて詳細に記述されています 。これにより、本スキルマップは単なる努力目標ではなく、登録支援機関にとっての実質的な業務基準となっています。
M&Aアドバイザーへのインプリケーション:我々はどう進化すべきか
この新基準は、我々のビジネスモデルと日々の業務遂行に以下の3つの変革を迫ります。
- 「戦略的パートナー」への進化 スキルマップは、事前相談の段階でM&A以外の選択肢(アライアンス、事業再生等)も視野に入れた助言を求めています 。これは、我々が単なるM&Aの実行屋ではなく、クライアントの経営課題全体を俯瞰し、最適な解決策を提示する戦略的パートナーとしての役割を担うべきことを示唆します。クライアントのビジネスモデルと業界構造を深く理解する「ビジネスDD」のスキル が、これまで以上に差別化要因となるでしょう。
- 専門性の深化とエコシステム構築能力 法務、税務、IT、環境など、広範なDD項目が示されていることからも 、一人のアドバイザーが全てをカバーすることは不可能です。自らの専門領域を深く磨くと同時に、各分野の専門家(弁護士、会計士、コンサルタント等)と迅速に連携し、最適なチームを組成するエコシステム構築能力が不可欠となります。スキルマップは、質の高い支援のための積極的な連携を明確に推奨しています 。
- プロセスの厳格化とディフェンシブな実務 M&A支援機関登録制度の遵守事項チェックシートとの連動は、プロセスの厳格な管理と記録保持が、コンプライアンスおよび訴訟リスク管理の観点から必須であることを意味します 。特に、アドバイザリー契約締結前の重要事項説明 、進捗報告義務 、情報管理の徹底 など、クライアントとのコミュニケーションと合意形成の質がこれまで以上に問われます。
結論
中小企業庁が示したスキルマップは、中小M&Aアドバイザーの「あるべき姿」を定義した、業界の成熟に向けたマイルストーンです。これを単なる規制強化と捉えるか、自らの提供価値を進化させる好機と捉えるかで、今後のアドバイザーとしての成否は大きく分かれるでしょう。我々プロフェッショナルは、この新基準を深く理解し、自らの知識・スキル・倫理観を絶えず研鑽することで、クライアントと社会からの信頼を勝ち取り、この変革の時代をリードしていく必要があります。
要点サマリー:
倫理・行動規範 (Ethics & Code of Conduct)
- FAと仲介者の役割の厳格な区別: 支援の前提として、FA(一方の当事者の利益を最大化)と仲介者(双方の共通目的であるM&A成立を目指す)の立場と義務の違いを明確に理解することが求められる 。
- 仲介者の厳格な利益相反管理: 仲介者は、利益相反の可能性を顧客に開示し、中立性を確保しなければならない 。バリュエーションやデューデリジェンス(DD)の結論付けなど、一方の意向が反映されやすい業務を自ら決定してはならない 。
- 顧客利益の絶対的優先: 支援者自身の利益を目的としたり、M&Aの成立のみを目的としたりする支援を明確に禁止している 。顧客がセカンドオピニオンを求めることを妨げず、むしろ推奨することが求められる 。
- 誠実な情報提供と説明義務: 手数料体系、契約の重要事項(専任条項、テール条項等)、M&Aプロセスのリスクについて、依頼者の理解度に合わせて書面を交付し、口頭で明確に説明する義務がある 。
知識・スキルマップ (Knowledge & Skill Map)
- 業務範囲の網羅性: M&Aを「総合格闘技」と位置づけ、財務・法務・税務に留まらず、ビジネス戦略、IT、人事、環境DDなど、極めて広範な知識と、それを遂行するプロジェクトマネジメント能力を要求している 。
- 「事前相談」フェーズの重要性:
- M&A以外の選択肢(アライアンス、廃業等)も検討し、依頼者の真の利益に適う助言を行うことが求められる 。
- 契約前に反社会的勢力との関係性やM&A後の事業継続能力など、依頼者のスクリーニングを徹底する必要がある 。
- 「マッチング」フェーズの中立性:
- ロングリストの作成は、依頼者とのシナジーを最大化する観点で行うべきであり、アドバイザーの都合(リピーター優先等)で候補先を選定してはならない 。
- 「デューデリジェンス(DD)」フェーズの役割:
- アドバイザー(特に仲介者)はDDを自ら実施・結論付けするのではなく、依頼者が必要に応じて士業等専門家の意見を求めるよう助言する立場である 。
- アドバイザーは、DDが円滑に進むよう、依頼者への過度な負担に配慮しつつ、全体の進捗を管理するプロジェクトマネージャーとしての役割を担う 。
- M&Aスキームの専門知識:
- 株式譲渡や事業譲渡といった基本的な手法に加え、会社分割、株式交換、第三者割当増資など、多様なスキームのメリット・デメリット、税務・法務上の留意点を理解し、依頼者の状況に応じて最適解を提案する能力が求められる 。
中小M&Aガイドライン準拠:M&Aプロセス全体に共通する原則
- 顧客利益の絶対的優先: 支援者自身の利益(例:手数料獲得)を目的として、顧客の意に沿わない取引を強引に推進してはならない 。M&A成立後の事業の成功までを見据えた支援が求められる 。
- 善管注意義務の徹底: 職業専門家として、善良な管理者の注意をもって業務を遂行する義務を負う 。これには、M&Aプロセスの適切な進捗管理や、予見されるリスクの報告などが含まれる。
- 厳格な情報管理と秘密保持: 業務上知り得た情報を自己又は第三者の利益のために利用することは厳禁である 。情報開示の範囲・タイミングは都度依頼者と協議し、合意を得る必要がある 。
1. 事前相談・契約締結フェーズ
- 不適切な勧誘の禁止: 虚偽・誇大な広告や、M&Aの意向がない相手への執拗な営業は厳に慎むべきである 。
- 依頼者の信頼性の確認(スクリーニング): 契約締結前に、反社会的勢力との関係性の有無や、M&Aを完遂する意思・能力(財務状況等)を必ず確認する 。
- M&A以外の選択肢の検討: 相談内容によっては、M&Aが最善の選択肢でない場合もある(例:事業再生、アライアンス等) 。常に依頼者の真の利益の観点から、あらゆる可能性を検討し助言する。
- 契約内容の明確な事前説明: 支援業務の範囲、手数料体系(成功報酬の算出基準、最低手数料、着手金等)、専任条項、テール条項といった重要事項は、契約締結前に書面を交付し、口頭で丁寧に説明する義務がある 。依頼者に十分な検討時間を与えることも必須である 。
2. バリュエーションフェーズ
- 仲介者の中立性: 仲介者は、一方の当事者の意向が反映されやすいため、確定的な企業価値評価を実施してはならない 。あくまで参考値であることを明示し、必要に応じて専門家によるセカンドオピニオンを求めるよう促す必要がある 。
- 評価額の変動可能性の明示: バリュエーションの結果は、後のDDの結果等によって変動し得る暫定的なものであり、最終的な譲渡価格ではないことを明確に伝える必要がある 。
3. マッチング・候補先アプローチフェーズ
- ノンネームシートでの情報管理: 譲渡企業が特定されないよう、開示情報の粒度には細心の注意を払う。特にニッチな業界では、事業規模や所在地情報だけで特定されるリスクを認識する必要がある 。
- IM(企業概要書)の正確性: 譲渡企業の魅力を伝える一方、虚偽や過度な誇張は信頼を失墜させる原因となる 。判明しているリスクも誠実に開示することが求められる 。
- 候補先選定の客観性: ロングリストの作成は、依頼者とのシナジーや希望条件に基づき客観的に行うべきであり、アドバイザーの都合(過去の取引関係等)で候補を絞ってはならない 。
- トップ面談の目的の明確化: 不必要に多数のトップ面談を設定することは、依頼者の負担を増やし、安易に後戻りできない心理状況を生む可能性がある。着手金や中間報酬目的の面談設定は厳禁である 。
4. 基本合意フェーズ
- 法的拘束力の範囲の明確化: 基本合意書に記載される事項のうち、どの条項が法的拘束力を持ち(例:秘密保持、独占交渉権)、どの条項が持たないのかを当事者双方に明確に説明し、合意を得る必要がある 。
- 独占交渉権の慎重な付与: 独占交渉権は、他の候補先との交渉機会を失わせるため、その付与や期間については、依頼者の意思に基づき慎重に決定されるべきである 。
5. デューデリジェンス(DD)フェーズ
- アドバイザーの役割の限定: アドバイザー(特に仲介者)は、DDを自ら実施したり、その内容について結論を決定したりすべきではない 。非弁行為等のリスクを回避するため、あくまでDDプロセスの円滑な進行支援(プロジェクトマネジメント)に徹する。
- 依頼者の負担への配慮: DDは依頼者(特に譲渡側)にとって心身ともに大きな負担となる。資料要求の整理や、インタビュー対応への配慮、精神的なケアもアドバイザーの重要な役割である 。
- DD未実施のリスク説明: DDを省略した場合、譲受側は取締役の善管注意義務違反を問われる可能性があり、譲渡側はより広範な表明保証を求められるリスクがあることを双方に説明する必要がある
以上
プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲
コメント