オリックスが足場レンタル大手「杉孝」をカーライルへ958億円で譲渡

 2026年3月4日、オリックス株式会社(東証プライム:8591)は、連結子会社であるSGKホールディングスの全株式を、米投資ファンド大手The Carlyle Group(カーライル・グループ)が組成した特別目的会社(SPC)へ譲渡すると発表しました。譲渡価額は958億円、売却益は約623億円に上る見込みです。

 本件は、オリックスが2020年に「数百億円」で取得した足場・仮設機材レンタル大手の杉孝グループホールディングス(以下「杉孝GHD」)を、わずか約5年の保有期間で約2.9倍のリターンを実現してエグジットするという、PE(プライベート・エクイティ)投資のお手本ともいえる案件です。


目次

第1章 当事者企業の概要

■ 売り手:オリックス株式会社

 オリックスは、1964年にリース事業からスタートし、現在では法人金融、環境エネルギー、不動産、事業投資・コンセッション、銀行、生命保険など多角的に事業を展開する総合金融サービス企業です。2025年に掲げた長期ビジョンおよび新3か年計画において、ROE(自己資本利益率)向上を目的とした「キャピタルリサイクリング」を推進しています。

 ここで申し上げる「キャピタルリサイクリング」とは、投資先企業の価値を高めた上で適切なタイミングで売却し、回収した資金を新たな成長投資に振り向けるという、いわばPEファンド的な資本循環戦略を指します。本件はまさにその戦略の象徴的な案件といえるでしょう。

■ 対象会社:SGKホールディングス/杉孝グループホールディングス

 SGKホールディングスは、オリックスが2020年に杉孝GHDの株式を取得・保有するために設立した特別目的会社(SPC)です。投資事業組合であるOPI2002を通じて90%の株式を保有し、杉孝GHDを連結子会社として管理してきました。

 杉孝GHD傘下の中核会社である株式会社杉孝は、1953年に創業した足場・仮設機材レンタルの老舗企業です。足場・仮設機材レンタル業界において国内第2位のシェアを有し、特に石油プラントや橋梁の補修・メンテナンス工事など、高い安全性が求められる現場に強みを持っています。近年では、BIM(Building Information Modeling:建築物の情報を3Dモデルで一元管理する技術)を活用したデジタル化も積極的に推進し、建設現場の業務効率化に貢献しています。

■ 買い手:The Carlyle Group(カーライル・グループ)

 カーライルは、1987年に設立された世界有数のグローバルPEファンドです。インフラ事業領域での豊富な投資実績と経営支援の知見を有しており、日本国内においても複数のバイアウト案件を手掛けています。本件では、TCG2515株式会社(資本金25,000円、2026年1月21日設立)というSPCを通じて取得を実行します。資本金25,000円の「ペーパーカンパニー」が958億円の買収主体となる点は、LBO(レバレッジド・バイアウト)の典型的なストラクチャーであり、買収後に融資等で資本構成を組み替えることが想定されます。


第2章 本件M&Aの取引概要

項目内容
公表日2026年3月4日
株式譲渡契約日2026年3月4日
株式譲渡実行日(予定)2026年4月中旬
譲渡対象SGKホールディングス全株式のうち90%(2,249,999株)
譲渡価額958億円(90%分)
100%換算株式価値約1,064億円(推定)
売却益(見込み)約623億円(2027年3月期連結決算に計上予定)
推定取得原価(90%分)約335億円(958億円−623億円)
保有期間約5年3か月(2020年12月〜2026年4月)
推定投資倍率(MOIC)約2.86倍(958億円÷335億円)
推定IRR約22%(5.3年間で2.86倍)

 なお、残り10%の株式についても、カーライル側のSPCが取得し最終的に100%子会社化するものと推定されます。開示情報上、10%部分の譲渡条件は明示されていませんが、90%部分から比例按分すると約106億円が妥当な水準と考えられます。


第3章 SGKホールディングスの財務分析

■ 直近3期の連結経営成績

決算期2022年12月期2023年12月期2024年12月期
売上高331.69億円356.28億円365.85億円
営業利益37.02億円29.23億円26.18億円
営業利益率11.2%8.2%7.2%
経常利益35.18億円26.12億円25.16億円
親会社株主帰属当期純利益19.24億円16.24億円14.96億円
純資産248.02億円265.05億円280.29億円
総資産742.41億円745.20億円747.63億円

■ 財務面の注目ポイント

(1)売上高は堅調に成長、一方で利益率は低下傾向

 売上高は3期連続で増収を維持し、2024年12月期には365.85億円に到達しています。しかし営業利益は2022年の37.02億円をピークに2期連続で減少しており、営業利益率も11.2%→8.2%→7.2%と低下傾向にあります。この利益率低下の主因は、建設業界全体が直面する人件費の上昇(いわゆる2024年問題に伴う残業規制の影響)やインフレによる資材コストの増加と推定されます。

(2)2025年12月期は過去最高業績の見込み

 オリックスの開示によれば、杉孝GHDは「今期(2025年12月期)、売上高および営業利益ともに過去最高水準の更新を見込む」とされています。また日本経済新聞の報道でも、2025年12月期の決算は売上高・営業利益ともに過去最高を更新したことが確認されています。つまり、営業利益は2022年12月期の37.02億円を上回る水準、おそらく38〜42億円程度に達したものと推定されます。

(3)純資産の厚みと低い金融コスト

 純資産は280.29億円と総資産747.63億円に対して約37.5%の自己資本比率を示しています。営業利益と経常利益の差額がわずか約1億円と極めて小さいことから、ネット金融費用(支払利息−受取利息)は非常に低い水準にあることがわかります。仮に平均金利を1.5%とすれば、ネットの有利子負債は約68億円程度と推定され、レンタル業としては極めて健全な財務体質といえます。

(4)レンタル業特有の高い減価償却費

 足場・仮設機材レンタル業は、大量の固定資産(レンタル機材)を保有するアセットヘビーなビジネスモデルです。総資産747.63億円のうち、相当部分が足場機材などの有形固定資産で構成されていると考えられます。同業他社の水準や売上高に対する比率から推定すると、年間の減価償却費は70億〜90億円程度に達するものと考えられ、これがEBITDA(後述)の算定において非常に重要な要素となります。


第4章 バリュエーション分析──3つの手法による多角的検証

 本章では、M&Aの実務でよく用いられる以下の3手法により、本件の譲渡価額958億円(90%分)の妥当性を検証します。なお、分析の基礎データとして主に2024年12月期の開示財務数値を使用しますが、2025年12月期が過去最高業績であることを踏まえた考察も併せて行います。

100%換算の株式価値は、958億円÷90%=約1,064億円として以下の分析を進めます。

■ 手法①:年買法(年倍法)による分析

 年買法とは:「純資産+営業利益×◯年分」で株式価値を算出する手法です。中小企業M&Aにおいて広く利用されており、「のれん代を営業利益の何年分として支払うか」を直感的に理解できる点が特長です。計算式は以下の通りです。

株式価値 = 時価純資産 + 営業利益 × N年

 ここで「N」が大きいほど、純資産を超える部分(超過収益力=のれん)に対して高いプレミアムが支払われていることを意味します。一般的なM&A実務では、N=2〜5年が標準的な水準とされています。

【2024年12月期ベースの計算】

項目数値
100%換算株式価値(A)1,064億円
純資産(B)280億円
超過収益力部分(A−B)784億円
営業利益(2024年12月期)(C)26.18億円
年買法の倍率 N=(A−B)÷C約30.0年

【3期平均営業利益ベース】

3期平均営業利益(37.02+29.23+26.18)÷3=30.81億円を用いた場合:

N=784億円÷30.81億円=約25.4年

【2025年12月期推定ベース】

過去最高を更新した2025年12月期の営業利益を仮に40億円と推定した場合:

N=784億円÷40億円=約19.6年

【年買法からの考察】

いずれのシナリオでも、年買法の倍率は約20〜30年と、一般的なM&Aの標準水準である2〜5年を大幅に上回ります。これは年買法だけで見ると極めて「割高」に映る結果です。

しかし、ここで重要なのは年買法の構造的な限界です。年買法は「営業利益」をベースに超過収益力を測定しますが、営業利益には減価償却費が控除されています。足場・仮設機材レンタル業のようにアセットヘビーな業態では、減価償却費が営業利益の数倍に達することもあり、年買法だけでは企業のキャッシュ創出力を正しく評価できないのです。このような業態の評価には、次に紹介するEV/EBITDA法がより適切といえます。

■ 手法②:EV/EBITDA法による分析

 EV/EBITDA法とは:企業価値(EV:Enterprise Value)を、EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization:利払い前・税引き前・減価償却前利益)で割った倍率で投資回収期間の目安を示す指標です。減価償却費の影響を排除できるため、設備投資の大きいレンタル業や製造業の評価において国際的に最も広く使用されています。

EV/EBITDA倍率 = EV ÷ EBITDA

 EV(企業価値)= 株式価値 + ネット有利子負債(有利子負債 − 現預金)
EBITDA = 営業利益 + 減価償却費

 この倍率が示すのは、「事業が生み出すキャッシュフローの何年分の価格で買収するか」という投資回収の目安です。一般的に、日本のM&A市場では5〜10倍が標準的な範囲とされ、成長性の高い企業やインフラ系の安定企業では10倍を超えることもあります。

【EV(企業価値)の推定】

項目推定値算出根拠
100%換算株式価値1,064億円958億円÷90%
推定ネット有利子負債約68億円営業利益と経常利益の差額(約1億円)÷想定金利1.5%
推定EV(企業価値)約1,132億円株式価値+ネット有利子負債

【EBITDAの推定】

 SGKホールディングスは非上場企業であるため、減価償却費の詳細は開示されていません。そこで、足場・仮設機材レンタル業界の収益構造(売上高に対するEBITDAマージンは概ね25〜35%が相場)から、以下の3つのシナリオで推定します。

シナリオEBITDAマージン推定EBITDA
(2024年12月期ベース)
推定減価償却費EV/EBITDA倍率
保守的25%約91億円約65億円約12.4倍
標準30%約110億円約84億円約10.3倍
楽観的35%約128億円約102億円約8.8倍

 さらに、2025年12月期が過去最高業績であることを踏まえ、売上高を380〜400億円、EBITDAマージン30%と仮定すれば、2025年ベースのEBITDAは114〜120億円程度となり、EV/EBITDAは9.4〜9.9倍と10倍をやや下回る水準になります。

【EV/EBITDA法からの考察】

 2024年12月期ベースのEV/EBITDA倍率は8.8〜12.4倍、2025年見込みベースでは9〜10倍程度と推定されます。建設機材レンタル業界のグローバルなM&Aにおいて、EV/EBITDA倍率は概ね8〜12倍が相場圏とされており、本件の評価水準はその範囲内に収まっています。

 年買法で見ると「破格の高値」に見えた本件も、EV/EBITDA法で評価すると業界相場の範囲内であることが確認されました。これは、レンタル業のように減価償却費が大きい業態においては、EBITDAベースの評価が不可欠であることを如実に示しています。営業利益だけに着目すると、こうした業態の真の収益力を大幅に過小評価してしまうリスクがあるのです。

■ 手法③:のれん償却控除後の連結損益インパクト分析

 この分析の意義:買い手にとって最も重要な問いの一つが、「買収後に連結ベースでどれくらいの利益上乗せが期待できるか」です。特に日本基準(J-GAAP)のもとでは、のれん(取得原価と純資産の差額)を一定期間で償却する必要があり、この負担が連結損益に与える影響は無視できません。

のれん = 取得原価(株式価値)− 被取得企業の純資産 = 1,064億円 − 280億円 = 約784億円

 のれんとは、被取得企業の帳簿上の純資産を超えて支払ったプレミアム部分を指します。そこには、ブランド力、顧客基盤、人的資源、技術力、市場シェアなど、財務諸表に表れない「超過収益力」が含まれます。日本基準ではこれを20年以内で定額償却することが求められます(IFRS(国際会計基準)では、のれんの定期償却は行わず減損テストを実施)。

【のれん償却シナリオ別の連結損益インパクト】

項目10年償却15年償却20年償却
のれん総額784億円784億円784億円
年間のれん償却額78.4億円52.3億円39.2億円
対象会社の当期純利益(2024年)14.96億円14.96億円14.96億円
のれん償却後の連結利益寄与▲63.4億円▲37.3億円▲24.2億円
対象会社の営業利益(2024年)26.18億円26.18億円26.18億円
のれん償却後の営業利益寄与▲52.2億円▲26.1億円▲13.0億円

仮に2025年12月期の営業利益40億円、当期純利益を24億円程度と仮定しても:

項目10年償却15年償却20年償却
のれん償却後の純利益寄与(2025年推定)▲54.4億円▲28.3億円▲15.2億円
のれん償却後の営業利益寄与(2025年推定)▲38.4億円▲12.3億円+0.8億円

【連結損益インパクト分析からの考察】

 日本基準でのれんを償却する前提では、いずれのシナリオにおいても連結純利益への寄与はマイナスとなります。営業利益ベースでも、20年償却×2025年推定値の最も楽観的なケースでわずかにプラスとなる程度です。

ただし、本件において極めて重要なポイントが2つあります。

 第一に、カーライルはPEファンドであり、上場企業のような連結会計上の利益追求を行わないことです。PEファンドの投資リターンは、キャッシュベースのIRR(内部収益率)やMOIC(投資倍率)で測定されます。EBITDA水準が110億円前後であれば、LBO(レバレッジド・バイアウト)を活用した投資リターンとして十分なキャッシュフローが見込めます。

 第二に、カーライルがIFRS(国際会計基準)を採用している場合、のれんの定期償却は不要であり、減損の兆候がない限り利益への影響はありません。したがって、日本基準ベースの「連結利益マイナス」という分析結果は、あくまで仮想的なストレステストとしての位置づけで理解すべきです。


第5章 バリュエーション3手法の総合評価

評価手法分析結果水準判断
年買法N=約20〜30年標準(2〜5年)を大幅に上回る
EV/EBITDA法約8.8〜12.4倍業界相場(8〜12倍)の範囲内
のれん償却後連結損益全シナリオで純利益マイナス日本基準では希薄化は不可避

 この3つの結果を総合すると、本件は「会計上の利益ベースでは割高だが、キャッシュフローベースでは妥当な範囲にある」という、アセットヘビー業態のM&Aに典型的な構図であることがわかります。

 M&Aにおけるバリュエーションでは、単一の手法に依存するのではなく、複数の指標を組み合わせて多角的に検証することが不可欠です。特にレンタル業・リース業・インフラ事業のような資本集約型ビジネスにおいては、営業利益だけを見ると判断を誤りやすく、キャッシュフロー指標(EBITDA)を中心に据えた評価が欠かせません。


第6章 オリックスのPE投資としてのリターン分析

 本件は、オリックスの「キャピタルリサイクリング戦略」の成功事例として注目に値します。投資リターンを整理してみましょう。

指標数値
推定取得原価(90%分)約335億円
譲渡価額(90%分)958億円
売却益623億円
保有期間約5年3か月
MOIC(投資倍率)約2.86倍
推定グロスIRR約22%

MOIC(Multiple on Invested Capital)とは、投資額に対して何倍のリターンを得たかを示す指標で、本件では約2.86倍です。IRR(Internal Rate of Return:内部収益率)は、投資の年率換算収益率を示す指標で、約22%と推定されます。

 これらの数値は、グローバルなPEファンドのベンチマーク(上位四分位:MOIC2.0倍以上、IRR20%以上)と比較しても十分に優秀な成績です。オリックスが標榜する「成長支援投資」が実際にバリューアップ(企業価値向上)に結実し、定量的なリターンとして現れた好事例といえるでしょう。

 オリックスが行ったバリューアップ施策としては、ガバナンス強化、競争力の高い組織構築、オリックスグループの営業ネットワークを活用した事業成長支援が挙げられています。売上高は出資時の約325億円(2019年12月期)から2025年12月期には過去最高を更新するまで成長しており、トップライン(売上高)の拡大に明確な寄与があったことが窺えます。


第7章 カーライルの投資仮説と戦略的意義

■ なぜカーライルは杉孝に約1,064億円の価値を見出したのか

 カーライルが本件に高い評価を付けた背景には、以下のような投資仮説があると推察されます。

(1)インフラ老朽化に伴う中長期的な需要の底堅さ

 日本の社会インフラの多くは高度経済成長期に整備されたものであり、今後数十年にわたって大規模な補修・更新需要が見込まれます。国土強靱化基本計画の推進もあり、足場・仮設機材の需要は構造的に底堅い成長が期待できます。こうした「必需サービス」としての安定性は、PEファンドが好む投資テーマの一つです。

(2)業界再編による成長余地

 足場・仮設機材レンタル業界は、大手企業が少数存在する一方で、中小の地域密着型企業も多く、M&Aによる業界再編(ロールアップ戦略)の余地が大きい市場です。カーライルは、杉孝をプラットフォームとして追加的なM&Aを実行し、規模の経済とシェア拡大を図る可能性があります。

(3)価格転嫁力と収益性改善の余地

 2022年から2024年にかけて営業利益率が低下していますが、これは裏を返せば収益性改善の余地が残されているということでもあります。カーライルのようなオペレーション改善に長けたPEファンドにとっては、コスト構造の見直しや価格転嫁戦略の推進によって利益率を回復させる余地は十分にあるでしょう。

(4)LBOストラクチャーとの適合性

 EBITDAが110億円前後と推定される安定したキャッシュフロー創出力は、LBOのデットサービス(借入返済)に十分な余力を提供します。加えて、足場機材という有形資産がABL(アセット・ベースド・レンディング:資産を担保とした融資)の裏付けとなるため、調達コストの面でも有利な条件を引き出しやすい案件といえます。


※本記事は公開情報に基づく独自の分析であり、特定の投資判断を推奨するものではありません。実際のM&A取引においては、個別の事情を踏まえた専門家への相談をお勧めいたします。

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲
中小企業オーナー・経営者を対象に、M&Aにおける会社売却・事業売却・事業承継の意思決定支援を専門とする独立系M&Aアドバイザー。企業価値評価(株価算定)、売却判断の是非、提示条件の妥当性検証など、経営者にとって不可逆となるM&A意思決定を第三者の立場から支援している。

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