弁護士ドットコム(6027)による日本リーガルネットワーク子会社化を読み解く

目次

はじめに

 2026年2月12日、東証プライム上場の弁護士ドットコム株式会社(証券コード:6027)が、株式会社日本リーガルネットワークの全株式を取得し、完全子会社化することを発表しました。株式譲渡実行日は2026年4月1日を予定しています。このM&Aは、いわゆる「リーガルファイナンス」と呼ばれる新たな事業領域への参入を意味するものであり、弁護士ドットコムが長年掲げてきた「二割司法の解消」というミッションに、直接的な打ち手を加える戦略的な一手です。

 なお、本稿における分析は、あくまで公開情報に基づく筆者独自の推定・試算であり、実際の取引条件を保証するものではございません。投資判断等においては、必ずご自身の責任で一次情報をご確認ください。


本件M&Aの基本スキーム

 まず、本件M&Aの基本的な構造を整理いたします。取得者は弁護士ドットコム株式会社、対象会社は株式会社日本リーガルネットワーク(本社:東京都港区南青山)です。スキームは株式譲渡(全株式取得)による完全子会社化です。取締役会決議および株式譲渡契約の締結は2026年2月12日、クロージング(株式譲渡の実行)は2026年4月1日の予定となっています。

 なお、日本リーガルネットワークはATE株式会社(以下「ATE」)を100%子会社として保有しているため、本件の完了後は、ATEも弁護士ドットコムの連結子会社(孫会社)となります。取得株式数は1,024,608株(議決権の数:931,093個)で、取得前の保有はゼロです。取得後の議決権所有割合は100%となります。

取得価額について

 本件において最も注目すべき点のひとつが、取得価額が非公表とされていることです。開示資料においては「当事者間の守秘義務契約により非開示」と記載されつつ、「適時開示基準に該当しない軽微基準の範囲内(当社の純資産額の15%未満)」であることが明記されています。

 ここで「軽微基準」とは何かを補足いたします。これは、東京証券取引所の有価証券上場規程における適時開示ルールのひとつで、子会社取得の場合、取得価額が連結純資産額の15%未満であれば、取得価額の開示義務が免除される基準です。つまり、取得価額が一定の水準以下であることを意味する、実務上非常に重要なシグナルとなります。

 弁護士ドットコムの2025年3月期末(2025年3月31日時点)の連結純資産額は、2026年3月期第2四半期決算短信のデータから逆算すると、概算で約54億円と推定されます(2026年3月期第2四半期末の連結純資産61.23億円が前年度末比12.6%増であることから逆算)。したがって、本件における取得価額の上限は以下のとおり推定されます。

 約54億円 × 15% = 約8.1億円(810百万円)

すなわち、取得価額は最大でも約8.1億円以内であると合理的に推定できます。


買い手企業:弁護士ドットコムの概要

 弁護士ドットコム株式会社は、2005年に法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」の運営を開始し、2014年に東証マザーズ(当時)へ上場しました。現在は東証プライム市場に上場しています。同社の事業は大きく二つのセグメントに分かれています。ひとつは、法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」や「税理士ドットコム」などのメディア事業(2026年3月期より「プロフェッショナル支援事業」に名称変更)。もうひとつは、契約マネジメントプラットフォーム「クラウドサイン」を中心とするIT・ソリューション事業(同「クラウドサイン事業」に名称変更)です。

 2026年3月期第2四半期(中間期)の連結業績は、売上高77.64億円(前年同期比16.0%増)、営業利益10.84億円(同98.8%増)と大幅な増収増益を記録しています。通期の連結業績予想は、売上高161億円(前期比14.4%増)、営業利益20億円(同43.9%増)、EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)30億円(同38.3%増)です。

 注目すべきは、「弁護士ドットコム」には国内全弁護士の約54%にあたる24,600名が会員登録しており、月間サイト訪問者数は691万人に達するという、法律領域における圧倒的な顧客基盤を有している点です。この基盤こそが、本件M&Aにおける最大の「シナジーの源泉」になると考えられます。


対象会社:日本リーガルネットワークと「アテラ」の事業モデル

会社概要と沿革

 株式会社日本リーガルネットワークは2015年4月に設立されたリーガルテック・スタートアップです。代表取締役CEO兼COOの南谷泰史氏は、西村あさひ法律事務所での弁護士としてのキャリア、そしてボストン・コンサルティング・グループでの経営コンサルタント経験を経て、同社を創業しています。資本金は96百万円です。同社の完全子会社であるATE株式会社が、主力サービスである「アテラ」(個人向け)および「ATEリスク補償」(法人向け)を提供しています。

「アテラ」のビジネスモデル

 「アテラ」は、日本初のトラブル発生後に契約可能な弁護士費用提供・補償サービスです。従来の弁護士費用保険が「トラブル発生前に加入」を前提とするのに対し、「アテラ」は「すでにトラブルに直面している人」が事後的に利用できるという点で、根本的に異なるサービス設計がなされています。

サービスの仕組みは以下のとおりです。

 まず、金銭等の請求を弁護士に依頼する際に必要となる初期費用(着手金・実費等)をATE株式会社が立て替えます。利用者は初期費用の負担なく、弁護士に依頼することが可能になります。次に、敗訴した場合や、勝訴・和解したものの金銭等が得られなかった場合は、立て替えた費用をATE株式会社が負担(補償)します。つまり、利用者にとって「弁護士費用で赤字になるリスク」がゼロになります。

そして、請求に成功し金銭等が得られた場合には、回収した金額の一部をリスク補償料としてATE株式会社に支払うという収益モデルです。

このビジネスモデルは、英国で発展したATE(After-The-Event)保険の概念を日本の法制度に適合させたもので、保険業法の適用がないことについては金融庁への確認を経ており、貸金業法・弁護士法・利息制限法・出資法等との関係についても法律事務所の意見書による確認がなされている旨が公表されています。

リーガルファイナンスという市場

 「リーガルファイナンス」あるいは「リティゲーション・ファイナンス(訴訟ファイナンス)」は、欧米では既に確立された市場です。オーストラリア証券取引所に上場するOmni Bridgeway社(日本リーガルネットワークの投資家でもある)のような大手プレイヤーが存在し、グローバルな訴訟資金の供給を行っています。一方、日本ではまだ黎明期にあります。法的トラブルに遭遇した際に弁護士等の専門家に相談する人の割合がわずか約2割にとどまる「二割司法」問題の背景には、費用面の障壁が大きく横たわっています。リーガルファイナンスは、この障壁を取り除くための有力な手段として注目されています。


対象会社の財務分析

 日本リーガルネットワークの直近3期の財務データを分析いたします。なお、開示資料に記載のとおり、ATE株式会社を含む合算値です。

経営成績(3期比較)

 2023年9月期は、売上高144百万円に対し、営業損失は37百万円でした。2024年9月期は、売上高が39百万円へと大幅に減少し、営業損失は62百万円に拡大しました。2025年9月期は、売上高29百万円、営業損失38百万円となっています。

財務状態(3期比較)

 2023年9月期は、純資産218百万円、総資産411百万円でした。2024年9月期は、純資産340百万円、総資産591百万円に増加しました。2025年9月期は、純資産303百万円、総資産432百万円に減少しています。

バリュエーション分析:3つの手法による推定

 ここからは、M&Aにおける代表的なバリュエーション手法を用いて、本件の取得価額を推定してまいります。取得価額は非公表ですが、「軽微基準(純資産の15%未満)」という条件から上限が約8.1億円であることは前述のとおりです。

手法1:年買法(年倍法)による評価

 年買法とは、対象会社の純資産に営業利益の数年分を加算して企業価値を算出する手法です。中小企業やスタートアップのM&Aにおいて実務上頻繁に用いられる簡便法であり、「帳簿上の財産的価値(純資産)+将来の収益力(営業利益の複数年分)」として企業価値を捉える考え方です。

計算式は以下のとおりです。

企業価値 = 純資産 + 営業利益 × N年分

本件においては、直近期(2025年9月期)の純資産は303百万円、営業利益は△38百万円(マイナス)です。

1年分で計算した場合:303百万円 +(△38百万円 × 1年)= 265百万円(約2.7億円)

3年分で計算した場合:303百万円 +(△38百万円 × 3年)= 189百万円(約1.9億円)

 3期平均の営業損失(△45.7百万円)を用いて3年分で計算した場合:303百万円 +(△45.7百万円 × 3年)= 166百万円(約1.7億円)

 ここで重要なのは、営業利益がマイナスである場合、年買法ではNの値(営業利益の乗数)が大きくなるほど企業価値が低くなるという、通常とは逆の結果になることです。

 年買法に基づく企業価値の推定レンジは、約1.7億円~2.7億円です。ただし、年買法はあくまで「現在の収益水準が継続する」という前提に立つ簡便法であり、スタートアップの将来成長性やシナジー効果を織り込むことができません。赤字企業の評価においては、年買法単独では過小評価となりやすい点にご留意ください。

手法2:のれん・連結影響分析

 この赤字を吸収しつつプラスに転じるために必要な収益改善幅を考えてみましょう。ケースBの場合、連結でプラス寄与を生むには、対象会社が営業損失△38百万円を脱却し、年間39百万円超の営業利益を創出する必要があります。すなわち、現状から約77百万円のスイング(改善)が求められることになります。これは容易な道のりではありませんが、弁護士ドットコムの月間691万人という訪問者基盤を活用したサービス普及が奏功すれば、十分に射程圏内であると考えます。


取得価額の推定レンジ

以上3つの手法と軽微基準の上限をまとめると、取得価額は以下のレンジに収まると推定されます。

 下限の目安としては、純資産額の303百万円(約3億円)が意識される水準です。対象会社の株主は、少なくとも簿価純資産を下回る水準での売却には応じにくいと考えるのが合理的です。特に、マイナビやマネックスベンチャーズ、セゾン・ベンチャーズ、さらにはオーストラリア上場企業のOmni Bridgewayといった機関投資家が株主に名を連ねていることから、一定のリターンが確保できる水準が交渉上の下限となるでしょう。

 上限としては、軽微基準に基づく約810百万円(約8.1億円)です。


戦略的シナジーの考察

 本件を単なる財務投資としてではなく、戦略的M&Aとして評価する際に重要なのは、シナジー(相乗効果)の実現可能性です。

顧客基盤の活用による「アテラ」の普及加速

 弁護士ドットコムは月間691万人のサイト訪問者と24,600名超の弁護士会員を擁しています。法律トラブルを抱えてサイトを訪問するユーザーに対し、弁護士紹介と同時に「アテラ」による費用支援を提案できるようになれば、ユーザーの弁護士依頼率(コンバージョン率)の向上が見込まれます。これは弁護士ドットコムのメディア事業の収益強化にも直結する、双方向のシナジーです。

AI技術の融合と「リーガルブレイン構想」

 開示資料では「両社の知見とAI技術の融合によるプロダクト開発および『リーガルブレイン構想』の推進」が言及されています。リーガルファイナンスにおいては、案件の勝訴確率や回収可能性の評価精度が事業の根幹を左右します。弁護士ドットコムが蓄積する膨大な法律相談データと判例データベースをAIで分析し、案件審査の精度向上に活用できれば、「アテラ」の収益性改善に大きく寄与する可能性があります。

新たな収益モデルの構築

 弁護士ドットコムの既存事業は、弁護士からの月額課金やクラウドサインの利用料がベースであり、いずれもSaaS型(ストック型)の安定収益モデルです。ここにリーガルファイナンスの成功報酬型収益が加わることで、収益構造の多様化が実現します。


連結業績への影響と今後の見通し

 開示資料によれば、本件に伴う2026年3月期通期連結業績への影響は「軽微」とされています。株式譲渡実行日が2026年4月1日であり、当期(2026年3月期)末日と同日であるため、連結対象となるのは実質的に翌期(2027年3月期)からと考えるのが妥当です。

 2027年3月期通期連結業績への影響については「現在精査中」とされており、今後の開示が待たれます。先述の分析に基づけば、のれん償却費を含めて年間約40~78百万円程度の営業利益マイナス影響が初年度に生じると推定されますが、弁護士ドットコムの通期営業利益20億円に対しては概ね3~4%程度のインパクトに留まります。


おわりに

 本件は、「社会課題の解決」と「事業成長」を両立させようとするM&Aの好例として、注目に値するディールです。弁護士ドットコムが掲げる「二割司法の解消」というビジョンに対し、リーガルファイナンスは極めて直接的かつ実効的なソリューションとなり得ます。

 M&Aは、実行して終わりではなく、PMI(Post-Merger Integration、経営統合プロセス)においてシナジーを実現してこそ意味を持ちます。弁護士ドットコムが有する顧客基盤・データ・ブランド力と、日本リーガルネットワークが蓄積してきたリーガルファイナンスの実務知見・法的スキームがどのように融合していくのか。その行方を、引き続き注視してまいりたいと思います。


(注記:本稿における分析は、弁護士ドットコム株式会社の適時開示資料、決算短信および公開されている企業情報をもとに、筆者が独自に行った推定・試算です。実際の取引条件や企業価値とは異なる場合がございます。本稿は投資の勧誘や助言を目的としたものではなく、投資に関する最終的な判断はご自身の責任でお願いいたします。)

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲
 中小企業オーナー・経営者を主たる対象として、M&Aにおける会社売却・事業売却・事業承継に関する
企業価値算定(株価算定)・売却判断の是非・取引条件の妥当性検証を専門とする、
独立系M&A仲介業/アドバイザリーを経営。

 M&A仲介を前提とせず、
「現時点で売却すべきか否か」
「提示されている価格・条件は合理的か」
経営者にとって最も重要かつ不可逆な意思決定に特化したコンサルティングを提供。


▶ 経歴と専門領域
 前職では、東証プライム市場上場グループ会社において代表取締役社長を務め、
DX・Webマーケティング支援事業の成長戦略立案および実行を主導。
その過程で、買収側としてのM&A実務、企業価値評価、条件交渉、意思決定を一貫して経験。

 また大手上場企業に対する長期コンサルティングの一環として、M&A後のPMI(統合プロセス)に約10年弱関与し、
買収後に企業価値が毀損する実例・構造的要因に関与し支援。

 その実務経験を強みとして、「M&A仲介ありきでは意思決定を誤るケースが多い」という問題意識から
中立・第三者の立場で判断を支援するM&Aアドバイザリー事業を創業。


▶ 保有資格・所属団体等

 ・経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度
 ・日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)
 ・東京商工会議所
 ・一般社団法人金融財政事情研究会M&Aシニアエキスパート資格
 ・公益社団法人日本証券アナリスト協会プライマリープライベートバンカー資格

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