買収監査:デューデリジェンス(DD)とは?M&A基本合意後に「減額・破談」を防ぐ準備と進め方【売り手向け完全ガイド】

 オーナー経営者にとって、長年手塩にかけて育ててきた会社を譲渡するという決断は、人生で最も重い決断の一つです。買い手企業候補との交渉が一段落し、双方が譲渡条件に大枠で合意した際に締結されるのが「基本合意書(MOU/LOI)」です。

 基本合意は、買い手が多額の費用を投じてあなたの会社を徹底的に調査するプロセスの「入口」に過ぎません。この調査プロセスが「デューデリジェンス(Due Diligence、以下DD)」です。

 本稿では、基本合意後に譲渡価格の「減額」や「破談(ディールブレイク)」を引き起こさないための、売り手側におけるDD対策と準備の作法を、実務家の視点から徹底的に解説します。


目次

1. デューデリジェンス(DD)とは:定義・目的・なぜ基本合意後に行うのか

1-1. デューデリジェンスの定義

 デューデリジェンス(DD)とは、買い手が対象会社の価値(Value)とリスク(Risk)を、外部専門家(公認会計士、税理士、弁護士、社会保険労務士等)と共に詳細に調査するプロセスです。

 買い手は、基本合意時点までに提示された財務諸表、事業計画、その他の開示情報がどこまで真実であり、かつ将来の収益を阻害する「地雷(偶発損失)」が潜んでいないかを検証します。

1-2. 買い手がDDで達成したい3つの目的

 買い手が数百万から数千万ものコストを払ってDDを行うのには、明確な目的があります。

  1. 投資価値の検証:提示された譲渡価格(バリュエーション)が妥当か。EBITDAや将来キャッシュ・フローに持続性はあるか。
  2. リスクの特定:簿外債務、法令違反、係争、契約解除、キーマン依存など、買収後に損失を招く要因の洗い出し。
  3. PMIの準備:買収後の統合プロセス(PMI:Post Merger Integration)において、どのような障害があるか、どの程度の統合コストがかかるかを見積もる。

1-3. なぜ「基本合意(MOU/LOI)」の後にDDを行うのか

 DDには、双方にとって大きな負担が伴います。買い手側は専門家への報酬が発生し、売り手側は機密情報を開示するリスクを負います。

 そのため、まずは「主要条件(価格・時期・独占交渉権など)」について基本合意書(MOU:Memorandum of Understanding)を締結し、「この条件ならば、お互いに成約を目指す価値がある」と握り合ってから、初めて深い情報開示(DD)へと踏み込むのがM&Aの定石です。

【専門用語解説:独占交渉権】

基本合意締結から一定期間、売り手が他の買い手候補と交渉することを禁止する権利です。買い手はDDに多額の費用を投じるため、この権利を強く求めます。


2. 売り手が押さえるべきDDの主要分野

中堅・中小企業のM&Aにおいて、DDは主に「財務・税務」「法務」「ビジネス」の3つの側面から行われます。

2-1. 財務・税務DD:価格を左右する「正常収益力」と「実態純資産」

 財務DDでは、公認会計士や税理士が過去3~5年分の数字を精査します。中小企業の決算書には、往々にしてオーナー個人の私的経費や節税目的の処理が含まれていますが、買い手はそれらを「剥ぎ取って」分析します。

  • 正常収益力の把握:役員報酬の適正化、私的経費の否認、一過性の損益(助成金や事故による保険金など)を除外し、会社本来の稼ぐ力を算出します。
  • 実態純資産の検証:帳簿上の資産が実際に価値を持っているか。回収不能な売掛金、価値のない滞留在庫、過大に計上された固定資産などを精査し、純資産を再計算します。

2-2. 法務DD:破談に直結する「契約」と「労務」

弁護士が担当する法務DDは、価格以上に「取引の継続性」を確認する意味合いが強くなります。

  • COC(チェンジ・オブ・コントロール)条項:「株主が変わる(経営権が移転する)場合に、相手方の承諾が必要」という契約条項です。主要な仕入先や販売先との契約にこれがある場合、M&A後にビジネスが継続できないリスクが生じます。
  • 労務リスク:未払い残業代の有無、36協定の遵守状況、ハラスメント問題。特に「未払い残業代」は過去数年に遡って請求されるリスクがあるため、数千万円規模の「隠れ債務」として減額要因になりやすい項目です。

2-3. ビジネスDD:属人性と競争優位の証明

 買い手自身やコンサルティング会社が行う調査です。「なぜこの会社は儲かっているのか?」「その理由は、社長が交代しても継続するのか?」を検証します。

  • 属人性の確認:社長一人の人脈や技術で成り立っているビジネスは、買い手から見て「リスク」でしかありません。
  • 顧客集中度:特定の1社に売上の大半を依存している場合、その1社との契約終了が会社の倒産に直結するため、評価が下がります。

3. デューデリジェンスで「減額・破談」になりやすい典型パターン

 DDの結果、基本合意で提示された価格が「維持」されるケースは決して多くありません。多くの場合は何らかの調整が入ります。最悪の事態(破談)を避けるために、典型的な「地雷」を理解しておきましょう。

  1. 簿外債務の露呈:未払い残業代、退職給付引当金の不足、係争中の訴訟、保証債務。これらはダイレクトに純資産から差し引かれます。
  2. 税務リスク:過去の税務申告において、否認される可能性の高い過度な節税処理が見つかった場合、将来の追徴課税をリスクとして織り込まれます。
  3. 在庫の「水増し」:決算を良く見せるために不良在庫を落としていなかった場合、実態純資産の毀損とみなされます。
  4. 説明の一貫性の欠如:DDでの質問に対する回答が二転三転したり、提出資料の数字が合わなかったりする場合。買い手は「他にも隠し事があるのではないか」と疑心暗鬼になり、不透明さそのものを理由に破談を申し入れることがあります。

4. DDを成功させる「準備の作法」

 DDを「粗探し」で終わらせるか、「信頼構築の場」にするかは、売り手の準備次第です。

4-1. VDR(バーチャルデータルーム)は“フォルダ設計”が勝負

 現代のM&Aでは、資料はクラウド上の共有フォルダ(VDR)で管理します。このフォルダが整理されていないと、買い手側の専門家の作業時間が増え、結果として追加調査が続き、DD期間が延びる(=売り手の疲弊とリスク増)ことになります。

【推奨されるVDRフォルダ構成(例)】

  • 01_基本情報:会社案内、定款、株主名簿、役員履歴、組織図。
  • 02_財務・会計:決算書5期、科目内訳、直近試算表、資金繰り表。
  • 03_税務:申告書、消費税・源泉税関係、税務調査通知。
  • 04_法務・契約:登記事項証明書、主要取引契約書、賃貸借契約書。
  • 05_人事・労務:就業規則、賃金台帳、勤怠記録、36協定、社会保険加入証明。
  • 06_事業・資産:顧客別売上明細、保有免許、不動産鑑定評価。

4-2. ディスクロージャー・スケジュール(開示一覧)で“先出し”する

 ネガティブな情報は、隠せば隠すほど、後で見つかった時のダメージが大きくなります。「実は数年前に一度、労基署の調査が入ったことがある」「大口顧客との契約更新が難航している」といった情報は、買い手が見つける前に「ディスクロージャー・スケジュール」として文書化して提示すべきです。

 自ら開示することで、「リスクはあるが、コントロール可能である」と説明する主導権を握ることができます。

【専門用語解説:ディスクロージャー・スケジュール】

最終契約書の一部として添付される、会社に関する例外的な事項(訴訟、負債、不利益な契約など)を列挙した一覧表です。

4-3. 経営者インタビュー(Q&A)は“論理と数字”で

 DD期間中には、買い手側の専門家によるインタビューが行われます。ここでは情緒的な話よりも、「なぜその数字になったのか」という論理性が求められます。

  • 利益が落ちた年度:外部環境(原材料高騰など)のせいにするだけでなく、それに対して自社がどのような対策を講じ、現在はどのように回復しているかをデータで示してください。

5. 企業価値(EV)とDD:なぜ譲渡価格が動くのか

 M&Aの譲渡価格は、単なる「思い込み」ではなく、一定の計算式に基づいています。

EV = EBITDA 倍率 + 非事業用資産 – 有利子負債(等)

【専門用語解説:EBITDA(イービットディーエー)】

営業利益に減価償却費を加算した「現金収支に近い利益」の指標。中小企業のM&Aで最も汎用される指標です。

 DDの結果、以下のような調整が行われることで、最終的な受取金額が変わります。

  1. EBITDAの修正:一過性の売上を除外した結果、EBITDAそのものが下方修正される。
  2. 負債性項目の追加:有利子負債以外にも、未払い残業代や将来の退職金支払い義務、税務リスクなどが「負債同等物」として減額対象になる。
  3. 倍率(マルチプル)の変動:管理体制があまりに杜撰(ずさん)だと、「買収後のリスクが高い」と判断され、掛け合わせる倍率そのものが引き下げられる。

 このように、DDは「価格の再計算プロセス」そのものなのです。


6. 表明保証(R&W)との接続:DDは売り手を守るためにある

 「情報を出しすぎると、買い手に足元を見られて安く買い叩かれるのではないか」という不安を抱く経営者様もいらっしゃいます。しかし、事実は逆です。情報を出すことは、「売り手の将来的な責任を免除するため」に不可欠なのです。

 M&Aの最終契約書には、必ず「表明保証(Representations and Warranties)」という条項が入ります。これは「売り手が開示した情報に嘘はなく、これ以外に重大な負債はありません」と誓約するものです。

 もし、DDで情報を隠し、引渡し後にその隠し事が発覚した場合、買い手は表明保証違反を理由に「損害賠償」や「譲渡代金の返還請求」を行うことができます。

 逆に言えば、DDで開示済みの事項については、原則として後から賠償請求されることはありません。 したがって、「知っていることは全て出し切る」ことが、M&A後のあなたの新しい人生を法的に守ることにつながるのです。


7. 実務家が推奨する「プレDD」の重要性

「基本合意をしたけれど、DDで何を言われるか怖くて夜も眠れない」

 そんな不安を解消する唯一の方法は、「買い手が入る前に、自分で自分の会社を調査する(プレDD)」ことです。

プレDDとは、信頼できるアドバイザーや会計士と共に、買い手の視点で自社をチェックすることです。

  • 未払い残業代はいくらになりそうか?
  • 過去の税務申告に重大な欠陥はないか?
  • 主要な取引先との契約書はすべて揃っているか?

これらを事前に把握していれば、基本合意の交渉段階から「実はこれくらいのリスクがあるが、価格にどう反映させるか」と強気で交渉できます。隠し事がない経営者の姿勢こそが、最高値での売却を引き出す最大の武器となります。


FAQ

Q1. デューデリジェンス(DD)とは何ですか?

A. 買い手が対象会社の価値(収益力)とリスク(簿外債務・法務・税務・労務等)を、専門家(公認会計士・税理士・弁護士等)と共に詳細調査するプロセスです。譲渡価格・契約条件(補償、エスクロー等)を最終確定するための検証です。

Q2. DDはいつ始まり、どのタイミングで終わりますか?

A. 通常は基本合意(独占交渉権付与)後に開始し、主要論点のQ&A・現地/オンラインインタビュー・資料精査を経て、DDレポート→最終契約(SPA)交渉に接続して終結します。

Q3. DDの期間はどれくらいが一般的ですか?

A. 中小〜中堅の株式譲渡では、4〜8週間が目安です。論点が多い(労務・税務・契約が未整備、海外取引、許認可等)場合は2〜3か月に延びます。

Q4. DDの費用は誰が負担しますか?

A. 原則は買い手負担です(会計・税務・法務・ビジネスDDの専門家報酬)。ただし、基本合意でブレイクアップフィー(解約手当)や費用補填条項が入る場合があります。

Q5. DDで譲渡価格が下がる典型理由は何ですか?

A. 主要因は次の4類型です。

  1. 簿外債務(未払残業代、追徴課税、係争等)
  2. 正常収益力の下方修正(一過性売上、過大な利益調整、顧客集中)
  3. 資産評価の修正(滞留在庫、回収不能債権、固定資産の過大計上)
  4. ネットデット/運転資本調整(実質負債や必要運転資本の不足)

Q6. 「簿外債務」とは具体的に何を指しますか?

A. 帳簿に明確に計上されていない、または計上不足の将来負担です。例:未払残業代、社会保険の適用漏れ、税務否認・追徴、保証債務、退職給付不足、訴訟・クレームなど。

Q7. 売り手がDD前に最低限準備すべき資料は何ですか?

A. 最低限は以下です。

  • 決算書5期分+試算表+勘定科目明細
  • 借入金・リース・保証の一覧
  • 税務申告書(法人税/消費税/源泉等)
  • 主要契約書(顧客・仕入・賃貸・金融)
  • 就業規則・雇用契約・勤怠/賃金台帳・36協定
  • 顧客別売上・粗利・解約率等のKPI

Q8. VDR(バーチャルデータルーム)とは何ですか?

A. DD用の資料を共有するクラウド上の保管庫です。アクセス権限・ログ管理・版管理ができ、買い手や専門家が体系的にレビューできます。フォルダ構成の論理性がDDの速度と印象を左右します。

Q9. DD中のQ&A(質問対応)でやってはいけないことは?

A. 禁止は3点です。

  • 回答が二転三転する(数字・定義がぶれる)
  • 資料を小出しにする(疑念を誘発し範囲が拡張する)
  • 不都合情報を隠す(後日の表明保証違反に直結)

Q10. ネガティブ情報はどこまで開示すべきですか?

A. 原則は把握しているリスクは全て開示です。実務上は、開示事項をディスクロージャー・スケジュールに整理し、「開示済み=表明保証の例外」として契約上も位置づけることで、売り手の将来責任を限定します。

Q11. 表明保証(R&W)とDDの関係は何ですか?

A. DDは“調査”、表明保証は“約束”です。DDで開示されなかった重大事実が引渡し後に発覚すると、売り手は補償(損害賠償)・価格減額を負う可能性があります。DDでの開示と例外整理が、売り手の防御線になります。

Q12. DDで買い手が最も重視するポイントは何ですか?

A. 典型は以下です。

  • EBITDAの持続性(正常収益力)
  • 顧客集中・契約の安定性(COC条項含む)
  • 労務リスク(未払残業代・社保・ハラスメント)
  • 税務リスク(否認・追徴の可能性)
  • 属人性(キーマン依存)と引継ぎ可能性

Q13. 「プレDD」とは何ですか?実施するメリットは?

A. 売り手側が事前に行う自社診断(DDの予行演習)です。メリットは、(1)地雷の先潰し、(2)資料整備によるDD短縮、(3)減額論点の先回り、(4)買い手の疑念抑制により価格と条件が安定する点です。

Q14. DDで破談(ディールブレイク)になるのはどんなケースですか?

A. 多いのは次のパターンです。

  • 重大な簿外債務・不正・法令違反が判明
  • 主要顧客・主要契約がCOC条項で継続不可
  • 開示の信頼性が崩れる(虚偽・隠蔽・説明不整合
  • PMIコストが想定超(属人性、システム、労務問題)

Q15. DDをスムーズに通過するための最短のコツは何ですか?

A. 3点です。

Q&Aの回答を一元管理し、数字と定義をぶらさない(信頼を落とさない)

VDRをチェックリスト構造で作る(資料の迷子を防ぐ)

正常収益力の調整表とリスク一覧を先に出す(論点を固定する)

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲

M&A仲介業、M&Aアドバイザリー。前職は東証プライム上場グループ会社の代表取締役社長として、DX・Webマーケティング支援事業を経営、経営実務としてのファイナンス経験を活かしてM&Aアドバイザリー事業を創業。並行して自己勘定投資会社も経営し、プロ経営者・プロ投資家の双方の視点で顧客の事業価値最大化を支援しています。

経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度、日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)在籍、東京商工会議所登録。M&Aシニアエキスパート資格保有。

M&Aセカンドオピニオンサービス(売却可否・条件妥当性レビュー)
 当社では、他社M&A会社から提示された株価査定・取引条件について、利害関係のない第三者として妥当性を検証するセカンドオピニオンサービスを提供しています。

○企業価値評価(株価算定)
○ 売却判断そのものの是非
○ 提示条件・スキームの合理性
○ 経営者・従業員・株主に及ぶリスク

 総合的に検討し、「進めるべきか/立ち止まるべきか」を明確にお伝えします。
本サービスは、成約を前提とした仲介・マッチング業務ではありません。
※条件次第では「売却を見送るべき」と結論づける場合があります。

誤った意思決定を避けるための判断支援に特化しています。守秘義務を厳守のうえ、経営者様ご本人からのご相談に限定して対応いたします。

コメント

コメントする

目次