2026年2月20日、ヘリオステクノホールディング株式会社(東証スタンダード・証券コード:6927)は、新潟県燕市に本社を置くホンダ株式会社(以下、対象会社)の全株式を取得し、完全子会社化することを公表しました。取得価額は20億2,000万円、取得予定日は2026年4月1日です。
第1章 取引の概要と当事者のプロフィール
■ 買収企業:ヘリオステクノホールディング(6927)
ヘリオステクノホールディングは、液晶製造用精密印刷装置を手掛けるナカンテクノ株式会社と、プロジェクター用ランプ・産業用LEDを製造するフェニックス電機株式会社を中核とした純粋持株会社です。東証スタンダード市場に上場しており、売上高は連結ベースで約100億円前後(直近期は製造装置事業の好調を受けて大幅増収)、営業利益はおおむね9〜20億円程度で推移しています。
同社の特徴は、光・精密・電子部品という技術領域に軸足を置きながらも、近年は成長戦略の実現に向けた事業ポートフォリオの多様化を積極的に推進している点にあります。2025年11月の株主還元方針変更の発表でも、「自己資本の活用による成長戦略実現に向けた投資の積極的な検討」が明確に示されており、今回のM&Aはその方針に沿った動きといえます。
■ 被買収企業:ホンダ株式会社(新潟県燕市)
対象会社は、電気照明器具向けワイヤーハーネス(電線・ケーブルの集合体)の製造・販売を主力事業とする企業です。ワイヤーハーネスとは、複数の電線を束ねて端子・コネクタを取り付けたもので、照明器具や家電製品の内部配線に欠かせない部品です。同社の強みは、企画・開発から材料調達、加工、出荷に至る一貫生産体制にあり、品質管理と生産効率の両立を実現しています。
直近の財務数値(2025年4月期)は以下のとおりです。
- 売上高:18億5,000万円
- 営業利益:3億600万円(営業利益率 約16.5%)
- 純資産:11億4,000万円
営業利益率16.5%は、一般的な製造業の平均(5〜10%程度)と比較して際立って高い水準です。製造業でこれほどの高収益率を維持できているのは、一貫生産による原価競争力と、ニッチ市場における価格交渉力を持つ証左と読めます。
第2章 M&Aバリュエーションの基礎知識
バリュエーション(valuation)とは、企業・事業・資産の価値を定量的に算定するプロセスを指します。M&Aにおける取引価格は、売り手・買い手双方の交渉の結果として決まりますが、その起点となるのが複数のバリュエーション手法による価値の「レンジ」です。
主な手法としては、①純資産に将来収益を加味する「年買法(ねんばいほう)」、②類似上場企業との比較を行う「マーケットアプローチ(EV/EBITDA法)」、③将来キャッシュフローを現在価値に割り引く「DCF法(ディスカウントキャッシュフロー法)」などがあります。日本の中小・中堅企業M&Aでは、開示情報の制約上、年買法やEV/EBITDA法が実務上広く活用されます。
第3章 バリュエーション① 年買法(純資産+営業利益×◯年分)
■ 年買法とは
年買法は、「会社の正味財産(純資産)+収益力(営業利益)の何年分か」という形で企業価値を算定する手法です。「のれん」と呼ばれる超過収益力をいわば「年数」で表現する、日本の中小M&Aで最も広く使われる実務的な計算方式です。計算式は以下のとおりです。
企業価値 = 純資産 + 営業利益 × N年
Nの標準レンジは業種・規模・成長性・リスクによって異なりますが、一般的には2〜5年が多く、高収益・安定成長の企業では5〜7年に達することもあります。
■ 今回の取引への適用
今回の取引数値を当てはめると、以下のように算出されます。
- 純資産:11億4,000万円
- 営業利益:3億600万円
- 取得価額(株式取得対価):20億2,000万円
超過収益力(のれん相当額) = 20億2,000万円 ― 11億4,000万円 = 8億8,000万円
これを営業利益で割り戻すと:8億8,000万円 ÷ 3億600万円 = 約2.88年分
すなわち、この取引は「純資産+営業利益約3年分」という水準で成立していることになります。
■ この水準の評価
年買法の観点では「3年分以下」は概ね売り手にとってやや控えめ、「3〜5年」が実勢相場、「5年超」は買い手が成長期待やシナジー効果を織り込んでいる局面と読むことができます。今回の約3年という水準は、市場相場のやや保守的な下限付近に位置しており、買い手であるヘリオステクノホールディングにとっては比較的リーズナブルな価格設定であると評価できます。
ただし、ここで重要な留意点があります。年買法はあくまで「出発点」の議論であり、対象会社の純資産の内容(含み益・含み損の有無)、キャッシュポジション、有利子負債、偶発債務(保証債務・訴訟リスクなど)を精査した上でなければ、この数字が適正かどうかの判断はできません。M&Aのデューデリジェンス(Due Diligence:買収前の精査)において、貸借対照表上の純資産を「時価純資産」に修正するプロセスが不可欠な理由がここにあります。
第4章 バリュエーション② EV/EBITDA法
■ EV/EBITDA法とは
EV/EBITDA法は、「企業価値(EV:Enterprise Value)÷ EBITDA」の倍率で評価水準を確認する手法で、上場企業の比較分析や海外M&Aでも広く使われるグローバルスタンダードです。
用語の解説をしておきます。
EVとは、株式時価総額に純有利子負債(借入金等 ― 現金及び現金同等物)を加算したものです。企業を「まるごと買う場合の値段」を意味します。EBITDAとは、「利払い前・税引き前・減価償却前・のれん償却前利益」の略称で、キャッシュを生み出す収益力の代理指標として用いられます(簡単にいえば、「現金ベースで稼ぐ力」を示す指標です)。EV/EBITDAの倍率が低いほど、同じキャッシュ創出力に対して安く買えていることを意味します。
■ EBITDAの推計
今回の開示情報では減価償却費の明示がないため、合理的な前提を置いて推計します。製造業(特に組立・加工業)の場合、減価償却費は売上高の3〜5%程度が一般的な経験則です。
今回の前提:減価償却費 = 18億5,000万円 × 4% = 約7,400万円(推計)
EBITDA = 営業利益 3億600万円 + 減価償却費(推計)7,400万円 = 約3億8,000万円
■ EV(企業価値)の推計
今回の取得価額20億2,000万円は株式取得対価です。純資産11億4,000万円の規模感の会社において、有利子負債のネット額(有利子負債 ― 現金)が判明していないため、ここでは保守的に純資産の水準からネットデット(有利子負債超過額)がほぼゼロ(あるいは純資産の規模感から自己資本比率が高い財務健全な会社と推測)と仮定します。この場合:
EV ≒ 株式取得価額 = 20億2,000万円(ネットデット≒ゼロの仮定下)
■ EV/EBITDA倍率の計算と評価
EV/EBITDA = 20億2,000万円 ÷ 3億8,000万円 = 約5.3倍
この水準の業界横断的な評価基準は以下のとおりです。
- 中小製造業M&A(非上場)の実勢レンジ:4〜8倍
- 電気・電子部品関連の上場企業平均:6〜10倍(市況・成長性により変動)
- 5.3倍という水準は、非上場プレミアムや流動性ディスカウントを考慮すると「相場の中央値より若干低め」の水準
この結果は、年買法による評価(約3年分)と整合しており、「適正〜割安の価格帯」に位置すると読むことができます。もし対象会社が将来的に売上・利益の成長を見込める場合、買い手にとってはさらに割安感が増す構造となっています。
一方、EBITDAは「減価償却費込みのキャッシュ利益」を示すため、実際には設備の更新投資(CAPEX:資本的支出)が継続的に必要であれば、実質的な「フリーキャッシュフロー」はEBITDAよりも低くなります。製造業においてはこの点に注意が必要であり、設備の老朽化・更新サイクル・投資計画もデューデリジェンスの重要チェック項目となります。
第5章 バリュエーション③ のれん効果と連結業績への影響(当期純利益・連結営業利益の上乗せ分析)
■ 日本基準における「のれん」の会計処理
日本の会計基準(日本基準:J-GAAP)では、M&Aで発生したのれんは最長20年以内で定額償却(毎期均等に費用計上)することが義務付けられています。これはIFRS(国際財務報告基準)とは大きく異なる点です(IFRSではのれんの定期償却は行わず、減損テストのみを行います)。
のれんの定期償却は、M&A後の連結損益計算書に対して「費用」として計上され続けるため、買収した会社の利益貢献を実質的に目減りさせます。どの程度の償却年数を設定するかは、会社の判断(合理的な経済的耐用年数の見積もり)によりますが、実務上は5年・10年・20年の設定が多く見られます。
■ のれん額の算出
のれん = 取得価額 ― 取得時の純資産(時価ベース)
公表情報ベースの簡易計算(時価純資産 ≒ 簿価純資産と仮定):
のれん = 20億2,000万円 ― 11億4,000万円 = 8億8,000万円
■ 償却年数別ののれん年間償却額
- 5年償却の場合:8億8,000万円 ÷ 5年 = 年間1億7,600万円
- 10年償却の場合:8億8,000万円 ÷ 10年 = 年間8,800万円
- 20年償却の場合:8億8,000万円 ÷ 20年 = 年間4,400万円
■ 連結営業利益への上乗せ貢献(実質)
ホンダ社の営業利益3億600万円が連結に取り込まれ、そこからのれん償却費が差し引かれる形で連結営業利益が変動します。
【10年償却の場合】
連結営業利益の実質上乗せ = 3億600万円 ― 8,800万円 = 約2億1,800万円
【20年償却の場合】
連結営業利益の実質上乗せ = 3億600万円 ― 4,400万円 = 約2億6,200万円
ヘリオステクノホールディングの直近連結営業利益は約9億円(2025年3月期実績)です。これに対して本件M&Aによる実質的な上乗せ効果は以下の通りです。
- 10年償却:約2億1,800万円の上乗せ → 従来比約24%増
- 20年償却:約2億6,200万円の上乗せ → 従来比約29%増
単純計算で、連結営業利益が約24〜29%増加するインパクトは、株式価値への影響として極めて大きいものがあります。
■ 連結当期純利益への影響
当期純利益についても推計します。ホンダ社の当期純利益は公表されていませんが、営業利益3億600万円に対して法人税等実効税率を約30%と仮定すると、税引後の当期純利益は概ね以下のように推計されます。
当期純利益(推計)≒ 3億600万円 × (1 ― 0.30) = 約2億1,420万円
のれんは税務上の損金算入が認められないケースが多いため、のれん償却費は連結上の費用にはなりますが、税効果は限定的な場合があります(特に株式取得スキームの場合)。この点については、組成スキームや税務処理の詳細によって異なるため、個別の税務アドバイスが不可欠です。
【連結当期純利益への純貢献(10年償却・税効果ゼロ仮定)】
2億1,420万円 ― 8,800万円 = 約1億2,620万円の上乗せ
【連結当期純利益への純貢献(20年償却・税効果ゼロ仮定)】
2億1,420万円 ― 4,400万円 = 約1億7,020万円の上乗せ
第6章 バリュエーション3手法の総括と取引価格の妥当性評価
3つの手法を並べると、次のような整理になります。
| 手法 | 計算結果 | 評価コメント |
|---|---|---|
| ①年買法 | 純資産11.4億円+営業利益約3年分(8.8億円)=20.2億円 | 市場相場のやや保守的な下限付近。買い手に優位な水準。 |
| ②EV/EBITDA法 | EV/EBITDA ≈ 5.3倍 | 中小製造業の実勢レンジ4〜8倍の中央値以下。割安感あり。 |
| ③連結業績効果 | 営業利益+2.2〜2.6億円(20年で+29%、10年で+24%) | 連結業績への即時貢献度は高い。取得投資回収は7〜9年程度。 |
3手法いずれの観点からも、今回の取引価格20億2,000万円は「やや保守的〜適正」の価格帯に位置しており、ヘリオステクノホールディングにとって財務的に見合いのある取引と評価できます。
第7章 買収の戦略的意義と今後の論点
■ 「光・精密」から「配線・ハーネス」への事業拡張
ヘリオステクノホールディングのコア事業は、プロジェクター用ランプや液晶製造装置という「光と精密技術」の領域です。今回買収するホンダ社のワイヤーハーネスは、電気照明器具向けという点でランプ事業との接点があり、照明器具メーカーへの販路・顧客基盤の共有や、ハーネス組み込み製品の提案強化といったクロスセル(Cross-sell:既存顧客への新たな商品・サービスの提案)シナジーが考えられます。
■ 燕市という地理的要素
新潟県燕市は「洋食器・金属加工のまち」として全国的に知られる製造業集積地です。板金・プレス・表面処理といった精密加工技術を持つサプライヤーが集積しており、ホンダ社が一貫生産体制を維持できている背景にはこの産業集積の恩恵もあると考えられます。ヘリオステクノホールディングにとって、この地域での製造ネットワーク確立は、今後の周辺領域への展開を見据えた「橋頭堡」としての意義も持ちえます。
■ 高収益事業の維持という課題
営業利益率16.5%という高収益率は、会社の強みであると同時に、それを維持するための「護城河(競争優位性の源泉)」が何であるかを慎重に見極める必要があります。主要顧客への依存度、製品のコモディティ化リスク、人材の流動性(特にオーナー社長が去った後のキーパーソンリスク)、技術革新による需要の変化(LED化・スマート照明への移行に伴うワイヤーハーネス仕様の変化など)は、M&A後の収益維持に直結する論点です。
■ PMIの重要性
PMI(Post-Merger Integration:統合後マネジメント)は、M&Aの成否を決定的に左右します。取得価額20億円の約5倍以上の価値を将来的に生み出せるかどうかは、統合プロセスの質にかかっています。特に非上場の中小企業の買収において、属人的なノウハウや人間関係に依存した営業基盤を、いかに組織として継続維持するかは実務上の最重要課題です。
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※本記事は公表情報をもとにした独自の分析・見解であり、投資助言や特定の取引を推奨するものではありません。M&Aの意思決定にあたっては、弁護士・公認会計士・税理士等の専門家への個別相談を推奨します。



















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