経営者の皆様へ:M&A仲介を“否定”するのではなく、“構造”を理解して自衛する

 昨今、事業承継やEXIT(出口戦略)の手法としてM&Aが一般化し、多くの M&A仲介会社がテレビCMやインターネット広告を展開しています。しかし、情報のデジタル化が進む一方で、実務の現場では「仲介モデル特有の構造的な歪み」に起因する、売り手経営者の不利益が散見されるようになっているのも事実です。

 本稿では、特定の業者を批判することを目的にしているわけではありません。「仲介というビジネスモデルが内包する利益相反の構造」を客観的に可視化し、経営者の皆様が「後悔のない決断」を下すための自衛策を、惜しみなく共有させていただきます。


目次

1. M&A仲介会社を「盲信」してはいけない理由:人ではなく構造の問題

 結論から申し上げます。経営者がM&A仲介会社を盲信してはいけない最大の理由は、「仲介という仕組みそのものが、あなたの利益と相反するインセンティブ(動機)を内包しているから」です。

 これは担当者の人間性や誠実さの問題ではありません。ビジネスモデルの設計上、逃れられない構造的な問題です。

 「仲介(インターミディエーター)」と「FA(フィナンシャル・アドバイザー)」の決定的な違い

まず、ここを明確に整理しておきましょう。

項目M&A仲介フィナンシャル・アドバイザー(FA)
立場売り手・買い手双方の間に立つ「中立」依頼主(片側)の専属代理人
目的双方の合意形成と「成約」の実現依頼主の「利益最大化」
報酬一般に、両者から受け取る(両手取引)依頼主のみから受け取る(片手取引)
交渉スタイル妥協点を探る調整役依頼主の条件を守るための防衛・攻防

 仲介会社にとっての「成功」とは、「取引が成立すること」です。一見、売り手の皆様と同じ目標に見えますが、ここには大きな罠が潜んでいます。仲介者は、どんなに時間をかけて交渉しても、破談になれば1円にもなりません。そのため、交渉終盤で「価格を下げてでも成約させたい」というインセンティブが、構造的に働いてしまうのです。

専門用語解説:利益相反(りえきそうはん) 一方の利益を優先すると、もう一方の利益が損なわれる状態のこと。M&A仲介においては、仲介者が「成約(自分の報酬)」を優先するあまり、売り手の「譲渡価格」や「条件」を妥協させる圧力が働くことを指します。


2. 「両手取引」がもたらす、売り手への潜在的リスク

 日本のM&A業界の主流は、売り手からも買い手からも手数料を受け取る「両手取引」です。これが常に悪いわけではありませんが、経営者が理解しておくべき「歪み」が存在します。

どちらの利益が「優先」されているか

「中立」という言葉は響きが良いですが、M&A交渉において、売り手の「高く売りたい」と買い手の「安く買いたい」を中立に両立させることは、論理的に不可能です。

 特に、上場している大手仲介会社などの場合、高度な収益性が求められます。一回の取引で双方から手数料を得られる両手取引は、会社にとっては極めて効率的なモデルですが、それは「売り手企業の価値を、買い手が最も買いやすい価格(=控えめな価格)に設定する」という誘惑に晒されていることも意味します。

「囲い込み」による機会損失のリスク

 仲介会社が自社の利益(両手手数料)を優先する場合、自社が抱えている買い手候補に限定して紹介し、外部のより好条件を提示する可能性がある買い手から遠ざけてしまう、いわゆる「囲い込み」のリスクが生じます。不動産業界で問題視されるこの構造は、非公開情報がベースとなるM&A業界において、よりブラックボックス化しやすい側面があります。


3. 交渉終盤の「価格減額」と、仲介者の立ち振る舞い

M&Aにおいて、最も利益相反が顕在化するのが、デューデリジェンス(DD)後の最終交渉局面です。

典型的な「DD後の減額提案」

 買い手から「DDでリスクが見つかったので、当初の意向表明価格から3,000万円減額したい」と提示された際、それぞれの立場はこう動きます。

  • 専属FA(売り手の味方)なら: そのリスクが価格に与える影響を論理的に反論し、場合によっては「その条件なら別の買い手と話を進める」と強気の交渉を行い、価格防衛に動きます。
  • M&A仲介なら: 「せっかくここまで来たのですから、この3,000万円は許容して、確実に成約させましょう」と、売り手を説得する側に回りやすい傾向があります。

 仲介者にとっては、3,000万円安くなっても成約すれば多額の報酬が入りますが、売り手の皆様にとっては、手元に残るはずだった3,000万円が消える重大な損失です。

専門用語解説:デューデリジェンス(DD) 買収監査。買い手が、売り手企業の財務、法務、ビジネス実態を詳細に調査すること。ここで見つかったリスクが、最終的な価格交渉の材料(ディスカウントの理由)にされます。


4. 譲渡価格だけでない、見えない損失:従業員とPMI

  M&Aの成功は、譲渡した瞬間の通帳の数字だけでは決まりません。むしろ、成約した翌日から始まる「新しい日常(PMI)」こそが本番です。

従業員の処遇という「甘い言葉」の罠

 仲介会社は成約を優先するため、従業員の処遇について「基本的には維持されます」と楽観的な見通しを伝えることが多いです。しかし、法的な拘束力が弱い覚書レベルでは、統合後に給与体系の変更や、望まない配置転換が行われるリスクを防ぎきれません。

 売り手の専属FAであれば、こうした「非財務条件」についても、最終契約書(SPA)の中でいかに実効性のある条項として盛り込むかに腐心します。しかし、中立を標榜する仲介者は、買い手が嫌がるような厳しい条項の挿入をためらう傾向があります。

専門用語解説:PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション) 買収後の統合プロセス。組織、システム、人事、企業文化を統合し、シナジー(相乗効果)を最大化させるための一連の活動を指します。


5. 担当者の「経験差」が成果を左右する現実

 現在、M&A業界は空前の採用ブームにあります。多くの若手人材が流入していますが、M&Aは高度な専門性と人間理解、そして修羅場をくぐり抜けてきた「勘」が要求される仕事です。

「ノルマ」に追われるアドバイザーのリスク

 若手アドバイザーが悪いわけではありませんが、彼らの中には非常に厳しい成約ノルマを課されているケースも少なくありません。その場合、彼らの優先順位は「あなたの会社の未来」よりも「今期の自分の成績(成約数)」に傾きがちです。経験豊富なアドバイザーは、あえて「この条件なら売らない方がいい」と進言する勇気を持っています。しかし、経験の浅い担当者は、問題を先送りにしてでも成約へ突き進もうとする危うさがあります。


6. 経営者が自衛するための「セカンドオピニオン」活用法

 では、仲介会社と契約してしまった、あるいは提案を受けている経営者はどうすべきでしょうか。

 その答えは、「情報の非対称性を解消するための、第三者の視点(セカンドオピニオン)」を持つことです。医療の世界で主治医以外の意見を聞くように、M&Aという一生に一度の決断においても、利害関係のない専門家の意見を取り入れるべきです。

セカンドオピニオンで点検すべき「4つのチェックポイント」

  1. 価格の妥当性: 提示された企業価値(バリュエーション)は適切か。正常化EBITDAの算出や、倍率の根拠が買い手に有利になりすぎていないか。
  2. 手数料の定義: 成功報酬の計算基準となる「レーマン方式」の対象は何か。株価ベースか、それとも負債を含む移動総資産ベースか。これにより手数料が数千万円単位で変わります。
  3. DDでの減額対策: 想定されるリスクを事前にどう説明し、価格防衛のストーリーを構築するか。
  4. 最終契約(SPA)のリスク精査: 表明保証の範囲、補償のキャップ(上限)、期間が売り手に不利な条件で押し切られていないか。

専門用語解説:正常化EBITDA(せいじょうか・いーびっとだー) 企業本来の稼ぐ力を示す指標。税引前利益に支払利息、減価償却費を加え、さらに「役員報酬の適正化」や「一時的な損益」を調整したもの。M&Aの価格算定で最も重要な指標の一つです。


7. 誠実なパートナーを見極めるための「魔法の質問」

 もし現在、アドバイザーを選定中、あるいは交渉中であれば、以下の質問を投げかけてみてください。回答の具体性と誠実さで、その担当者が信頼に値するかが見えてきます。

  • 「この案件において、DD(監査)で買い手から突かれそうなリスクを3つ挙げてください」
    • 良いことばかり言う担当者はプロではありません。リスクを先読みできるのがプロです。
  • 「もし希望価格を下回った場合、成約を止めて他社を探すという選択肢を全力で支援してくれますか?」
    • 即答で「もちろんです」と言えるか。それとも「今の買い手を逃すと次はいつになるか…」と不安を煽るか。
  • 「手数料の計算根拠を、取引金額がいくらの場合で具体的(手残りベース)にシミュレーションしてください」
    • 曖昧な説明でお茶を濁す担当者は、後のトラブルの元です。

8. 最後に:経営者の皆様へ

 M&Aは、あなたが人生をかけて育て、磨き上げてきた「会社の魂」を次世代へ引き継ぐ、極めて崇高な儀式です。効率性やスピードも大切ですが、それ以上に重要なのは、「あなたが納得し、従業員が希望を持ち、会社がさらに発展する形」でバトンを渡すことです。

 もし、現在進行中の案件で少しでも違和感や不安を感じていらっしゃるなら、一度立ち止まる勇気を持ってください。M&A仲介という仕組みのメリットを享受しつつ、その構造的な弱点をセカンドオピニオンで補完する。これが、現代の賢明な経営者が取るべき「最適解」です。

 実務経験から断言できるのは、「準備と確認にかけた時間は、決して裏切らない」ということです。


私ができること

 私は、マッチング(仲介)を主目的としない、「経営者の意思決定を支援する専属のアドバイザー(セカンドオピニオン)」として、日々相談を受けています。

 現在の仲介会社との契約を維持したままでも、以下のようなサポートが可能です。

  • 提示された「企業評価書」の妥当性チェック
  • 「意向表明書」や「最終契約書」に潜む売り手リスクの抽出
  • 交渉が膠着した際の、第三者的立場からの打開策の提案

 「まずは現在の状況を整理し、客観的な論点を知りたい」という経営者様は、守秘義務を遵守した上で、個別のセッションを承ります。

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲

M&A仲介業、M&Aアドバイザリー。前職は東証プライム上場グループ会社の代表取締役社長として、DX・Webマーケティング支援事業を経営、経営実務としてのファイナンス経験を活かしてM&Aアドバイザリー事業を創業。並行して自己勘定投資会社も経営し、プロ経営者・プロ投資家の双方の視点で顧客の事業価値最大化を支援しています。

経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度、日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)在籍、東京商工会議所登録。M&Aシニアエキスパート資格保有。

M&Aセカンドオピニオンサービス(売却可否・条件妥当性レビュー)
 当社では、他社M&A会社から提示された株価査定・取引条件について、利害関係のない第三者として妥当性を検証するセカンドオピニオンサービスを提供しています。

○企業価値評価(株価算定)
○ 売却判断そのものの是非
○ 提示条件・スキームの合理性
○ 経営者・従業員・株主に及ぶリスク

 総合的に検討し、「進めるべきか/立ち止まるべきか」を明確にお伝えします。
本サービスは、成約を前提とした仲介・マッチング業務ではありません。
※条件次第では「売却を見送るべき」と結論づける場合があります。

誤った意思決定を避けるための判断支援に特化しています。守秘義務を厳守のうえ、経営者様ご本人からのご相談に限定して対応いたします。

コメント

コメントする

目次