2025年12月26日に発表された株式会社ファインズ(東証グロース:5125)による、株式会社オルプラおよび株式会社Nexilの2社同時子会社化という極めて示唆に富む事例を題材に、オーナー経営者が最も気になる「わが社はいくらで売れるのか?」というバリュエーション(企業価値評価)の本質を深掘り解説します。今回の株式会社ファインズによる2社同時の子会社化は、まさに「ロールアップ戦略」の典型的な成功モデルと言えます。
1. 本件M&Aの概要:なぜファインズは2社を「今」買ったのか
株式会社ファインズは、中小企業のDX支援を軸に、動画やWebサイトを活用したマーケティング支援を展開している企業で。同社は2025年12月26日の取締役会において、人材紹介事業を行うオルプラ社とNexil社の2社の株式を取得し、子会社化することを決議しました 。
買収の背景と戦略的意図
ファインズの既存顧客(2025年9月末時点で7,283社)の多くは建設・サービス・運送業であり、深刻な「人材確保」の課題を抱えています 。
- オルプラ社: モビリティ業界(自動車・物流)に強みを持ち、今後拡大が見込まれる物流・運送領域への展開を視野に入れています4。
- Nexil社: 20代の正社員未経験人材に特化し、慢性的な人手不足である建設業への紹介で実績があります 。
ファインズは、自社のマーケティング知見(動画・AI)と、両社の「人材紹介ノウハウ」を融合させることで、年間12万人を超える求職者プラットフォームの形成を目指しています 。
2. プロの視点:オルプラ・Nexil両社のバリュエーション徹底比較
M&Aにおける価格決定は、単なる計算式の結果ではありません。「将来の収益性」と「買い手とのシナジー(相乗効果)」が複雑に絡み合います。本件のデータを整理し、専門家として分析してみましょう。
両社の財務状況と取得価額の対照表(最新決算期ベース)
| 項目 | 株式会社オルプラ (2025年8月期) | 株式会社Nexil (2025年3月期) |
| 売上高 | 332,868千円 | 523,952千円 |
| 営業利益 | 65,208千円 | 66,456千円 |
| 純資産 | 126,256千円 | 63,844千円 |
| 株式取得価額 | 480,000千円 | 550,000千円 |
| アドバイザリー費用等 | 31,000千円 | 35,045千円 |
| 合計取得価額 | 511,000千円 | 585,045千円 |
バリュエーション倍率の分析
一般的に中小企業のM&Aで用いられる「時価純資産 + 営業利益の数年分」という簡易評価(年買法)に照らし合わせると、興味深い数値が見えてきます。
① オルプラ社の評価
- 実質営業利益倍率: 約5.4倍
- 計算式:(株式取得価額 4.8億円 – 純資産 1.26億円) ÷営業利益 0.65億円 = 5.4
- 考察: 前期(2024年8月期)の営業利益は1.1億円と非常に高かったものの、今期は6,520万円に落ち着いています 。それにもかかわらず4.8億円の評価がついたのは、物流・運送という「エッセンシャルワーカー」領域への拡張性と、過去の確かな実績が評価された結果と言えます。
② Nexil社の評価
- 実質営業利益倍率: 約7.3倍
- 計算式:(株式取得価額 5.5億円 – 純資産 0.63億円) ÷営業利益 0.66億円 = 7.3
- 考察: オルプラ社と比較して高い倍率が適用されています。これは、Nexil社が「自社メディア(楽楽転職)」による集客力という独自の資産(アセット)を持っていること、また建設業界という極めて需要の高いニッチに強いことが、高いプレミアムに繋がったと考えられます 。
【専門用語解説:EBITDA(イービットディーエー)倍率】
M&Aで最も頻繁に使われる指標です。営業利益に減価償却費を加算した「キャッシュを稼ぐ力」に対して、何倍の価格がついたかを示します。
EBITDA = 営業利益 + 減価償却費
本件のような人材紹介業(店舗を持たない業態)では、大きな減価償却が発生しないため、営業利益をベースに数倍(通常3〜7倍程度)で評価されるのが相場です。
3. M&Aにおける「アドバイザリー費用」の正体
本件の開示資料には、買収価格とは別に「アドバイザリー費用等(概算額)」が明記されています。
- オルプラ社買収時:3,100万円
- Nexil社買収時:3,504万円
これは、M&Aを成立させるために買い手側が支払う手数料や専門家への報酬です。具体的には以下の費用が含まれます。
- M&A仲介・アドバイザリー手数料: 案件のソーシング(発掘)から条件交渉までを担うアドバイザーへの成功報酬。
- デューデリジェンス(DD)費用: 買収前に、対象会社の財務・税務・法務・労務のリスクを詳細に調査するために、公認会計士や弁護士に支払う費用。
- 法務関連費用: 株式譲渡契約書(SPA)の作成やリーガルチェックにかかる費用。
注目すべきは、買収価格の約6%前後がアドバイザリー費用として計上されている点です。これは、上場企業が適正な手続き(ガバナンス)を経てM&Aを行っている証左でもあります。
4. 売り手オーナーが知っておくべき「のれん」と「税務」の論理
今回のケースで、ファインズは純資産を大きく上回る金額で2社を買収しました。この「差額」は、会計上「のれん(Goodwill)」として計上されます。
会計上の処理
日本の会計基準(ASBJ)では、この「のれん」を原則20年以内に定額法で償却(費用化)する必要があります。例えばNexil社の場合、約4.8億円の「のれん」が発生しますが、これを仮に10年で償却すると、毎年4,800万円が営業利益を押し下げる要因になります。
税務上のポイント:株式譲渡か事業譲渡か
本件は「株式譲渡」という手法が採られています。
- 売り手オーナーのメリット: 譲渡所得に対する税率が約20%(分離課税)に抑えられるため、手残りの資金を最大化できます。
- 買い手の視点: 株式譲渡の場合、会社を丸ごと引き継ぐため、簿外債務(未払い残業代や税金の未納など)のリスクを非常に嫌います。
【専門家のアドバイス】
評価額(バリュエーション)を上げるためには、単に利益を出すだけでなく、法務・労務のコンプライアンスを徹底し、買い手の「デューデリジェンス(DD)」で減額査定されない準備(プレDD)をしておくことが重要です。
5. 成功するM&Aの共通点:シナジーの具体性
ファインズが提示しているシナジーは、非常に論理的です。
- 集客コストの低減: ファインズのWebマーケティング知見により、人材紹介の肝である「集客」を効率化する 。
- クロスセルの実現: 既存のDX顧客7,000社に対し、即座に人材紹介サービスを提案できる 。
- AIによる業務効率化: AIを活用したRecruitment Process Outsourcing(RPO)サービスの提供など、次世代型のモデルへ進化させる 26。
このように、「買い手側の持っている武器」と「自社の強み」が組み合わさった時に1+1が3にも5にもなるストーリーが描ける会社は、相場以上の価格で買収される可能性が高まります。
6. まとめ:あなたの会社を「高く評価してもらう」ために
本件のオルプラ社・Nexil社の事例は、特化型(ニッチ)で、かつ買い手の戦略に合致した人材紹介会社がいかに高い評価を受けるかを証明しました。
もしあなたが人材ビジネスやITサービスの会社を経営しており、将来的なエグジット(売却)を視野に入れているのであれば、以下の3点を意識してみてください。
- ニッチ・トップを狙う: 「全業界対応」よりも「物流」「建設」「20代未経験」のように、市場ニーズが強く、かつ独自のノウハウが蓄積できる領域を深掘りすること。
- アセット(資産)を持つ: 単なる「人」の介在だけでなく、集客メディアや独自のデータベースなど、仕組みとして回る資産を構築すること。
- 財務の透明性: 上場企業への売却を目指すなら、早い段階から公認会計士等のチェックを受け、適正な会計処理を行っておくこと。
M&Aは、オーナー経営者の人生における「集大成」です。そして同時に、会社にとっては「第二の創業」でもあります。本件のファインズのように、自社のパーパス(存在意義)に共感し、社員や顧客を幸せにしてくれる買い手を見つけること。それこそが、バリュエーション(価格)以上に大切なM&Aの本質ではないでしょうか。



















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