メンタルヘルステクノロジーズ(東証グロース:9218)によるインクルード子会社化

 2026年2月13日、メンタルヘルステクノロジーズ株式会社(東証グロース:9218)は、就労移行支援・自立訓練(生活訓練)事業所を運営する株式会社インクルード(東京都渋谷区)の全株式を取得し、完全子会社化することを発表しました。取得価額は6億1000万円、取得予定日は2026年3月31日です。

目次

当事者企業の事業概要と事業モデル

メンタルヘルステクノロジーズの事業基盤

 メンタルヘルステクノロジーズは、企業向けメンタルヘルスケア領域において「産業医クラウド」を中核サービスとして展開する上場企業です。産業医クラウドとは、企業が労働安全衛生法に基づき設置義務のある産業医との連携をデジタル化し、従業員のメンタルヘルス管理を効率化・高度化するクラウドサービスを指します。

 具体的には、ストレスチェックの実施支援、産業医面談の予約管理、健康診断データの一元管理、休職・復職支援などの機能を提供しており、企業の人事労務部門と産業医の間のコミュニケーションを円滑化します。これにより、企業は従業員のメンタルヘルス不調の早期発見・早期対応が可能となり、労働生産性の維持向上につながります。

インクルードの事業モデルと収益構造

 一方、インクルードは就労移行支援および自立訓練(生活訓練)事業所を運営しています。これらは障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスであり、うつ病やその他のメンタル不調を抱える方々が、社会参加や就職・復職(リワーク)を実現するための訓練やサポートを提供する事業です。

 就労移行支援とは、一般企業への就労を希望する障害者に対して、職業訓練や求職活動支援、職場定着支援などを行うサービスです。自立訓練(生活訓練)は、日常生活能力の維持・向上を目的として、生活リズムの改善や対人関係スキルの向上などを支援するサービスを意味します。

 これらのサービスは、利用者から直接対価を得るのではなく、国や自治体から支給される「障害福祉サービス給付費」を主な収益源とします。そのため、収益の安定性が高く、景気変動の影響を受けにくいビジネスモデルといえます。

インクルードの直近決算(2025年3月期)における財務数値は以下の通りです。

  • 売上高:10億9000万円
  • 営業利益:7600万円(営業利益率:約7.0%)
  • 純資産:3億4000万円

 営業利益率7.0%は、労働集約型の福祉サービス業としては健全な水準であり、効率的な事業運営が行われていることを示唆しています。

本件M&Aの戦略的意義とシナジー効果

「切れ目のないメンタルヘルスケア」の実現

 本件M&Aの最大の戦略的意義は、「産業保健から医療、リワーク(復職)までを切れ目なく提供できる体制」の構築にあります。従来、メンタルヘルステクノロジーズは企業における「予防」と「早期発見」の領域で強みを持っていました。産業医クラウドを通じて、従業員のメンタルヘルス不調の兆候を捉え、産業医面談や医療機関への受診勧奨を行うことができます。

 しかし、実際に休職した従業員が復職する際の「リワーク支援」や、退職を余儀なくされた方々の「再就職支援」については、外部の専門機関に委ねざるを得ませんでした。インクルードの子会社化により、この「復職・再就職支援」の領域まで自社グループ内で完結できるようになります。

具体的なシナジー効果の発現

 本件M&Aから期待される具体的なシナジー効果(相乗効果)は以下の通りです。

1. クロスセル機会の創出

 クロスセルとは、既存顧客に対して異なるサービスを追加販売することを指します。メンタルヘルステクノロジーズの産業医クラウドを導入している企業に対して、休職者のリワーク先としてインクルードの事業所を紹介することで、新規営業コストをかけずに利用者を獲得できます。逆に、インクルードの利用者が就職・復職する際、その受け入れ企業に対して産業医クラウドを提案することも可能です。これにより双方の事業において顧客獲得コストの削減と売上拡大が期待できます。

2. データ連携によるサービス品質向上

 産業医クラウドに蓄積された従業員の健康データと、インクルードにおけるリワーク訓練の進捗データを連携させることで、よりきめ細かな復職支援が可能になります。これは他社では提供できない独自性の高いサービスとなり、競争優位性の源泉となります。

3. 人材・ノウハウの相互活用

 メンタルヘルステクノロジーズが持つデジタル技術やデータ分析のノウハウと、インクルードが持つ対人支援の専門性を組み合わせることで、サービスの質的向上とオペレーション効率化の両立が実現できます。

4. ブランド価値の向上

 「予防から復職まで一貫して支援できる企業」というブランドイメージは、企業の人事部門にとって魅力的な価値提案となります。これにより契約単価の向上や解約率の低下が期待できます。

バリュエーション分析―3つの手法による企業価値評価―

 本件M&Aにおける取得価額6億1000万円の妥当性を、3つの代表的なバリュエーション手法を用いて検証します。

手法1:年買法(純資産+営業利益×◯年分)

年買法とは、対象会社の純資産額に営業利益の数年分を加算して企業価値を算定する方法です。中小企業のM&Aで最も頻繁に用いられる簡便法であり、「純資産=事業の土台、営業利益×年数=将来の収益力」という考え方に基づいています。

計算プロセス

取得価額 = 純資産 + 営業利益 × 年数

6億1000万円 = 3億4000万円 + 7600万円 × X年

6億1000万円 – 3億4000万円 = 7600万円 × X年

2億7000万円 = 7600万円 × X年

X = 2億7000万円 ÷ 7600万円 = 約3.55年

評価と解釈

 本件では、純資産3億4000万円に営業利益の約3.55年分を加算した金額が取得価額となっています。

 一般的に、年買法における年数は3年から5年程度が標準的とされており、成長性の高い事業や安定した収益基盤を持つ事業ほど高い倍率が適用されます。本件の3.55年という数値は、この標準的な範囲内に収まっており、過度に高額な買収とは言えません。

また、この計算から導かれる「のれん」(取得価額と純資産の差額)は2億7000万円となります。のれんとは、対象会社が持つブランド力、顧客基盤、従業員の専門性、事業ノウハウなど、貸借対照表には計上されていない無形の価値を表します。

 営業利益7600万円に対してのれん2億7000万円ということは、のれん/営業利益倍率が約3.55倍となり、これは将来3.55年分の利益でのれんを回収できる計算です。会計上、のれんは通常5年から20年で償却(費用化)されるため、財務的な負担は十分に許容範囲内といえます。

手法2:EV/EBITDA法(企業価値倍率法)

 EV/EBITDA法とは、企業価値(Enterprise Value)を、利払い前・税引き前・減価償却前利益(EBITDA)で除した倍率を用いて評価する方法です。EBITDAは、企業の本業の稼ぐ力を示す指標であり、資本構成や会計方針の違いに左右されにくいため、企業間比較や業界標準との比較に適しています。

計算プロセス

 まず、EBITDAを算出します。通常はEBITDA = 営業利益 + 減価償却費ですが、インクルードの減価償却費の情報が開示されていないため、保守的に営業利益≒EBITDAと仮定します。(就労移行支援事業は設備投資が少なく、減価償却費も限定的であるため、この仮定は実態から大きく乖離しないと考えられます)

EBITDA ≒ 営業利益 = 7600万円

次に、本件M&Aにおける企業価値(EV)を算定します。全株式を取得するケースでは、取得価額が企業価値に相当します。(厳密には企業価値=株式価値+純有利子負債ですが、インクルードの有利子負債情報が不明なため、ここでは簡略化しています)

EV = 取得価額 = 6億1000万円

EV/EBITDA倍率 = 6億1000万円 ÷ 7600万円 = 約8.0倍

業界水準との比較

 ヘルスケア・福祉サービス業界におけるEV/EBITDA倍率は、企業の成長性や収益安定性によって幅がありますが、一般的に6倍から10倍程度が標準的な水準とされています。

 本件の8.0倍という数値は、この範囲の中央値付近に位置しており、市場実勢に照らして妥当な水準といえます。特に、障害福祉サービスという公的給付に基づく安定収益モデルであること、メンタルヘルス領域という成長市場であること、既存事業とのシナジー効果が見込めることを勘案すれば、適正な評価と判断できます。

手法3:のれん償却負担と期待されるシナジー効果分析

 のれんは、会計基準に従って一定期間で償却(費用計上)されます。日本基準では20年以内の合理的な期間で規則的に償却することが求められます。仮に本件ののれん2億7000万円を10年で償却する場合、年間償却額は以下の通りです。

年間のれん償却額 = 2億7000万円 ÷ 10年 = 2700万円

この償却負担を上回るシナジー効果(営業利益の増加)が実現できれば、M&Aは財務的に成功したと評価できます。

シナジー効果の定量分析

 インクルードの現在の営業利益が7600万円ですので、のれん償却後も黒字を維持するためには、最低でも以下の利益水準が必要です。

 必要営業利益 = 現在の営業利益 + のれん償却額 必要営業利益 = 7600万円 + 2700万円 = 1億300万円

これは現在の営業利益7600万円に対して、約35.5%の利益増加を意味します。

この35.5%の利益増加を実現するシナジー効果としては、以下のようなものが考えられます。

収益面のシナジー

  1. 既存顧客へのクロスセル:メンタルヘルステクノロジーズの産業医クラウド導入企業(推定数百社以上)の従業員のうち、年間で数%がメンタル不調により休職するとすれば、その一部をインクルードの事業所に誘導することで、年間数千万円規模の売上増が見込めます。
  2. 新規顧客獲得コストの削減:インクルードの利用者が就職・復職する企業に対して、産業医クラウドを提案することで、通常の新規営業に比べて顧客獲得コストを50%以上削減できる可能性があります。
  3. 単価向上:「予防から復職まで一貫支援」という付加価値により、産業医クラウドの契約単価を10%程度引き上げられる可能性があります。

コスト面のシナジー

  1. 管理部門の統合:経理、人事、総務などの管理機能を統合することで、年間数百万円から1000万円程度のコスト削減が期待できます。
  2. 採用・研修の効率化:グループ内で人材を相互活用することで、採用コストや研修コストを削減できます。
  3. ITシステムの共通化:クラウドシステムの共通基盤を活用することで、IT関連コストを削減できます。

保守的シナリオでの検証

仮に、上記のシナジー効果が計画の70%しか実現しなかった場合でも、営業利益増加額は以下の通りです。

期待シナジー効果 = (1億300万円 – 7600万円)× 70% = 2700万円 × 70% = 1890万円

この場合の連結営業利益 = 7600万円 + 1890万円 = 9490万円

のれん償却後の営業利益 = 9490万円 – 2700万円 = 6790万円

この場合でも黒字は維持できるため、本件M&Aのダウンサイドリスク(下方リスク)は限定的と評価できます。

楽観的シナジオでの試算

一方、シナジー効果が計画を上回り、営業利益が50%増加するシナリオも検討に値します。

営業利益増加額 = 7600万円 × 50% = 3800万円

連結営業利益 = 7600万円 + 3800万円 = 1億1400万円

のれん償却後の営業利益 = 1億1400万円 – 2700万円 = 8700万円

この場合、取得価額6億1000万円に対する投資回収期間は以下の通りです。

投資回収期間 = 6億1000万円 ÷ 8700万円 = 約7.0年

7年という投資回収期間は、戦略的M&Aとしては十分に魅力的な水準といえます。

取引スキームの実務と法的留意点

株式譲渡スキームの選択理由

本件M&Aでは「全株式取得」による完全子会社化という手法が選択されています。M&Aのスキーム(取引形態)としては、株式譲渡、事業譲渡、会社分割、株式交換など複数の選択肢がありますが、株式譲渡が選択された理由は以下の通りと推察されます。

1. 許認可の承継

 就労移行支援および自立訓練事業を運営するには、都道府県知事等による「指定障害福祉サービス事業者」としての指定を受ける必要があります。株式譲渡であれば、事業主体であるインクルード社はそのまま存続し、許認可も承継されるため、事業の継続性が確保されます。

事業譲渡を選択した場合、新たに許認可を取得する必要が生じ、事業の空白期間が発生するリスクがあります。

2. 雇用契約の承継

 福祉サービス事業では、専門的な知識と経験を持つスタッフが事業の核心的価値です。株式譲渡では、従業員との雇用契約はインクルード社に帰属したまま自動的に承継されるため、雇用の安定性が保たれます。

3. 取引先契約の承継

 利用者との利用契約、自治体との委託契約、不動産賃貸契約などもすべて自動的に承継されます。

4. 税務上の取り扱い

 株式譲渡は売主にとってキャピタルゲイン課税(株式譲渡益に対する課税)となりますが、買主であるメンタルヘルステクノロジーズにとっては、インクルードの簿外債務(帳簿に計上されていない潜在的な債務)を引き継ぐリスクがあります。

このため、実務上は売買契約書において「表明保証条項」(売主が対象会社の財務状態等について一定の事項を保証する条項)や「補償条項」(簿外債務が発覚した場合の損害賠償に関する条項)を詳細に規定することが重要です。

類似案件との比較分析

メンタルヘルス関連や障害福祉サービス業界における過去のM&A事例と比較することで、本件取引の相対的な位置づけを検証します。

バリュエーション水準の比較

過去の類似業界におけるM&A事例では、以下のようなバリュエーション水準が見られます。

  • EV/EBITDA倍率:6倍から12倍程度
  • EV/売上高倍率:0.5倍から1.5倍程度
  • のれん/純資産倍率:50%から150%程度

本件のバリュエーション水準を再確認すると、

  • EV/EBITDA倍率:約8.0倍
  • EV/売上高倍率:6.1億円 ÷ 10.9億円 = 約0.56倍
  • のれん/純資産倍率:2.7億円 ÷ 3.4億円 = 約79%

これらの数値は、いずれも業界標準の範囲内に収まっており、過度に高額な買収ではないことが確認できます。

本記事における留意事項

本記事は公開情報に基づく分析であり、筆者の個人的見解を含みます。投資判断は自己責任で行っていただきますようお願いいたします。また、記載内容は執筆時点の情報に基づいており、その後の状況変化により内容が変わる可能性があります。

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲
 中小企業オーナー・経営者を主たる対象として、M&Aにおける会社売却・事業売却・事業承継に関する
企業価値算定(株価算定)・売却判断の是非・取引条件の妥当性検証を専門とする、
独立系M&A仲介業/アドバイザリーを経営。

 M&A仲介を前提とせず、
「現時点で売却すべきか否か」
「提示されている価格・条件は合理的か」
経営者にとって最も重要かつ不可逆な意思決定に特化したコンサルティングを提供。


▶ 経歴と専門領域
 前職では、東証プライム市場上場グループ会社において代表取締役社長を務め、
DX・Webマーケティング支援事業の成長戦略立案および実行を主導。
その過程で、買収側としてのM&A実務、企業価値評価、条件交渉、意思決定を一貫して経験。

 また大手上場企業に対する長期コンサルティングの一環として、M&A後のPMI(統合プロセス)に約10年弱関与し、
買収後に企業価値が毀損する実例・構造的要因に関与し支援。

 その実務経験を強みとして、「M&A仲介ありきでは意思決定を誤るケースが多い」という問題意識から
中立・第三者の立場で判断を支援するM&Aアドバイザリー事業を創業。


▶ 保有資格・所属団体等

 ・経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度
 ・日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)
 ・東京商工会議所
 ・一般社団法人金融財政事情研究会M&Aシニアエキスパート資格
 ・公益社団法人日本証券アナリスト協会プライマリープライベートバンカー資格

コメント

コメントする

目次