シンコーホールディングス<312A>による日産温調の子会社化(取得価額11.21億円)—「年買法」「EV/EBITDA」「のれん回収」による実務バリュエーション

目次

0. 取引概要(事実)

  • 買い手:シンコーホールディングス(TOKYO PRO Market、312A)
  • 対象会社:日産温調(管工事業、東京都大田区)
  • 取得形態:全株式取得(100%子会社化)
  • 取得価額:11.21億円
  • 取得予定日:2026/2/18
  • 対象会社の主要数値(2025/11期、連結):売上17.12億円、営業利益0.65億円、当期純利益0.72億円、純資産7.55億円

1. 弱点指摘(開示情報だけでは判断できない論点)

本件は「価格(11.21億円)」と「利益・純資産」は開示されていますが、バリュエーション実務で決定打になる以下が未開示です(=モデル誤差が出る箇所)。

  1. ネットデット(実質有利子負債・余剰現金):EV/EBITDAのEV(企業価値)に直結
  2. 減価償却費・設備投資・運転資本(工事未払/未収、前受金、仕掛):EBITDA、FCF、のれん回収力に直結
  3. 利益の平準性(大型案件の偏り、外注比率、人員構成、労務単価):利益の再現性に直結
  4. 許認可・技術者要件(管工事の経審・監理技術者等):PMI失敗時の売上毀損に直結

2. 重大リスク(法務・会計・税務・PMIで“落とす”ポイント)

危険ポイントA:利益の再現性リスク(工事業の構造)

管工事は「案件×現場責任者×外注・資材」で利益が決まります。営業利益率は 0.65/17.12=3.8%と読み取れますが、単年度のブレが大きい業種です。 → デューデリジェンス(DD)では「案件別粗利」「原価発生タイミング」「外注比率」「資材高騰の転嫁条項」「瑕疵・遅延の偶発債務」を最優先で確認が必要です。

危険ポイントB:のれん(366百万円)の会計処理で“見かけの利益”が変わる

取得価額11.21億円、純資産7.55億円より、単純差額は 3.66億円(=のれん相当)です。

  • 日本基準(一般論)ではのれんは償却(定額)となることが多く、連結営業利益を押し下げます。
  • 税務上も取扱いが会計と一致しないことがあり、税効果・実効税率・PLの見え方に影響します。
    ※ここは「適用会計基準」「税務ポジション」で結論が変わるため、監査人・税務顧問と要確認です(未確定で断定すると危険)。

危険ポイントC:シナジーの源泉が“共同購買”だけだと上限が低い

開示ではシナジーとして「営業エリアの重複なし」「資材の共同購入によるコスト削減」を挙げています。
共同購買は再現性が高い一方、削減余地に上限があります。PMIの本丸は、(i)受注単価、(ii)施工能力(人員配置)、(iii)工期短縮、(iv)外注最適化、(v)不採算案件排除、に踏み込めるかです。


3. 現実的代替案(買収側が“守り”を固める設計)

  1. 価格調整条項(ネットデット・運転資本・品質引当):クロージング時点の資金・仕掛の変動を買い手が被らない設計
  2. 表明保証保険(RWI)の検討:個人株主6名売主の場合、補償の実効性(資力)が弱いことがある
  3. キーマン・リテンション(現場統括、積算責任者):離職=粗利崩壊を防ぐ
  4. のれん償却を踏まえたKPI設計:償却費を“見ない”管理会計(EBITDA/工事粗利)で運用

4. バリュエーション① 年買法(純資産+営業利益×◯年分)

定義(補足)
年買法=「純資産(解散価値の下限)+営業利益×年数(収益力に対する上乗せ)」で概算する、中小企業M&Aで頻用される簡便法です。営業利益の「×年数」が、いわゆる“何年分の利益を前払いするか”に相当します。

本件の逆算(事実に基づく年数)

  • 取得価額:11.21億円
  • 純資産:7.55億円
  • 営業利益:0.65億円

年数=(取得価額-純資産)/営業利益
=(11.21-7.55)/0.65
=3.66/0.65
約5.63年

解釈(構造)

  • 本件は「純資産に対して営業利益約5.6年分を上乗せして買っている」構造です。
  • 管工事のような労務・資材依存業で、利益のブレが大きい場合、年数が長いほど“外した時の損失”が大きくなります。
  • 逆に、(i)人材の定着、(ii)購買改善、(iii)施工生産性の上昇で、営業利益が安定・増加するなら、5.6年は「回収可能なレンジ」に入ります(ただし、次の②③で裏取りが必要)。

5. バリュエーション② EV/EBITDA法(マルチプル法)

定義(補足)
EV/EBITDA法=「EV(企業価値)÷ EBITDA(利払い・税金・償却前利益)」で比較する方法です。設備投資の大きさや資本構成の違いをある程度ならして比較できます。※ただし、工事業は運転資本(未収・仕掛)の影響が大きく、EBITDAだけで安全とは言えません。

危険ポイント(前提不足)
本件は「株式価値(取得価額)」は開示されていますが、EV算定に必要なネットデットと、EBITDA算定に必要な減価償却費が未開示です。よって、ここはレンジでしか置けません(断定は危険)。

実務レンジ(感度分析:減価償却費を置く)

  • 営業利益(EBIT)=0.65億円
  • EBITDA=EBIT+減価償却費
  • EVは「ネットデットが小さい」前提なら概ね取得価額に近似(※ここも未確定)

感度(減価償却費を仮置き:0.10/0.30/0.50億円)

  • 減価償却費0.10億円 → EBITDA0.75億円 → EV/EBITDA ≒ 11.21/0.75=14.9倍
  • 減価償却費0.30億円 → EBITDA0.95億円 → EV/EBITDA ≒ 11.8倍
  • 減価償却費0.50億円 → EBITDA1.15億円 → EV/EBITDA ≒ 9.7倍

解釈(因果)

  • 工事業で9~15倍は幅が大きく、結論は「減価償却費・ネットデット・運転資本」の確認次第です。
  • ここが確定すると、同業上場のEV/EBITDA(レンジ比較)や、買収後のKPI(EBITDAマージン改善)に落とせます。
  • 開示のシナジーが「共同購買中心」の場合、EBITDAの改善余地が限定的になり、高マルチプルを正当化しにくい点が論点になります。

6. バリュエーション③ 「当期純利益」と「のれん」から、連結で必要な営業利益上乗せを逆算

ここは、買収後の実務で最も“腹落ち”しやすい設計です。ポイントは、「のれん=前払いした期待値」であり、その回収をPMIの数値目標(営業利益の上乗せ)に変換することです。

6.1 のれん相当額(事実ベースの単純差)

のれん相当=取得価額-純資産
=11.21億円-7.55億円
3.66億円

6.2 当期純利益との対比(回収年数の目安)

当期純利益=0.72億円 00
のれん/当期純利益=3.66/0.72=約5.08年

解釈

  • 「現状の純利益水準が維持できる」なら、のれんは約5年で回収可能という見立てになります。
  • ただし、これは“のれん償却・資金コスト・運転資本増”を無視した単純指標であり、実務では次の「償却負担」を織り込みます。

6.3 のれん償却を考慮した「必要な営業利益の上乗せ」(感度)

危険ポイント(会計基準で結論が変わる)
のれん償却年数が何年かで、連結営業利益への影響が変わります。ここは未開示なので、5年/10年/20年の感度で置きます(定額償却の想定)。

  • のれん3.66億円を
    • 5年償却 → 年0.732億円(7,320万円)
    • 10年償却 → 年0.366億円(3,660万円)
    • 20年償却 → 年0.183億円(1,830万円)

PMI目標への翻訳(最低ライン)
少なくとも「のれん償却で営業利益が目減りする分」を埋めないと、連結上は“買って利益が減る”形になります。
よって、最低限必要な営業利益の上乗せ(税前・ざっくり同額とみなす)は以下です。

  • 5年償却なら:+7,320万円/年
  • 10年償却なら:+3,660万円/年
  • 20年償却なら:+1,830万円/年

さらに、買収の経済合理性(資本コスト)まで踏み込むなら、本来は「償却負担+投下資本に対する期待リターン」まで上乗せ目標に入れます。ここは買い手の資本コスト(WACC)や資金調達条件が未開示のため、記事では*最低ライン”として償却分の上乗せまでを確定的に置くのが安全です。


7. 3手法を並べた結論(数字の整合)

本件は、開示情報だけでも「価格の分解」は可能です。

  • 年買法:純資産7.55億+営業利益0.65億×5.63年=11.21億(取得価額に一致) 00 00
  • EV/EBITDA:償却費・ネットデット未開示でレンジ(約9.7~14.9倍)
  • のれん回収:のれん3.66億は当期純利益0.72億の約5.1年分。償却年数が短いほど、連結営業利益の上乗せ目標が重くなる 00

実務的な読み方(因果)

  • 価格は「純資産+営業利益5~6年分」という、中小~ミドル案件でよく見られる骨格です。
  • ただし、管工事は案件ブレが大きく、買収後に利益が一時的に落ちると回収が急に遠のきます。したがって、妥当性は「DDで利益の質を確認できるか」「PMIで最低でも償却負担を超える営業利益改善を出せるか」に収れんします。

8. PMI(統合)で“利益上乗せ”を作る具体策(共同購買以外)

開示のシナジーは共同購買が中心です。
共同購買だけで「年3,660万~7,320万円(償却感度)」の上乗せを作れるかは、粗利構造次第です。実務では次のKPIに落とすと、上乗せの源泉が明確になります。

  1. 案件別粗利の標準化(積算テンプレ・外注単価表)
  2. 工期短縮(段取り・資材手配の前倒し)→ 現場回転率上昇
  3. 外注比率の最適化(内製化できる工程の選別)
  4. 資材高騰の転嫁条項(契約条件の改善)
  5. 不採算顧客・不採算案件の明確な撤退基準

これらは共同購買より難易度が上がる一方、上乗せ幅も大きくなります。

まとめ(結論)

  • 本件価格11.21億円は、純資産7.55億円に対して「営業利益0.65億円×約5.6年分」を上乗せした構造で説明できます。
  • EV/EBITDAは、ネットデット・償却費未開示のためレンジ評価に留まります(約9.7~14.9倍の感度)。
  • のれん相当3.66億円は、当期純利益0.72億円の約5.1年分で、償却年数を仮置きすると連結営業利益の上乗せ目標(最低ライン)は年1,830万~7,320万円となります。
  • 実務の成否は、共同購買に加えて「案件粗利管理」「外注最適化」「施工生産性」に踏み込めるかで決まります。
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