WEBサイトM&A事例:くすりの窓口によるメディ・ウェブ子会社化にみる「株式交換」の活用法

 今回の事例は、東証グロース上場の「くすりの窓口」<東証コード:5592>が、親密先である「EPARK」から、診療予約システムを手掛ける「メディ・ウェブ」を株式交換によって完全子会社化するというものです。

 一見、グループ内の再編に見えますが、ここには「成長企業の適正な買収価格(PER・PBR)」や「現金を減らさずに買収を行う財務戦略」のヒントが隠されています。皆様が将来、自社を売却、あるいは他社を買収する際に、このロジックを知っているかどうかで、手残り金額に億単位の差が出ることも珍しくありません。

目次

2. 取引の全体像とスキーム

まずは、今回の取引の基本構造を整理しましょう。

登場人物と関係性

  • 買い手(親会社となる):株式会社くすりの窓口
    • 事業:薬局向けシステム、メディア運営(EPARKくすりの窓口)。
    • 特徴:薬局市場での顧客基盤が厚い。
  • 売り手(対象会社):株式会社メディ・ウェブ
    • 事業:医療機関向け診療予約システム、メディア運営(EPARKクリニック・病院)。
    • 特徴:医療機関(病院・クリニック)市場に強み。
  • 売り手の株主:株式会社EPARK
    • 立ち位置:対象会社(メディ・ウェブ)の100%親会社であり、かつ買い手(くすりの窓口)の37.95%を保有する筆頭株主。

用いられた手法:株式交換(かぶしきこうかん)

 今回は「現金を対価とする買収」ではなく「自社株を対価とする株式交換」が選ばれました。

【用語解説】株式交換

買い手企業が、売り手企業の株主(今回はEPARK)から対象会社の株式を全て譲り受け、その対価として自社の株式を交付する手法です。買い手は現金の流出を防ぐことができ、売り手株主は買い手企業の株式を持つことで、統合後の成長メリット(株価上昇)を享受できます。

戦略的意図:薬局から病院へ

 くすりの窓口は薬局向けで圧倒的なシェアを持ちますが、医療機関(病院)向けの顧客数は約4,300件と、薬局の約38,000件に比べて劣後していました。今回の買収により、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の流れの中で、病院から薬局まで一気通貫したデータ連携やサービス提供を狙う「垂直統合」の意図が明確です。

3. プロが読み解く「バリュエーション」の深層

 ここからが本記事の核心です。公表資料の数字から、この取引が「高いのか安いのか」、そして「どのようなロジックで値付けされたのか」を逆算して分析します。

3-1. 株式交換比率からの価格逆算

公表された株式交換比率は以下の通りです。

  • メディ・ウェブ株式 1株 : くすりの窓口株式 21.546株

 これは、メディ・ウェブの株を1株持っていれば、くすりの窓口の株が約21.5株もらえることを意味します。では、これを金額に換算してみましょう。算定基準日(2025年12月4日)近辺のくすりの窓口の株価算定結果(市場株価法)は、2,896円~3,485円とされています。ここでは仮に、中央値付近の 3,190円 を採用して計算します。

  1. 買い手株価(仮定): 3,190円
  2. 交換比率: 21.546
  3. 売り手(メディ・ウェブ)1株あたりの評価額:$$3,190 \text{円} \times 21.546 \approx 68,731 \text{円}$$
  4. 売り手の発行済株式総数: 11,167株
  5. 株式価値総額(時価総額相当):$$68,731 \text{円} \times 11,167 \text{株} \approx \textbf{7億6,750万円}$$

つまり、今回のM&Aにおけるメディ・ウェブの評価額(Equity Value)は、約7.7億円と推計されます。

3-2. マルチプル(PER・PBR)による妥当性検証

M&Aの現場では、この「7.7億円」という価格が適正かどうかを判断するために、利益や純資産の倍率(マルチプル)を見ます。

資料にあるメディ・ウェブ(単体・2025年3月期予想)の数字を使います。

  • 純資産: 1億3,100万円
  • 当期純利益: 8,000万円

ここから算出される指標は以下の通りです。

  • PER(株価収益率) = 株式価値 7.7億円 ÷ 0.8億円 = 9.6倍
  • PBR(株価純資産倍率) = 株式価値7.7億円 ÷ 1.31億円 = 5.8倍

3-3. プロのアドバイザーとしての見解

こ の 「PER 約9.6倍」 という数字をどう見るか。ここにM&Aの妙味があります。

 通常、SaaS型やプラットフォーム型のIT企業のM&Aにおいて、PERは15倍~20倍、成長性が高ければそれ以上つくことも珍しくありません。それに比べると、9.6倍という評価は「買い手にとって非常にリーズナブル(お買い得)に見えます。

しかし、以下の背景を考慮する必要があります。

  1. 関連当事者取引である点:売り手と買い手の親会社が共通(EPARK)であるため、「高値掴み」をして買い手(上場企業)の既存株主(少数株主)を害することは許されません。そのため、第三者算定機関を入れ、保守的かつ公正な範囲(DCF法のレンジ内)で価格決定されたと考えられます。
  2. 非流動性ディスカウント:メディ・ウェブは非上場企業であり、単独でのIPO(新規上場)の不確実性などを考慮すると、上場企業並みのマルチプルは適用しづらい側面があります。
  3. シナジーの配分:今回の買収による成長余地(シナジー)は、統合後の買い手企業の株価上昇という形で、株式を受け取った売り手(EPARK)にも還元されます。そのため、入り口の価格を無理に吊り上げる必要がなかったとも推測できます。

【売り手経営者様へのアドバイス】もし貴社が完全に独立した第三者へ売却を行う場合、独自の強固な顧客基盤やSaaSモデルを持っているならば、この事例のPER10倍を「最低ライン(ボトム)」として、PER 15倍~20倍、あるいはEBITDA倍率での評価を目指して交渉する余地は十分にあります。

4. 財務戦略としての「株式交換」

 本件で特筆すべきは、現金を一切使わないスキームである点です。くすりの窓口は、保有する自己株式(金庫株)と新株発行を組み合わせて対価を支払います。これにより以下のメリットが生まれます。

  1. キャッシュアウトの抑制: 7億円強の現金を温存できるため、システム開発やマーケティング、次なるM&A投資に資金を回せます。
  2. 財務体質の維持: 借入を行う必要がないため、バランスシートを痛めません。

 一方で、既存株主にとっては「希薄化(1株あたりの価値が薄まること)」のリスクがあります。本件では発行済株式総数の2.12%の希薄化が生じますが、これを上回る「EPS(1株あたり利益)の向上」や「事業成長」が見込めると判断されたわけです。

【用語解説】EPS(Earnings Per Share)

1株当たり当期純利益のこと。M&Aによって純利益が増加する幅が、発行する新株の増加幅を上回れば、EPSは上昇し、既存株主にとってもプラス(Accretion)となります。

5. この事例から経営者が学ぶべき「売却の極意」

 くすりの窓口とメディ・ウェブの事例から、自社の出口戦略(Exit)を考える経営者が学ぶべきポイントを3つにまとめました。

① 「ニッチトップ」かつ「ストックビジネス」の強さ

 メディ・ウェブは「診療予約」という特定領域で、安定した収益基盤を持っています。赤字のテック企業も多い中、しっかりと営業利益率10%程度を出している点は高く評価されます。「地味でも手堅い黒字SaaS」は、上場企業にとって非常に魅力的な買収対象です。

② 自社株対価(株式交換)を受け入れる柔軟性

 「現金化(Cash out)」だけがM&Aのゴールではありません。買い手企業の成長性が高い場合、その株式を受け取ることで、売却後も資産を増やせる可能性があります。特に2021年の税制改正で、株式対価M&Aにおける課税繰り延べ措置も整備されてきています(※適用要件には専門的な確認が必要です)。

③ 「適正価格」の論理武装

 親会社間取引である本件でさえ、DCF法や市場株価法などのロジックを積み上げて価格を決定しています。第三者への売却であれば、なおさらです。「なんとなく3億円ほしい」ではなく、「当社の来期のEBITDAが〇〇で、類似企業のマルチプルが〇倍だから、〇億円が適正だ」と言える準備をしておくことが、高値売却への最短ルートです。

6. まとめ

 今回のくすりの窓口によるM&Aは、派手さはないものの、「実利(シナジー)」と「財務規律(適正バリュエーション)」のバランスが取れた、玄人好みの良質な取引であると評価できます。

 特にバリュエーションにおいて、PER約10倍という水準は、買い手にとっては投資回収の確実性が高く、売り手にとってもグループ全体の成長に寄与できる合理的なラインでした。M&Aは、相手企業との巡り合わせも重要ですが、それ以上に「自社の価値を正しく算定し、説明する力」が成否を分けます。

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲

M&A仲介業、M&Aアドバイザリー。前職は東証プライム上場グループ会社の代表取締役社長として、DX・Webマーケティング支援事業を経営、経営実務としてのファイナンス経験を活かしてM&Aアドバイザリー事業を創業。並行して自己勘定投資会社も経営し、プロ経営者・プロ投資家の双方の視点で顧客の事業価値最大化を支援しています。

経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度、日本経営財務研究学会(JFA:Japan Finance Association)在籍、東京商工会議所登録。M&Aシニアエキスパート資格保有。

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