2026年1月14日に発表された株式会社ボードルアによる株式会社リクソルの子会社化という事案はM&Aの本質である「将来価値」と「シナジー(相乗効果)」が如実に表れたケースと言えます。本記事では、この最新のM&A事例を解剖し、なぜ直近業績が営業赤字かつ1億7,500万円の債務超過である企業に、8億円という高い株式価値がついたのか。その裏側にあるバリュエーション(企業価値評価)の論理と、売り手企業が学ぶべき戦略的エグジットの秘訣をプロの視点から解説します。
1. 事案の概要と財務状況の整理
まずは、今回のM&Aの基本スキームと、対象会社であるリクソル社の状況を整理しましょう。
買収の概要
- 買い手: 株式会社ボードルア(東証プライム上場、ITインフラストラクチャ特化)
- 売り手: 株式会社TERRASOL(65%)、濱中健一氏(35%)
- 対象会社: 株式会社リクソル(ITサポート全般)
- 取得価額: 8億円(アドバイザリー費用等を除く株式譲渡代金)
- 実行日: 2026年1月14日
リクソル社の財務スペック(2025年4月期)
特筆すべきは、以下の財務指標です。
- 売上高: 13億1,700万円
- 営業利益: △600万円(赤字)
- 純資産: △1億7,500万円(債務超過)
【専門用語解説:債務超過(さいむちょうか)】 会社の負債の総額が資産の総額を上回っている状態のこと。貸借対照表上の「純資産」がマイナスになります。通常、清算価値の観点ではマイナス評価となりますが、M&Aでは「将来の稼ぐ力」が重視されます。
通常、純資産がマイナスの会社を評価する場合、コスト・アプローチ(純資産をベースにする手法)では価値がゼロ、あるいはマイナスと算出されることも珍しくありません。しかし、本件では「8億円」の評価がなされました。ここに、M&Aにおけるバリュエーションの妙があります。
2. プロが読み解く「8億円」のバリュエーション根拠
なぜ、赤字かつ債務超過の企業にこれほどの高値がついたのでしょうか。開示資料から読み取れる3つのポイントを解説します。
① DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)の採用
本件の価値算定にあたり、第三者機関であるプルータス・コンサルティングはDCF法を採用しています。
【専門用語解説:DCF法(ディーシーエフほう)】 企業が将来生み出すと期待されるキャッシュ・フローを、現在の価値に割り引いて計算する手法です。過去の業績や現在の資産状態よりも、「将来どれだけ稼げるか」という事業のポテンシャルを評価するのに適しています。
ボードルア社は、リクソル社が持つ「若手を中心としたIT人材」と、自社が持つ「先端技術領域(SDN、クラウド、セキュリティ等)のナレッジ」を掛け合わせることで、将来的に大きな業績拡大が見込めると判断したのです。
② 「人材」という目に見えない資産の評価
ITインフラ業界において、現在最も深刻な課題は「エンジニアの不足」です。リクソル社は売上13億円規模のITサポート事業を展開しており、多くの若手エンジニアを抱えていると推察されます。 ボードルアにとっては、ゼロからエンジニアを採用・育成するコストを考えれば、赤字を解消し、高付加価値な先端案件にシフトさせることで、8億円の投資は十分に回収可能であるという計算が立ちます。
③ シナジー・プレミアムの付加
買い手のボードルアは、SDN(ネットワーク仮想化)やロードバランサーといった高度な技術領域に強みを持ちます。 リクソル社の顧客基盤や人材に、ボードルアの高度な技術を導入(アップセル・クロスセル)することで生まれる「1+1=3」以上の価値(シナジー)を、買収価格に反映させたものと考えられます。
3. 譲渡対価の調整(アーンアウト条項)の重要性
本件の開示資料には、非常に重要な一文が含まれています。
「相手先との間で今後のリクソルの業績推移に応じた譲渡対価の調整に関する合意がなされており、当該事業の業績等の状況に応じて追加対価の支払いが発生する可能性があります。」
これは一般的に「アーンアウト(Earn-out)」と呼ばれる仕組みです。
【専門用語解説:アーンアウト】 M&A成立時に全ての代金を支払うのではなく、買収後の一定期間に目標利益などを達成した場合、追加で譲渡代金を支払う契約条項のことです。
アーンアウトが採用された理由(プロの推察)
売り手側からすれば「将来の成長性を評価してほしい」と主張し、買い手側からすれば「今の赤字状況ではリスクが高い」と考えます。この「価値認識のギャップ」を埋めるための解決策がアーンアウトです。 今回の8億円という価格も、一定の成果を収めた場合に支払われる「成功報酬」的な側面、あるいは逆に未達の場合の減額条項などが含まれている可能性があり、非常に合理的かつ実務的なスキームと言えます。
4. アドバイザリー費用と取引の透明性
本件では、株式取得に際して発生した費用も開示されています。
- アドバイザリー費用等(概算): 3.2百万円(320万円)
これは、上場企業が実施する8億円規模の買収案件としては、非常に低く抑えられている印象を受けます。 一般的に、この規模のM&Aでは、レーマン方式(取引金額に応じた手数料体系)に基づき、数千万円単位の手数料が発生することが多いです。これほど費用が抑えられている背景には、スキームがシンプルであったか、あるいは一部の専門業務(株価算定等)のみを外部委託し、実務の多くを内製化した可能性が考えられます。
いずれにせよ、こうした諸費用を含めても、ボードルア社の投資意欲がいかに高かったかが伺えます。
5. 経営者がこの事例から学ぶべき「エグジット戦略」
今回のボードルアによるリクソルの買収劇は、将来的に会社譲渡を検討しているオーナー経営者の皆様にとって、多くの示唆に富んでいます。
1. 「PL(損益計算書)」よりも「事業の希少性」を磨く
直近が赤字であっても、買い手が喉から手が出るほど欲しい「リソース(人材、技術、顧客網)」があれば、高いバリュエーションは可能です。リクソル社のように、「若手IT人材」という現在の市場で最も希少な資源を持っていたことが、逆転の評価に繋がりました。
2. シナジーを描ける「相手」を選ぶ
もしリクソル社が、同じようなITサポート会社に売却していたら、これほどの評価はつかなかったでしょう。ITインフラの先端技術を持つボードルアという「川上」の企業が買い手だったからこそ、リクソル社のリソースが最大化されるストーリーが描けたのです。
3. 専門家による「論理的な価値算定」の活用
本件ではDCF法による第三者算定が活用されました。 主観的な「思い入れ」ではなく、客観的な「将来キャッシュ・フロー」に基づいた交渉を行うことが、債務超過企業が高値でエグジットするための唯一の道です。



















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