調剤薬局中堅のファーマライズホールディングスが、医薬品卸の三幸メディカルを子会社化した事例です。本件は一見すると「医薬品卸の買収」に見えますが、実態は医薬品卸+調剤薬局2社を内包したグループ買収であり、バリュエーションを読み解くには相応の注意が必要です。
1. 取引概要
- 買い手:ファーマライズホールディングス
- 対象会社:三幸メディカル(医薬品卸)
- 取引形態:発行済株式100%取得(完全子会社化)
- 取得価額:普通株式 約15.3億円
- 付随費用(アドバイザリー費用等):約0.7億円
- 合計支出額:約16億円
三幸メディカルは、医薬品卸を主業としながら、以下の調剤薬局運営会社2社を子会社として保有しています。
- 大洋薬品
- 平成薬品
2. この案件を「卸単体」として見ると必ず誤る
三幸メディカル(単体)の直近期データは概ね以下の水準です。
- 売上高:約13.8億円
- 営業利益:約0.19億円
- 純資産:約1.64億円
これだけを見ると、
「営業利益2,000万円の会社が16億円で売れた」
という誤解が生じます。
しかしこれは完全なミスリーディングです。
実際には、
- 親会社(卸)
- 子会社2社(調剤薬局)
をひとまとまりの事業体として評価する必要があります。
M&Aにおけるバリュエーションは、「法人格」ではなくキャッシュフローを生む事業単位で行われます。
3. バリュエーション① 純資産法
3-1. 純資産法とは
純資産法とは、
資産 − 負債 = 純資産
をベースに株式価値を算定する方法です。
中小企業M&Aにおいては、
- 事業価値の下限
- 清算価値の近似
として使われます。
3-2. 本件への当てはめ
三幸メディカル単体の純資産
→ 約1.64億円
取得価額(株式)
→ 約15.3億円
PBR(株価純資産倍率)
= 15.3 ÷ 1.64 ≒ 9.3倍
3-3. 実務的な解釈
一見すると「高い」と感じますが、以下の点が重要です。
- 親会社の純資産には「子会社株式」が含まれている
- 子会社の実態価値が簿価に反映されていない可能性が高い
つまり、
単体純資産倍率が高い = 割高
とはまったく言えません。
純資産法はあくまで最低ラインの確認に使う手法です。
4. バリュエーション② EV/EBITDA法
4-1. EV/EBITDA法とは
- EV(Enterprise Value):企業価値
- EBITDA:営業利益+減価償却費
事業が生み出すキャッシュフロー能力に対して、何倍の価格が付いているかを見る方法です。
上場企業・PEファンド・戦略買い手のいずれも、最重要指標の一つです。
4-2. 単体で計算すると「異常値」になる理由
親会社単体の営業利益
→ 約0.19億円
仮に減価償却費を0.1〜0.3億円と置くと、
EBITDA ≒ 0.3〜0.5億円
EVを15.3億円と仮定すると、
EV/EBITDA ≒ 30〜50倍
これは明らかに非現実的です。
原因は単純で、
事業単位の切り出しが誤っている
からです。
4-3. グループベースで見る
子会社2社の営業利益(概算)
- 大洋薬品:約0.66億円
- 平成薬品:約0.16億円
親会社卸:約0.19億円
合計営業利益
→ 約1.01億円
薬局・卸の特性を考慮し、減価償却費を0.2〜0.5億円と仮定すると、
EBITDA ≒ 1.2〜1.5億円
EVを15.3億円とすると、
EV/EBITDA ≒ 10〜13倍
4-4. 実務的評価
- 調剤薬局を内包する事業ポートフォリオ
- 関東エリアでの拠点性
- 卸×薬局の垂直統合シナジー
を考慮すると、十分に説明可能なレンジです。
5. アドバイザリー費用の考え方
本件では約0.7億円のアドバイザリー費用等が発生しています。
株式価額15.3億円に対して、
0.7 ÷ 15.3 ≒ 4.6%
買い手側では、
- FA報酬
- 財務DD
- 税務DD
- 法務DD
- バリュエーション算定
- 契約書作成
が含まれます。
売り手として重要なのは、
自社の手取りと無関係なコストが存在する
という理解です。
6. 価格が「乗る会社」と「削られる会社」の違い
6-1. プレミアムが付く要因
- 地域での拠点性
- 安定した人材確保
- 許認可・コンプラ体制が整備
- 月次で業績管理されている
6-2. ディスカウントされる要因
- 在庫の実態が不明
- 売掛金回収が緩い
- 役員依存型経営
- 帳簿と実態が乖離
7. 売り手経営者が学ぶべき本質
- 価格は「売上」でも「営業利益」でもなく、将来キャッシュフローで決まる
- 単体決算ではなくグループ・事業単位で見られる
- バリュエーションは「計算式」より「前提条件」が9割
8. 本件から導かれる価値レンジ(整理)
- 純資産法:1.6億円(下限)
- EV/EBITDA法:10〜13倍 × EBITDA 1.2〜1.5億円 → 約12〜20億円
- 類似比較法:卸+薬局の加重平均レンジ
→ 16億円という取得価額は合理的な範囲
10. まとめ
M&Aにおいて、
「同業はいくらで売れたか」
という問いは重要ですが、表面上の数字だけを見ても意味がありません。
重要なのは、
- どの事業が
- どれだけのキャッシュフローを生み
- それがどのくらい安定しているか
です。
この構造を理解している売り手は、
交渉力がまったく違います。



















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