2026年2月20日、東証スタンダード市場に上場するマーケティング支援企業・株式会社ネオマーケティング(証券コード:4196)は、SNS運用代行を手掛ける株式会社エッセンスマーケティング(東京都渋谷区)の株式60%を取得し、子会社化することを発表しました。取得価額は6,900万円、取得予定日は2026年4月1日です。
第1章 案件の概要と当事者のプロフィール
買い手:株式会社ネオマーケティング(4196)
ネオマーケティングは2000年に設立された、生活者起点のマーケティング支援会社です。2021年4月に東京証券取引所(現スタンダード市場)に上場しました。リサーチ事業を基盤としながら、デジタルマーケティング、PR、インフルエンサーマーケティングなど、マーケティング支援の領域を段階的に拡大してきました。
2025年9月期(連結)の業績は、売上高23億600万円(前期比9.9%増)、営業利益1,000万円(同30.0%減)でした。先行投資期として人材採用を強化した結果、増収ながらも減益となっています。2026年9月期の業績予想は、売上高28億円(前期比21.4%増)、営業利益1億円(同821.7%増)と、増収増益への回帰を見込んでいます。時価総額は2026年2月20日時点で約33億円前後です。
注目すべきは、同社が2024年にインフルエンサーマーケティング支援サービス「Looply」を開始するなど、SNSマーケティング領域への進出を加速している点です。本件の子会社化は、この戦略の延長線上に位置づけられます。
売り手:株式会社エッセンスマーケティング
エッセンスマーケティングは2023年春に設立された、創業からわずか約2年の新興企業です。代表者は大学在学中にSNSコンテンツ事業をM&Aで売却した経験を持ち、その後ITベンチャー企業で全国営業成績1位を獲得、楽天グループ株式会社では年間売上高30億円規模のプロジェクトを統括した実績のある人物とされています。
事業内容は、TikTokを中心としたSNS運用代行、独自AI「ピクピク記事ボットAi」を活用したSEO・SNS運用代行、女性向けキャリア支援スクール「ABCマーケティング」の運営など、複数の事業を展開しています。平均年齢24歳という若い組織であり、若年層向けSNSマーケティングにおける「感覚値」と「実行力」を兼ね備えている点が強みです。
2025年3月期の財務数値は以下のとおりです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 売上高 | 3,370万円 |
| 営業利益 | 1,760万円 |
| 純資産 | 1,360万円 |
| 営業利益率 | 52.2% |
特筆すべきは、営業利益率52.2%という極めて高い収益性です。人材派遣型・受託型のSNSマーケティング会社では一般に15~30%程度の利益率が相場ですが、同社は創業間もない規模ゆえに固定費が限定的であること、かつ高付加価値なコンサルティング型サービスを提供していることが、この高水準の背景にあると推察されます。
取引条件の整理
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 取得株式数 | 発行済株式の60% |
| 取得価額 | 6,900万円 |
| 取得予定日 | 2026年4月1日 |
| 100%換算の株式価値 | 1億1,500万円(6,900万円÷60%) |
| 付帯取引 | 第三者割当による自己株式処分あり |
本件では60%取得にとどめ、残り40%は既存株主(創業者ら)が引き続き保有する構造です。これはM&Aの実務上、創業者のモチベーション維持と経営の継続性を担保するための一般的な手法であり、特にSNSマーケティングのように個人の属人的なスキルやネットワークがビジネスの根幹をなす業態では、合理的な判断といえます。
また、同時に第三者割当による自己株式処分が行われている点も注目に値します。これはエッセンスマーケティングの創業者に対してネオマーケティングの株式を割り当てることで、グループとしての一体感を醸成し、株価連動型のインセンティブとして機能させる意図があると考えられます。いわゆる「株式交換的な要素を含むハイブリッド型のM&Aスキーム」であり、キャッシュアウトの負担軽減と人材リテンションの両立を図った設計です。
第2章 戦略的背景と買収の意義
ネオマーケティング側の狙い
ネオマーケティングは、マーケティングリサーチを祖業とし、累計取引実績3,000社超、累計プロジェクト数40,000件以上という堅実な基盤を持つ企業です。しかし、中期経営計画の進捗をみると、当初2026年9月期に売上高40億円・営業利益5億円を掲げていたものの、2024年の見直しで売上高28億円・営業利益1億円へと大幅に下方修正されています。
この計画の乖離が示すのは、オーガニック成長(自律的な内部成長)だけでは中期目標の達成が困難であるという現実です。マーケティングコンサルタントの採用と戦力化に時間を要していることが最大の要因ですが、同時に、デジタルマーケティングやSNS領域での競争力強化が急務であることを経営陣は認識しているはずです。
エッセンスマーケティングの子会社化は、この課題への直接的な回答です。TikTokを中心としたショート動画マーケティングは、2026年現在、企業のマーケティング戦略において不可欠な要素となっています。特にZ世代(1990年代後半~2010年代前半生まれ)への訴求において、TikTokは圧倒的なリーチ力を持ちます。この領域のケイパビリティ(実行能力)を自前で構築するには時間とコストがかかりますが、M&Aによって即座に獲得できるというのは、時間を買うという観点で合理的な判断です。
エッセンスマーケティング側にとっての意味
設立2年目で売上高3,370万円の段階にある同社にとって、上場企業グループへの参入は、信用力・営業チャネル・バックオフィス機能の面で大きなメリットがあります。ネオマーケティングの既存顧客基盤3,000社超に対してSNSマーケティングをクロスセルできる環境は、エッセンスマーケティング単体では到底構築しえないものです。
ただし、40%の株式を引き続き保有するということは、将来的な追加売却(いわゆる「セカンドバイト」)の選択肢も残していることを意味します。エッセンスマーケティングが成長し企業価値が向上すれば、残り40%の売却時にはさらに高い価格での譲渡が期待できるため、創業者にとっては段階的なエグジット戦略として合理的です。
第3章 バリュエーション分析
ここからが本稿の核心です。本件の買収価格6,900万円(60%取得)が妥当かどうかを、3つの手法で多角的に検証します。分析にあたっては、100%換算の株式価値1億1,500万円をベースに議論を進めます。
分析①:年買法(年倍法)によるバリュエーション
年買法とは、中小企業のM&Aにおいて最も広く用いられる簡便な評価手法です。対象会社の純資産に、営業利益の数年分を上乗せして株式価値を算定します。「のれん」に相当する部分が営業利益の何年分に当たるかを直感的に把握できるため、中小M&Aの現場では「まず年買法で概算を確認し、次に他の手法で検証する」というアプローチが一般的です。
計算式は以下のとおりです。
株式価値 = 純資産 + 営業利益 × n年分
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 100%換算株式価値 | 1億1,500万円 |
| 純資産 | 1,360万円 |
| のれん相当額(差額) | 1億140万円 |
| 営業利益 | 1,760万円 |
| 営業利益の年数(倍率) | 約5.8年分 |
【評価コメント】
中小企業M&Aにおける年買法の一般的な相場感は、営業利益の2~5年分です。安定業種であれば3年前後、成長業種であれば5年程度までが許容範囲とされることが多いです。本件の約5.8年分という水準は、この相場感の上限をやや超えています。
ただし、SNSマーケティング業界の高い成長性と、同社の52.2%という驚異的な営業利益率を考慮すると、成長プレミアムを織り込んだ結果としての5.8年分は、必ずしも割高とは言い切れません。むしろ、同社の営業利益が今後2~3年で年間3,000万円以上に成長する蓋然性があるならば、取得時点のPL(損益計算書)をベースにした5.8年分は、成長後の利益水準からみれば実質的に3~4年分に圧縮される可能性があります。一方で、危険ポイントとして認識すべきは、創業2年目の企業の単年度業績をそのまま「正常収益力」とみなしてよいのかという論点です。売上高3,370万円・営業利益1,760万円という数値が持続可能なものなのか、それとも特定の大口案件に依存した一過性のものなのかは、デューデリジェンス(買収監査)で詳細に検証すべき事項です。
分析②:EV/EBITDA法によるバリュエーション
EV/EBITDA法(イーブイ/イービットディーエー法)は、企業価値(EV:Enterprise Value)が事業利益(EBITDA:利払前・税引前・償却前利益)の何倍で評価されているかを示す指標です。M&Aの実務では最も国際的に広く用いられるバリュエーション手法であり、資本構成や税制の違いを排除して企業同士を比較できるのが利点です。「買収コストを何年分の事業キャッシュフローで回収できるか」という投資回収の観点から、直感的に理解しやすい指標です。
| 項目 | 数値 | 備考 |
|---|---|---|
| 100%換算株式価値(=EV) | 1億1,500万円 | 有利子負債・余剰現金は不明のため、株式価値≒EVと近似 |
| EBITDA | 約1,760万円 | 営業利益≒EBITDA(小規模サービス業のため減価償却費は僅少と推定) |
| EV/EBITDA倍率 | 約6.5倍 |
【業界比較】
本件のEV/EBITDA倍率6.5倍を、関連する業界の水準と比較してみましょう。
| 業界・カテゴリ | EV/EBITDA倍率の目安 |
|---|---|
| 日本の中堅・中小企業M&A全業界平均 | 約5.4倍 |
| 大手SIer・ITサービス(上場) | 10~11倍 |
| デジタルマーケティング業界 | 6~10倍 |
| グローバルM&A中央値(2025年) | 10.8倍 |
| 本件 | 6.5倍 |
【評価コメント】
EV/EBITDA 6.5倍は、日本の中堅・中小企業M&Aの全業界平均である約5.4倍をやや上回りますが、デジタルマーケティング業界の一般的なレンジ(6~10倍)の下限に位置しています。
この水準から読み取れるのは、ネオマーケティングが「成長企業に対して過度なプレミアムを支払うことを避けつつ、一定の成長性を織り込んだ合理的な価格で取得した」という価格規律の存在です。同業のSaaS企業やデジタル広告企業ではEV/EBITDA 10倍超で取引される事例も珍しくない中、6.5倍はむしろ抑制的な水準といえます。
ただし、ここでも留意すべきは、EBITDAの絶対額が1,760万円と非常に小さい点です。小規模企業のM&Aでは、「倍率は適正でも絶対額の振れ幅が大きい」という構造的なリスクがあります。仮にEBITDAが半減すれば、実質的なEV/EBITDAは13倍に跳ね上がります。したがって、倍率だけでなく、事業の安定性や成長の確度をあわせて評価することが不可欠です。
分析③:連結損益への影響分析(のれん控除後の営業利益上乗せ効果)
M&Aを行う上場企業にとって、最も重要な論点の一つが「連結決算にどのような影響を与えるか」です。ここでは、のれんの発生額と償却費を算出し、連結営業利益および親会社株主に帰属する当期純利益への影響を試算します。
なお、のれん(英:Goodwill)とは、M&Aにおいて取得価額が被取得企業の純資産持分を上回る部分を指し、日本の会計基準では一定年数(通常5年~20年)で均等に償却する必要があります。のれんの償却費は連結損益計算書上、販売費及び一般管理費に計上され、連結営業利益を押し下げる要因となります。
のれん発生額の算定
| 項目 | 金額 | 算定根拠 |
|---|---|---|
| 取得価額 | 6,900万円 | 60%取得 |
| 取得した純資産持分 | 816万円 | 1,360万円 × 60% |
| のれん発生額 | 6,084万円 | 6,900万円 − 816万円 |
※ 実務上は、取得日時点の時価純資産との差額でのれんを算定しますが、ここでは簿価純資産を近似値として使用しています。
連結営業利益への影響
60%の株式取得によりエッセンスマーケティングは連結子会社となるため、同社の損益は100%連結されます。一方、のれんの償却費が連結営業利益から控除されます。
| 項目 | 年額 | 備考 |
|---|---|---|
| エッセンスマーケティングの営業利益(100%連結) | +1,760万円 | 2025年3月期ベース |
| のれん償却費(5年定額法の場合) | ▲1,217万円 | 6,084万円 ÷ 5年 |
| 連結営業利益への純増額 | +543万円/年 | のれん償却控除後 |
ネオマーケティングの2026年9月期の連結営業利益予想が1億円であることを踏まえると、エッセンスマーケティングの連結による営業利益の上乗せ効果は+543万円、すなわち約5.4%の増益効果が見込まれます。
ただし、エッセンスマーケティングの決算期は3月であり、ネオマーケティングの決算期は9月です。取得日が2026年4月1日であるため、2026年9月期への業績寄与は6か月分(4月~9月)となり、初年度の連結寄与は上記の約半分(+270万円程度)にとどまる点にご留意ください。
親会社株主に帰属する当期純利益への影響
連結営業利益への貢献がプラスである一方、当期純利益ベースでは異なる結果が生じます。この点は非常に重要です。
| 項目 | 年額 | 備考 |
|---|---|---|
| エッセンスマーケティングの推定当期純利益 | 約1,232万円 | 営業利益1,760万円 × (1−実効税率30%) |
| のれん償却費(税効果なし) | ▲1,217万円 | 株式取得によるのれんは連結上税務上の損金にならない |
| 連結当期純利益への寄与(NCI控除前) | 約+15万円 | 1,232万円 − 1,217万円 |
| 非支配株主に帰属する当期純利益 | ▲493万円 | 1,232万円 × 40%(非支配株主持分) |
| 親会社株主に帰属する当期純利益への影響 | ▲478万円/年 | 15万円 − 493万円 |
ここで「非支配株主に帰属する当期純利益」とは、子会社の利益のうち親会社以外の株主(本件では40%を保有する既存株主)に帰属する部分です。連結損益計算書では、この金額を差し引いた残りが「親会社株主に帰属する当期純利益」となります。
【評価コメント】
分 析の結果、連結営業利益ベースでは年間約+543万円のプラス寄与がある一方、親会社株主に帰属する当期純利益ベースでは年間約▲478万円のマイナス影響が発生する見通しです。これは、のれん償却費が税務上の損金算入とならず(いわゆる「税効果なし」)、かつ40%の非支配株主持分が存在するために生じる構造的な特徴です。
すなわち、現在の利益水準が維持される前提では、本件M&Aはのれん償却期間中(5年間)において、EPS(1株当たり当期純利益)にわずかながら希薄化効果をもたらすということになります。
第4章 3つのバリュエーション手法の総合評価
| 評価手法 | 算定結果 | 相場感との比較 | 総合判定 |
|---|---|---|---|
| 年買法 | 営業利益の5.8年分 | 相場(2~5年)の上限超 | やや高め |
| EV/EBITDA法 | 6.5倍 | 業界レンジ(6~10倍)の下限 | 妥当~割安 |
| 連結損益影響 | 営業利益+543万円/純利益▲478万円 | 営業利益は増益、純利益は微減 | 条件付きで許容範囲 |
3つの手法を総合すると、本件の取得価額6,900万円(100%換算1億1,500万円)は、「割安ではないが、成長を織り込めば合理的な範囲内」と評価できます。
年買法では相場の上限を超えていますが、これは52.2%という高い営業利益率を持つ成長企業に対するプレミアムとして理解できます。EV/EBITDA法では業界レンジの下限にあり、むしろ抑制的な価格設定です。連結損益への影響は、営業利益ベースではプラス、純利益ベースでは微減ですが、対象会社の成長が実現すれば速やかに解消される水準です。
第5章 本件M&Aにおける危険ポイントと留意事項
M&Aのバリュエーションは、あくまで「買収時点の静的な分析」です。実際の投資成果は、買収後の統合プロセス(PMI:Post Merger Integration)の巧拙によって大きく左右されます。本件において特に留意すべきリスク要因を整理します。
(1)キーパーソン依存リスク
エ ッセンスマーケティングは創業者を中心とした少人数体制であり、平均年齢24歳の若いチームです。TikTok運用のノウハウや顧客リレーションが特定個人に集中している可能性が高く、創業者の離脱はビジネスの継続性に直結するリスクです。60%取得にとどめて創業者のモチベーションを維持している点は評価できますが、アーンアウト条項(業績連動型の追加対価)やキーパーソン条項の有無は確認すべきポイントです。
(2)業績の持続性・再現性リスク
売上高3,370万円は年間を通した数値ですが、創業2期目の企業においてこの業績が「正常収益力」を示しているかは慎重に判断する必要があります。特定の大口顧客への依存度、契約の継続性、季節変動の有無などを精査しなければ、のれん5.8年分の前提が崩れる可能性があります。
(3)TikTok関連の規制リスク
TikTokを運営するByteDance社に対しては、米国をはじめ各国でデータセキュリティ上の懸念から規制が強化されています。日本においても今後規制が強化される可能性は否定できず、TikTok特化型のビジネスモデルには一定のプラットフォームリスクが内在しています。Instagram ReelsやYouTube Shortsなど、代替プラットフォームへの展開力があるかどうかも重要な評価ポイントです。
(4)PMI(買収後統合)の実行リスク
上場企業のマーケティングリサーチ会社と、創業2年目のベンチャー企業では、組織文化、意思決定のスピード、報酬体系など、あらゆる面でギャップがあります。特にSNSマーケティングは変化の速さが命であり、上場企業のガバナンス体制がエッセンスマーケティングのスピード感を阻害しないよう、適切な自治権の付与が求められます。
※ 本記事の分析は公開情報に基づく筆者独自の見解であり、特定の投資判断を推奨するものではありません。実際のM&Aにおいては、デューデリジェンスを経た詳細な分析が必要です。



















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