CrossEホールディングス<231A>による共新電設工業買収のバリュエーション評価

 2025年5月25日を予定日に発表されたエイチ・アイ・エス子会社Cross Eホールディングス(証券コード:231A)による共新電設工業の完全子会社化は、地域経済活性化と事業ポートフォリオ拡充という戦略的意義を持つ案件として注目されています。本稿では、取引のバリュエーション手法を詳細に分析し、その妥当性と戦略的合理性について考察します。

 案件概要

 Cross Eホールディングスは、廃棄物処理施設の機械設置工事やハウステンボスの施設管理業務を手がける企業グループです。同社はエイチ・アイ・エスの子会社として、長崎県を中心に事業を展開しています。今回の買収対象である共新電設工業は、1946年創業の長崎県佐世保市に本社を置く電気・通信工事会社であり、長崎県北部地区を中心に9か所の太陽光発電所も所有しています。

共新電設工業の財務状況(2024年5月期)は以下の通りです:

– 売上高:5億3,100万円

– 営業利益:2,990万円

– 純資産:3億1,900万円

取得価額は4億2,000万円と公表されており、2025年10月1日に完全子会社化する予定です。

 バリュエーション手法の解説

 M&A取引における企業価値評価には複数の手法があります。各手法の特徴を踏まえながら、本件取引のバリュエーションを多角的に分析します。

 1. 年倍法(利益加算法)による評価

年倍法は、企業の純資産に一定期間(通常3〜5年)の利益を加算する方法で、特に中小企業のM&Aで広く用いられています。この手法は、企業の資産価値(ストック価値)と収益力(フロー価値)の両面を評価できる点が特徴です。

本件に年倍法を適用すると:

– 純資産:3億1,900万円

– 営業利益の3年分:2,990万円 × 3年 = 8,970万円

– 合計:3億1,900万円 + 8,970万円 = 4億870万円

実際の取得価額4億2,000万円は、年倍法による理論価値をわずかに上回っていますが、許容範囲内と考えられます。

 2. DCF法(割引キャッシュフロー法)による分析

 DCF法は、将来のフリーキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を算出する手法です。将来の収益性を重視する点で、成長企業の評価に適しています。

共新電設工業の場合、以下の要素がDCF評価に影響します:

公共工事中心の安定した受注基盤

太陽光発電所からの安定的なキャッシュフロー(年間約370万kWhの発電による売電収入)

– Cross Eホールディングスとのシナジーによる収益力向上の可能性

 一般的な電気工事業の成長率と割引率(資本コスト)を用いてDCF計算を行うと、4億円台の企業価値が導出される可能性が高く、今回の取得価額の妥当性を支持すると考えられます。

3. EBITDA倍率法による検証

 EBITDA倍率法は、企業のEBITDA(利息・税金・減価償却前利益)に業界標準の倍率を乗じて企業価値を算出します。共新電設工業の営業利益に減価償却費を加算したEBITDAは8,233万円であり、建設・電気工事業のEBITDA倍率は通常5倍程度であることを考慮すると、4億円前後の企業価値が算出される可能性が高いです。過大な役員報酬や経費等の調整後EBITDA、総資産と純資産を差し引いた想定される有利子負債を差し引いても妥当な価格である事が想定されます。

4. 純資産法と修正純資産法

 純資産法は、企業のバランスシート上の純資産額をベースに企業価値を評価する手法です。共新電設工業の純資産は3億1,900万円ですが、太陽光発電所などの固定資産は帳簿価額と時価に乖離がある可能性があります。特に、太陽光発電所は安定した売電収入を生み出す資産であり、市場価値は帳簿価額を上回る可能性があります。9か所の太陽光発電所を所有し、年間約370万kWhを発電している点を考慮すると、修正純資産ベースでの評価額は4億円を超える可能性もあります。

各バリュエーション手法による評価のまとめ

 各バリュエーション手法による評価額を整理し、複数の評価手法に基づくと、今回の取得価額4億2,000万円は概ね妥当なレンジ内にあると評価できます。特に、太陽光発電事業による安定収益や、Cross Eホールディングスとのシナジー効果を考慮すると、適切なプレミアムが付されていると言えるでしょう。

戦略的意義と将来展望

 1. 垂直統合による効率化とマージン改善

 Cross Eホールディングスは、これまで建設・機械設置工事業とファシリティ・マネジメント事業を手がけてきましたが、電気・通信工事分野は外部委託していた可能性があります。共新電設工業の子会社化により、これらの工事を内製化できるため、グループ全体の利益率向上が期待できます。特に、ハウステンボスの施設管理において電気工事の内製化は大きなコスト削減効果をもたらす可能性があります。

2. 事業ポートフォリオの多様化によるリスク分散

 Cross Eホールディングスは、「市場の異なる現在の2事業に加え、類似または近接市場を基盤とする事業領域を、M&Aにより加えることにより、社会情勢の変化による市場からの業績影響を最小限にとどめる」ことを経営方針としています。電気・通信工事業への参入は、既存事業とのシナジーを持ちながらも、異なる市場特性を持つことから、効果的なリスク分散となります。

 3. 太陽光発電事業による安定収益基盤の獲得

 共新電設工業が所有する9か所の太陽光発電所は、年間約370万kWhを発電しており、固定価格買取制度(FIT)による安定した売電収入が見込まれます。これにより、Cross Eホールディングスグループの収益構造が安定化することが期待されます。

4. 地域経済への貢献

 Cross Eホールディングスは、「人口減少等にて経済規模の縮小が続く、地元長崎県の経済に貢献すること」を上場目的の一つとしています。80年の歴史を持つ地元企業である共新電設工業を子会社化することで、地域の雇用維持や技術継承に貢献し、社会的価値の創出にもつながります。

5. 公共工事分野への事業展開

 共新電設工業は公共工事を中心に受注しており、一級電気工事施工管理技師の資格を持つ中堅社員が多数在籍しています。Cross Eホールディングスにとって、この買収は自治体や防衛分野の公共工事市場への参入機会をもたらします。公共工事は景気変動の影響を受けにくく、安定した受注が期待できる分野です。

バリュエーションとシナジー効果の関係性

 M&A取引では、単純な財務指標だけでなく、シナジー効果も含めた総合的な価値評価が重要です。本件取引においては、以下のシナジー効果が期待され、それが取得価額に反映されていると考えられます。

収益シナジー

– 電気・通信工事の内製化による利益率向上

– Cross Eホールディングスの顧客基盤を活用した共新電設工業の受注拡大

– 公共工事分野への参入による新たな収益源の獲得

コストシナジー

– 間接部門の統合による管理コスト削減

– 機材・設備の共同利用による効率化

– 購買力強化による材料調達コストの削減

財務シナジー

– 上場企業グループとなることによる資金調達力の向上

– 税務上のメリット(繰越欠損金の活用など、適用可能であれば)

– 投資効率の改善

 これらのシナジー効果を定量化すると、年間数千万円の利益向上効果が見込まれる可能性があります。そのため、純粋な財務指標から算出される理論価値に若干のプレミアムを上乗せした4億2,000万円という取得価額は、中長期的には十分に回収可能な投資と評価できます。

プライマリーアドバイザリー株式会社

代表取締役 内野 哲

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プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲
独立系のM&Aアドバイザリー、M&A仲介業、自己勘定投資会社を経営。

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