技術承継機構<319A>のEBITDA戦略から見る事業承継市場

技術承継機構の調整後EBITDAの独自定義

 技術承継機構が重視する調整後EBITDAは、一般的なEBITDA(営業利益+減価償却費+のれん償却費)に「取得関連費用」を足し戻した数値として定義されています。この定義は、M&Aを継続的に実行する連続買収企業(シリアルアクイラー)としての特性を反映した、極めて実務的かつ戦略的な指標設計といえるでしょう。

 従来のEBITDA概念において、EBITDA=営業利益+減価償却費+のれん償却費という基本計算式が用いられることが一般的です。しかし、技術承継機構は独自に以下の計算式を採用しています:

調整後EBITDA = 営業利益 + 減価償却費 + のれん償却費 + 取得関連費用

 この「取得関連費用」の取り扱いが極めて重要です。同社の説明によれば、取得関連費用とは「M&Aのアドバイザーに支払った手数料であり、新規のM&A実行に際して発生した一時的な費用」です。重要なのは、この費用が連結決算では費用計上されるものの、単体決算では取得原価に含まれ税務上損金算入されない「概念上の費用」である点です。

取得関連費用の会計処理と経済的実質

 取得関連費用の処理における技術承継機構の考え方は、会計基準と経済的実質の乖離を巧妙に橋渡ししています。同社は「譲受する際の株式価値算定においても取得関連費用を控除して計算しており、キャッシュフローの観点においても当該費用は譲受する株式価値に織り込まれているもの」と説明しています。これは、M&A実行における真のコストを正確に把握し、定常的なキャッシュフロー創出能力を測定するための合理的なアプローチです。実務上、本来EBITDAの計算にあたって考慮すべき項目が営業外収益や営業外費用に含まれているケースはよくありますので、留意が必要という指摘は、技術承継機構の調整手法の妥当性を裏付けています。

買収企業1社あたりの平均EBITDA2億円

 技術承継機構が現在保有する12社の調整後EBITDA合計は24億円(2025年12月期予想)であり、1社あたり平均2億円となります。この数値は偶然ではなく、同社の買収戦略における明確なクライテリアを反映していると考えられます。

 中小製造業におけるEBITDA2億円という水準は、以下の特性を示しています:

  1. 安定的な事業基盤: 年間2億円のEBITDAを創出するためには、一定規模の売上高と安定した収益率が必要
  2. 成長投資の余力: 設備投資やR&D投資を行いながらも、十分なキャッシュフローを確保可能
  3. M&A対価の妥当性: EV/EBITDA倍率を考慮した適正な買収価格設定が可能

事業承継市場における価格形成メカニズム

 売上高1億円超の中小企業を対象とする国内M&Aの潜在市場規模は約13兆5000億円。社長年齢が60歳以上の事業承継型が9万3,536社あり、60歳未満の成長戦略型などを含めた中小M&A全体(約20万社)のうち約47%を占めたという調査結果は、技術承継機構が参画する市場の巨大さを物語っています。同社の買収手法は、高い技術力を持ちながら後継者不足や営業力不足に悩む企業を対象としています。これらの企業は、しばしば本来の企業価値よりも低く評価される傾向にあり、技術承継機構のような専門的なバリューアップ能力を持つ買い手にとって魅力的な投資機会となります。

仕組化されたバリューアップマニュアルの効果

 技術承継機構が誇るNGP(NGTG Growth Program)は、米国ダナハー社のダナハービジネスシステム(DBS)をモデルとした独自のバリューアップマニュアルです。このプログラムは、営業、開発・製造、人事、経営管理、ITの各分野において、段階的かつ体系的な改善施策を提供しています。

 NGPの特徴は、以下の点にあります:

  1. 段階別アプローチ: 譲受から半年、半年~2年、3年目以降という時間軸での施策展開
  2. 多方面からの支援: 営業戦略から現場管理まで、企業運営の全側面をカバー
  3. ベストプラクティスの共有: グループ内での成功・失敗事例を週次でアップデート
  4.  

豊島製作所における具体的成果

 NGPの実効性は、豊島製作所における取り組み事例で確認できます。同社では、ウェブサイト刷新によりGoogleでの検索結果上位表示を実現し、IoTを活用した生産管理システムを独自開発するなど、デジタル技術を駆使した業務改善を実現しています。これらの施策の結果として、豊島製作所では営業力の向上、製造効率の改善、人材育成の強化が実現されており、EBITDA向上に直接的に寄与しています。重要なのは、これらの改善が技術承継機構からの押し付けではなく、各社の自主性を尊重しながら実現されている点です。

事業承継市場の構造変化と技術承継機構のポジショニング

日本特有の事業承継環境と低金利活用

 経済産業省はこれまで、事業承継税制などにより、親族内の事業承継支援策を充実させてきましたが、中小企業の約6割は後継者未定であり、今後は、親族外の第三者による承継を後押しすることが極めて重要であるという政策的背景は、技術承継機構のようなプレイヤーにとって追い風となっています。

 さらに、日本の低金利環境は、レバレッジを活用したM&A戦略において大きなアドバンテージとなります。技術承継機構は、企業価値対比で高いレバレッジの借入を実行しており、2025年第1四半期末時点でのNet Debt/調整後EBITDAは0.52倍と健全な水準を維持しています。

PEファンドとの差別化戦略

 技術承継機構の戦略は、従来のPEファンドとは本質的に異なります。PEファンドが投資家への投資回収を前提とした期限付き保有を基本とするのに対し、技術承継機構は「譲受企業の再譲渡は行わない」永続保有方針を掲げています。この方針は、売り手企業から高く評価されており、技術承継機構は他の投資ファンドと異なり、買収先を第三者に譲渡しない方針を掲げています。傘下入りした企業が利益を生むことで自社の収益拡大につなげるビジネスモデルとして認識されています。

2026年12月期展望:29億円目標の実現可能性

新規譲受による成長加速

 技術承継機構は、Q2において既にミヤサカ工業サンテック産業の2社を譲受済みです。これらの新規譲受がフルイヤーで寄与する2026年12月期における調整後EBITDAは29億円を想定しています。この29億円という目標は、現在の24億円から約20%の成長を意味し、新規譲受による5億円の増加が主因となります。この成長ペースは、同社の年間2-3社という譲受ペースと整合的であり、実現可能性の高い目標設定といえるでしょう。

M&A市場における競争環境の変化

 技術承継機構の業績はM&Aを重ねるごとに非連続的なジャンプを示す傾向にあり、売上・利益とも右肩上がりですが、同時にM&A特有の会計要因で数値がブレやすい点には注意が必要でもあります。エアロクラフトジャパンの受注後倒し事例のように、個社レベルでの業績変動は必然的に発生します。しかし、技術承継機構の強みは、このような変動を グループ全体での案件多様化と、NGPによる継続的改善によって吸収できる点にあります。ペースと整合的であり、実現可能性の高い目標設定といえる。

M&A市場における競争環境の変化

 技術承継機構の業績はM&Aを重ねるごとに非連続的なジャンプを示す傾向にあり、売上・利益とも右肩上がりですが、同時にM&A特有の会計要因で数値がブレやすい点には注意が必要でもある。エアロクラフトジャパンの受注後倒し事例のように、個社レベルでの業績変動は必然的に発生する。しかし、技術承継機構の強みは、このような変動を グループ全体での案件多様化と、NGPによる継続的改善によって吸収できる点にある。

財務分析における調整後指標の活用

 技術承継機構が重視する調整後EBITDA並びに調整後当期純利益は、M&A戦略を評価する上で重要な指標である。これらの指標は、一時的な要因を除外することで、企業の持続的な収益創出能力をより正確に把握することを可能にする。

調整後当期純利益 = 親会社株主に帰属する当期純利益 + のれん償却費 – 負ののれん発生益 + のれん減損損失 + 取得関連費用

 この計算式は、M&Aに伴って発生するのれんの償却費(のれん償却費)についても、EBITDAはのれん償却費控除前の利益水準であるため、減価償却費と同様、のれん償却費の計算方法の影響も受けませんという特性を反映している。

投資判断における留意点

 一方で、調整後指標の利用には留意すべき点もある。EBITDAのデメリットの1つ目は、EBITDAはキャッシュフローの創出に必要となる投資を考慮していない点であり、設備投資や運転資本変動を含めた包括的なキャッシュフロー分析が必要である。技術承継機構の場合、継続的なM&A実行のための投資資金需要と、既存事業の成長投資のバランスが重要な評価ポイントとなる。2025年2月の上場により約18億円の資金調達を完了しており、当面の M&A實行資金は確保されているが、さらなる成長加速のためには追加的な資金調達戦略も注目される。

製造業特化戦略の長期的優位性

 技術承継機構が製造業に特化することの戦略的意義は、単なる專門性の発揮を超えている。製造業は、以下の特徴を持つ:

  1. 高い参入障壁: 技術力や設備投資が必要で、新規参入が困難
  2. 安定的な需要: 社会インフラを支える基盤技術への継続的需要
  3. グローバル競争力: 日本の製造業技術の国際的な評価

 これらの特徴は、長期的な競争優位性の源泉となり、技術承継機構の永続保有戦略と合致している。

あとがき

 事業承継型の市場規模は、約6兆3000億円となる計算という市場環境の中で、技術承継機構の調整後EBITDA戦略は、投資家にとって魅力的な投資機会を提供するとともに、日本の製造業の技術継承という社会的使命を果たす重要な役割を担っている。今後の展開において注目すべきは、技術承継機構が構築している事業承継のエコシステムが、どの程度スケールし、日本の中小企業landscape全体にどのような影響を与えるかである。調整後EBITDAという指標の背後にある戦略的思考と実行力こそが、同社の真の競争力の源泉といえるだろう。

 また同社では公開資料として買収後企業の経営者状況や対応策等も細かく共有されている。これは事業承継を検討する会社オーナーにとっても安心材料となります。

プライマリーアドバイザリー株式会社

代表取締役 内野 哲

【免責事項】 本記事は、公開情報に基づき筆者個人の見解を述べたものであり、特定の企業への投資を推奨するものではありません。また、内容の正確性には万全を期しておりますが、その完全性を保証するものではありません。投資判断はご自身の責任において行うようお願いいたします。

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独立系のM&Aアドバイザリー、M&A仲介業、自己勘定投資会社を経営。

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